揺れる想い③

「あのね。」

「ん?」

「初めて付き合った人がね、言ったの。」

小さくブランコを漕ぎながら、小夏は話し始めた。

正直、他の男の話なんか聞きたくはないけれども、きっと、小夏にとっては話す必要がある話なんだろう。

俺も黙ったまま、ブランコを漕ぐ。

「『一緒にいる間だけは、俺のことだけを考えていろ。それ以外は、俺もお前も自由だ』って。」

「・・・・なんだそれ。」

つい、言葉が口から出てしまった。

だって、そうだろ?

なんだその、メチャクチャ都合のいい付き合い方。

「『源氏物語だって、そうだろ?』って、言ったの、彼。だから、そんなもんなのかなって、思ったの。」


はぁっ?!

源氏物語だぁっ?!


突然出てきた、学校の授業で習ったワードに、俺は面食らった。


つーか、いつの時代の話を引き合いに出してるんだ、そいつは。

時代錯誤も甚だしいぞ。

・・・・それで納得する小夏も小夏だが。


「清少納言に謝れ、ってんだよなぁ?」

俺の言葉に、小夏が小さく吹き出す。

「紫式部だよ、爽太くん。」

「だっけ?あれっ、清少納言は?」

「枕草子。」

「ま、似たようなもんだろ。」

「全然違うよ。」

フフフっと。

小夏が笑った。

久しぶりに聞く、小夏の笑い声。

「あの人は、私が初めて付き合った人だから、彼のこと好きなんだと思ってたけど・・・・勘違いだったのかな。」

ヤケに明るい声で、小夏は言った。

「なんで別れたんだ?」

「あの人、赤ちゃんが出来て、結婚したの、他の女性ひとと。」

「・・・・はぁっ?!なんだよ、それ。」

ブランコを止めて、俺は小夏を見た。

小夏は、グングンとブランコを加速させている。

「ごめん、だって。それで、終わり。彼女は私だけだって言ったのに。でも、わたしたち、自由だったから。そういうお付き合いだったから。わたしだって、他の男の子とも遊んでたし!おあいこかな!」

そのまま空まで飛んでいきそうなほどにブランコを漕ぎ続けながら、小夏は言った。

「バカだねぇ、わたし!」

小夏の声は、不自然なほどに明るかった。


(ほんと、バカだよ、小夏は。)


ブランコを降りて小夏のブランコの正面に立ち、俺は向かってくる小夏のブランコを強制的に止めた。

思ったとおり、小夏は泣いていた。

マスクがしっとり濡れてしまうくらいに。

「でも、ね。やっぱりわたし・・・・彼が好きだった。」

小さく呟く小夏の頭を、俺はそっと抱きしめた。

小夏の腕が、俺の腰にまわされる。

「だけど今は、爽太くんが、好き。」

黙ったまま、俺は小夏の頭を撫でた。

「大好き、爽太くん。」

「マカロンよりもか?」

「・・・・ばかっ。」

俺の腹に顔を埋めたまま、小夏はぎゅっと俺の腰を抱きしめた。

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