<5.姫は一日にして成らず>
「倉本くん、ミチルちゃん、昨日は大丈夫だった?」
ばったり出くわした平沢先輩が、少し申し訳なさそうに声をかけてきた。
翌日の放課後、結果報告のために生徒会室へ向かう途中だった。俺と早坂は顔を見合わせて、曖昧に笑う。
「ごめんね、変なことに巻き込んじゃって。高千穂さん、しつこいんだよねぇ」
平沢先輩にも問題があるのでは――と思ったが、ここで言ってもはじまらない。俺は苦笑を浮かべるだけで押さえる。
「大丈夫です。結果的に助けてもらったし、むしろラッキーでした」
「助けてもらったの?」
事情を知らない平沢先輩は、不可解そうに首をかしげる。しかし、少し気にする素振りはあったが、言葉にして問いただしてくることはなかった。
大雑把な先輩で本当にありがたい。
「高千穂さん、昔はあんなふうじゃなったのになぁ」
「昔からのお知り合いなんですか?」と、早坂がたずねる。
「うん、同じ小学校。グループが違ったからほとんど話さなかったけど、普通の子だったと思うよ。いつからああなっちゃんだろうね」
偉そうな会長しか知らない身としては、偉ぶっていない会長が想像できない。何かきっかけがあったのだろうか。
ふと脳裏に不穏な憶測がよぎるが、俺はすぐに頭を振って打ち消した。
「まさかね……」
平沢先輩と別れて、目的の生徒会室にいく。高千穂会長と佐藤先輩は、それぞれ参考書を広げて勉強中だった。
二人とも受験生なのだから驚くことはない。この時期にフラフラしている平沢先輩が異常なんだ。
「陽介から連絡がありました」
「ほう、どうだった。うまくいったのか?」
会長はやけにうれしそうに腰を上げる。受験勉強に飽き飽きしていたのかもしれない。
「うまくいったそうですよ。二人のアドバイスのおかげで、お姫様と和解して親しくなれたみたいです。すごく感謝してました」
実質佐藤先輩一人のアドバイスだが、波風を立てる必要はないだろう。
あのあと陽介はお姫様と接触して、紆余曲折の末に取り入ることに成功したらしい。おかげで陽介をハメようとしていた貴族の企みを回避しただけでなく、勇者活動の強力な後ろ盾をえることができた。
活用したゲイン・ロス効果、アンダードッグ効果、ウィンザー効果――そのどれが有効だったのかはいまいちわかっていないようだが、もっとも陽介自身を突き動かしたのは、最後に佐藤先輩が送ってくれた言葉だったようだ。
「佐藤先輩が言ってた、お姫様を救ってやれっていうのが利いたようですね。あれで、やる気になった。あんなんでも勇者だから、人助けとなると燃えるみたいです」
「へえ、そうなんだ」
拍子抜けするほど、あっさりとした反応だった。
少々気まずそうにはにかんだ佐藤先輩が、遠慮がちにタネ明かしをする。
「実は、あのとき言ったことってデマカセなの。弟くんに期待をかけることが目的だった。ピグマリオン効果といってね、人は期待されると成績を向上させる効果がある。気持ちを奮い立たせるきっかけになればいいと思って、適当にお姫様の心情をでっち上げたにすぎないんだ」
「そ、そうだったんですか――」
結果的に、調子乗りの陽介にピグマリオン効果がはまったということか。何事もやってみるものだ。
「うまくいったってことは、テキトーだったわりにお姫様の境遇はバッチシ当たってたってことなのか?」
「どうなんでしょうね。単に陽介と気があっただけってオチかもしれないですよ」
すでに決着がついているので、会長にしても俺にしても気楽なものだ。深く考えることなく、思いついた予想を口にする。
その何気ない会話に、佐藤先輩もくわわった。
「甘やかされて育ったらしいから、さみしいってことはなかったかもね。むしろ、つねに周りに人がいるから孤独を感じたことなんてなかったかも」
「ちょっとくらい弱いところがあってほしいんだけどな。指をくわえてうらやむしかない、下々の人間としては」
上流階級に対するねたみでしかないが、悩み一つないというのはシャクだ。
「本物のお姫様には、そんなものないよ。だから、長い年月をかけて作られたワガママな人格は、きっと思い通りにならない弟くんに強烈な敵意を抱いたんじゃないかな。本当によく和解できたね、たいしたもんだよ」
「姫は一日にして成らず、ですね」と、早坂が冗談めかして言った。全員の注目が集まり、恥ずかしそうにメガネを支える動作で顔を隠す。
人格形成には本人の資質も重要だろうが、環境によるところが大きいと聞いたことがある。甘やされていた異世界のお姫様がワガママに成長したように、普通の女の子だった生徒会のお姫様もいまの偉そうな人格となるまで何かあったのだろう。
「お姫様ってのは、厄介なもんだな」
まるで他人事のように、会長は笑う。
「そうかな?」と、佐藤先輩も笑いながら言った。俺は笑えなかった。「わたしは結構好きだな、お姫様みたいな子。高飛車な女の子って、滑稽でとってもかわいいと思う」
たとえば、人格形成に心理学は使えないだろうか。お姫様を自分好みに作り変える催眠術だ。
ありえないと思いつつも、そんな荒唐無稽な考えが浮かび……ゾッとした。
「何はともあれ、無事解決してよかった。あとは平沢の悪行を暴けたら、思い残すことなく引退できる」
まだ料理部の秘密を明かすことを、会長はあきらめていなかったようだ。
その鼻息荒く意気込む姿を見て、早坂がこそっと小声でたずねた。
「こういうのって、コンコルド効果と言うんですか?」
マジメな早坂は、もう必要ないというのに心理学を調べてきたらしい。勉強熱心もここまでくると、少し引く。
佐藤先輩は笑顔のまま、軽く肩をすくめてみせた。
「コンコルド効果は、それまで行ってきたことが損になると知りつつやめらない状態を指すから、ちょっと違うかな。この場合は、憧憬だね。美人で人当たりのいい平沢さんに、スバルはずっと憧れていたんだ。生徒会長になった自分を認めてほしい気持ちがあるんだろうね」
「そのわりには手厳しいですね」
「まあ、かわいさあまって憎さ百倍なところもあるんじゃないかな。憧れてた平沢さんが、不正を働いているかもしれないと思ったら、許せなくなったんでしょう」
「憧れが裏返っちゃったんですね」
早坂の発言を聞いて、お姫様の籠絡を後押ししたのは会長だったことを思い出す。陽介のポカがあっても、あの場であきらめていなかったのは会長だけだった。
たとえ感情が裏返ったとしても、執着が残ることを実体験としてわかっていたのかもしれない。
「かわいいでしょ、うちのお姫様」
佐藤先輩が、まるで娘を自慢する父親のような口調で言う。会長がお姫様なら、さしずめ佐藤先輩は生徒会の王様といったところだろうか。
「よし、さっそく平沢を捕まえにいくか。美紀、行くぞ!」
「何を言ってるの。勉強しないと、あとで困るのスバルだよ」
とりあえず我が校の王国は、今日も平和そうだ。
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