源氏物語ヤロウ②

「あの人ね・・・・2人でいる時は、本当に優しくて、すごく甘えさせてくれたの。びっくりするくらい。わたしを、お姫様みたいに扱ってくれて。まるで恋愛映画みたいだった。でも、それは2人でいる時だけ。あの人は、わたしのいない所では、わたしじゃない他の女性ひとに、同じようにしてたんだよね。だって、自由だったから。彼も私も。2人でいる時以外は、自由。そういうお付き合いだったから。」

どこか遠くに焦点を合わせて、小夏は少しだけ、笑った。

「あの人本当に、光源氏を地でいってる人だったかも。」

「・・・・そっか。」

「生まれる時代、間違えちゃったのかな。」

そう言って、小夏はまた笑う。

自分を切り捨てて他の女と結婚した男に、小夏が恨み言を言うことは無かった。

ただ単に、小夏が人が良すぎるだけなのかもしれない。

でも、なんとなく、それだけじゃないような気もする。

だって、世の中には、本当にいるだろ?

何をしても許されてしまうような、人たらし、ってのが。

人たらしが何で嫌われないかってのは、きっと、悪気がなくていい奴で、いつも目の前のことに本気で向き合うからじゃないかと思うんだ。

だから。

源氏物語ヤロウも、もしかしたら。

「遊びじゃなかったのかもな。」

「え?」

小首を傾げ、小夏が俺を見る。

「源氏物語ヤロウ、本当に、付き合ってた全員に本気だったのかもしれねえぞ?」

別に、小夏を慰めるために言ったんじゃない。

本当に、そんな気がした。

なんでだろうな。

源氏物語ヤロウが本当にゲスヤロウだったら、小夏が惚れるはずがない、と思ったのも、ひとつ理由かもしれない。

「光源氏の生まれ変わりじゃね?」

クスッと、小夏が吹き出す。

「光源氏は、実在の人じゃないよ、爽太くん。」

「えっ?マジで?!」

「うん。」

もう少し古典勉強しないと~。

と、小夏は笑い続けたが。

「わたしは、誰だったのかな。」

ふと真顔になって、小さく呟いた。

「え?」

「あの人が光源氏だとしたら、わたしは誰だったんだろ。」

源氏物語の中で、光源氏が手を出した女たちの事を言ってるんだろう、ということは分かるけど。

・・・・ごめん、小夏。

俺には、さっぱりわかんねぇや。

でも。

「小夏は、小夏だ。他の誰でもない。」

「・・・・わかんないから、ごまかしたんでしょ。」

やべ、バレてる。

でも、いいこと言ったはずなんだけどな。

これはちょっと、源氏物語をちゃんと読んでみるべきだろうか。

そう思いかけたのだが。

「でも、光源氏はもういいや。」

小夏の言葉に、前言撤回。

「私は、私だけを好きでいてくれる、爽太くんがいい。」

じゃあ俺も、源氏物語なんて、読まなくていいや。

そう、思った。

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