小夏の希望

それから暫く、俺たちは平和に付き合っていた。

ごく普通に。

あー、いや。

普通よりも、少しラブラブに。

・・・・少し、じゃないな。かなり、ラブラブに。

って、俺が言うのもなんだけど。

俺は相変わらず小夏にベタ惚れだったし、小夏もなんか、そんな感じ。



これぞ、青春!

しあわせだー!


と思っていたある日。

小夏がとんでもない事を言い出した。


「ねぇ、爽太くん。」

「ん?」

「爽太くんは、わたしがタカシくんとデートしてるの見た時、嫉妬した?」

「えっ?あぁ・・・・」

最近平和で幸せ過ぎて、忘れていたことなのに。

なぜ今そんな話を蒸し返すんだ、小夏は。

「あの人の・・・・源氏物語ヤロウの事聞いた時、嫉妬した?」

「最初は、な。」

「そっかぁ。」

そう言ったあと、暫く小夏は黙りこんだ。

何かを考えているように。

なんとなーく、イヤな予感がした。

いや。

なんとなーく、ではない。

イヤな予感しか、しなかった。

そして、イヤな予感ってのは、かなりの高確率で的中するもので。


「源氏物語の中でも、嫉妬が強すぎて、生き霊になって、他の女性ひとを殺しちゃう女性ひとがいるんだけどね。」

「えっ、マジで?!」

「うん。でも・・・・わたし、嫉妬、しなかったなぁって思って。寂しいな、とか、悲しいな、とかは思ったけど。」

嫉妬で生き霊になるとか、殺すとか、怖すぎだろ。

しかも、男を殺すんじゃなくて、相手の女かよ。

・・・・そこまで女を追い詰める光源氏って、やっぱサイテーじゃね?

と思った俺に、小夏は言った。

「そんな事しちゃうほど、六条御息所は光源氏が好きだった、ってことだよね。わたしは、何で嫉妬しなかったのかな・・・・わたしも、あの人のこと、好きだったのに。」

えっ?なんて?

ロクジョウノ・・・・ミヤス・・・・ンドコロ??

聞いたことがあるような?無いような?

多分それが、生き霊になった女ってことだな?

やっぱこれは、一度源氏物語を読んだ方がいいだろうか・・・・

俺が真剣に源氏物語と向き合うか否かを検討し始めた時。


「爽太くん、わたし、ちゃんと嫉妬してみたい!」


はぁっ?!

今、なんてっ?!


小夏の言葉に、俺はただポカンとするばかりだった。

阿呆みたいに、口も開いていたと思う。

だって。

誰だって思いもしないだろ、自分の彼女が『嫉妬してみたい』なんて言い出すとか。


 『私が嫉妬しちゃうようなこと、しないでね💕』


とかだろ、普通。

一途さを求めるもんじゃないのか、現代の恋愛事情ってのは!


「ねぇねぇ、爽太くん。わたしに、嫉妬させてみて。」

なぁ、小夏よ。

そんなこと、瞳をキラキラさせて、期待に満ちた顔で彼氏に頼むもんじゃないぞ?

とは思ったものの。

「お願い、爽太くん!」

ダメ押しの、とびっきりの笑顔に負け・・・・

俺は、小夏のお願いを引き受けることになってしまったのだった。


ほら、な。

イヤな予感が的中だ。

だって、仕方ないだろ。

俺。

小夏にメチャクチャ惚れちゃってるんだから。

しかし、どうしたもんか。

「はぁ・・・・」

思わずため息を吐いた俺の背中を、小夏がバシッと叩いた。

「頑張れ、爽太くん!」


そんなん応援するんじゃないっ!

バカ小夏っ!

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