<4.催眠勇者>
「へえ、そうだったのか」
うまい言い訳が思い浮かばず、意を決して事情を話してみたところ、高千穂会長はあっさりと信じた。案外単純……もとい、素直な人だ。
「いやいやいやいや、なんで納得してるの。ありえないでしょ!」
しかし、佐藤先輩はそう簡単にいかない。これが普通の反応だろう。
『本当だって、オレ、異世界に転生したんだ』と、本人が言っても、言葉だけでは当然根拠にならない。
佐藤先輩は疑念の詰まった視線を、スマホに向けている。
何か証拠となるものがないか必死に考えたが、まったく思い浮かばなかった。電話の口頭だけで、明確に陽介本人と証明するのは不可能に思えた。
しばらく裏づけできない本人確認がつづいたあと、佐藤先輩は唐突にスチールラックから一冊のファイルを抜き出してきた。それは、生徒名簿だ。履歴書に近い形式で生徒のプロフィールが記載されている。
「改めて聞くよ。キミの名前、生年月日、クラス、それとご家族の名前を教えて」
『オレがそっちで生きてた頃の名前は倉本陽介。えっと、生年月日は――』
陽介はすらすらと質問に答えていく。本人なのだから当然だ。陽介の答えと名簿に書かれていたプロフィールは、見事すべて合致した。
「じゃあ、最後にもう一つだけ聞くよ。一年の国語を担当なさっている木戸先生の、お子さんの性別はわかる?」
いきなり質問の方向性が変わった。木戸先生が結婚したことは聞いていたが、その家族構成までは、よほど親しい間柄でなければ知りようがないのではないだろうか。
困惑する俺を見て、佐藤先輩は意味深に微笑む。
『えっ、木戸センって子供いたのか。というか結婚してたっけ?』
「なるほど、わかったよ」
『ちょっと待ってくれ。何がわかったんだ?』
俺の疑問を陽介が代弁してくれた。いまの質問の意図がまるでわからない。
「あっ、そっか」と、早坂がつぶやく。
「どういうことなんだ。早坂、いまの話わかったのか?」
「木戸先生から結婚報告を受けたのは、二学期になってからなんです。一学期のうちに夏休みに結婚するという報告をする予定だったらしいのですが、センパイと倉本くんの事故があって、報告のタイミングがなかったとおっしゃっていました。だから、倉本くんは木戸先生の結婚を知りようがないんですよ。もし知っていたなら、倉本くんはニセモノということになる」
ようするに、カマをかけて確かめようとしたわけだ。
この説明だけでは足りないと感じたようで、佐藤先輩が補足する。
「もしかしたらキミがいたずらで、亡くなった弟さんになりすましたニセモノを生み出した可能性もあるんじゃないかと思ったの。考えすぎだったみたいだけど」
「そんなことやらないですよ、やる理由がない」
「うん、そうだね……」
佐藤先輩は笑顔をたたえていたが、目の奥に憂いをにじませていた。
考えてみれば無理もない話かもしれない。弟を亡くした兄が、弟から電話がかかってきたと言い出したら誰だって正気を疑う。
「結局さ、こいつはホンモノ? ニセモノ?」
「悪魔の証明だね。確認しようがない」
『だから、本物だって!』
ここにきて、やはり堂々巡り。佐藤先輩が言うとおり、結論の出しようがない問題だ。
白か黒か判断できない状況ならば、裁定は会長にゆだねられる。
「よし、こいつは倉本の弟ってことにしとこう。うちの生徒だったんだ、死んだあとでも幸せにはなってほしい。よその世界であっても、生き返れたならめでたいことじゃないか」
「スバルがそう言うなら、それでいいよ」と、あきらめ気味に佐藤先輩は了解した。
「それでさ、倉本がさっき言ってた偉い人に好かれる方法を知りたいってのは、この弟のためなんだよな。どういう状況なのか、くわしく話してみろ」
俺と早坂の二人がかりで、これまでのことも含めて陽介の事情を説明した。
その結果、「なんで、もう王宮にいるんだ。バカじゃないのか!」会長は俺とまったく同じ怒りを吐き出す。
『しょうがないだろ、断り切れなかったんだ。まだ
とにかく、もうパーティーははじまっている。隙を見て仲間と控室に抜け出してきたそうだが、王宮から逃げだすことはできそうにないらしい。
「パーティーのマナーはどうですか?」
『最悪だよ、もう何度も笑われた。どうすりゃいいのかチンプンカンプンだ。そっちでマナーのこと何かわかった?』
「そんなもん、わかるわけないだろ。俺達としてはマナーそのものじゃなく、お前をハメようとしている貴族よりも上の立場の人間に取り入って、恥だの罠だのを意味のないものにするのがいいんじゃないかって結論となった」
『うーん、恥をかきたくないんだけどなぁ。最悪の事態を逃れるにはしょうがないか』
どことなく不満げな物言いだ。たとえ満足できなくても、納得してもらうしかなかった。これ以上贅沢を言われても、俺達に手の施しようがない。
「パーティーで一番偉いのって、王様だよな。どうにか接触できないか」
『王様とはもう話したぞ。フツーに気のいいおっちゃんだった。あの人ならわかってもらえるかもしれないな……でも、名目上一番偉いのは王様だけど、実質的に偉いのは別のヤツかもしれないぞ』
異世界の状況がよくわからない俺達に、陽介は難解なことを言い出した。
早坂の眉が不安で垂れ下がる。会長は鼻のつけ根にしわを寄せた険しい顔を、困惑を浮かべた佐藤先輩と見合わせていた。
「おい、どういうことだよ?」
『王様には目に入れても痛くないほどかわいがっている一人娘がいるんだ。お姫様ってやつだな。甘やかされて育ったせいか、とんでもなく傲慢で傍若無人な性格してんだけど、王様は姫の言うことはなんでも聞いちまう。そんなわけで実質的に一番偉いのは、この姫かも』
思いもよらなかった新キャラ登場に動揺したが、よくよく考えてみればやることは同じだ。相手が誰であろうと、気に入られさえすればいいのだ。
「じゃあ、お姫様と接触しろ。うまく取り入ったら、こっちのもんだ」
『姫とも、もう会った』
「そうかそうか、仲良くできそうだったか?」
『……ちょっと難しいかもしれない。あまりにもうっとうしかったから、ぶん殴っちまった』
「な、なんでそうなるんだよ!?」
陽介によると、いきなり絡んできた上から目線の少女があまりにしつこいので、軽く手で払ったところ顔に当たったとのこと。ぶん殴ったはあくまで比喩であって、本当に殴ったわけではないらしい。ただ『鼻血が出てたけど』という最悪の状態だ。
『知らなかったんだよ、あいつが姫だって。どっかの貴族の娘だと思って、適当にあしらったんだ』
「貴族の娘でもやめとけよ……」
電話の向こう側で、何やら騒がしい声がする。どうやら姫への狼藉を仲間に非難されているようだ。存分にやってくれと心から思った。
「陽介、関係を修復できそうにないのか?」
『絶対ムリ、すげぇにらんでたもん。あれは相当根に持たれてる』
「じゃあ、今回ばかりはダメかもな。お姫様に嫌われたのなら、もうどうしようもない」
用意したプランの前提が、始動前から崩れてしまっていては何もできない。
不幸中の幸いであったのは、今回しくじったとしても命に関わるような事態に発展しないことだ。陽介が恥をかくだけなのだから、俺としては気楽に割り切れる。
もはや俺に協力しようという意思はなかった。だが、まだ活路を見失っていない人物がいた。
「本当に修復はできないのかな。まだいけそうな気がする」
意外なことに、物言いをつけたのは会長だった。しきりにアゴを撫でながら、視線を天井に向けている。
「何か仲直りの方法があるんですか?」と、早坂が身を乗り出す。
「そういうわけじゃないけど、単純にそのお姫様って弟に興味があったと思うんだ。そうでなきゃ自分から絡んでいかない。いまは興味が裏返った状態だから、きっかけさえあれば、また裏返って元の状態に戻すことはできるんじゃないかなと思った」
人間の心は、そう簡単なものではないと思うが、大雑把な理屈の上ではそういうことになる。
では、どうすればいい?――肝心なところは会長もわからないようで、ふてぶてしい身振りで肩をすくめてみせた。
「美紀、どうすりゃいいと思う。得意の催眠術でいいのないか」
「さ、催眠術?!」
俺と早坂は声を揃えて、思わず口にしていた。少し遅れて、『さ、催眠術?!』とスマホからも驚きの声が届く。
「ちょっとやめてよ、恥ずかしい……」赤面した佐藤先輩がうらめしそうににらむ。「その話、いつまで引っ張るのよ。勘違いしないでね、小学校のとき女子の間で流行っていた、おまじないの本の関連本のなかに催眠術の本があって、興味本位で買っただけだから」
「でも、熟読してたよな」
会長はニヤニヤ笑いながら、なおもからかう。
佐藤先輩は「フン」と鼻を鳴らして、軽く会長の肩を小突いた。
「あれは催眠術ってタイトルに入ってたけど、どちらかといえば心理学がメインだった。スバルはバカにするけど、わりと役に立つ本だったんだからね」
「弟の状況でも役に立ちそうか?」
「それはやってみないとわからないけど……試してみる分にはいいんじゃない」
早坂はどこからともなくノートを取り出し、書き取る用意をはじめた。
陽介がじかに聞いているわけだから、書き残す必要性はないように思えたが――野暮なツッコミはやめておこう。
「まずは、最初の失態をどう挽回するかだな」
「マイナス印象持った相手に、プラスの面を見せるとギャップでプラスの印象を強く抱くことがある。それを、ゲイン・ロス効果というの。ギャップが大きければ大きいほど、評価も高くなる。もちろん、うまくいかない場合もあるよ」
「不良が捨て犬にやさしく接して、ドキッってなるやつだ」
会長のたとえがあっているのか微妙なところだが、わかりやすくはあった。
『プラスと言われても、何をすりゃいいんだか』
「ちゃんと謝って、やさしくしてあげればいいのよ。それと、キミがおかれている状況を正直に話してみるのもいいかも。アンダードッグ効果といって、人は不利な状況にいる相手に同情的になるからね。判官びいきって聞いたことあるでしょ」
アンダードッグ――つまり負け犬か。言葉だけを抜き取ると、いい印象は持てない。
「不良がふいに弱いところを見せて、ドキッとするやつだ」
会長のたとえは、どうして不良ばかりなのだろう。謎だ。
『こんなことだけで、ホントに姫の気持ちを裏返せるのかな。他にもできることがあるなら、教えてくれよ』
「うーん、そうだな……。仲間に協力してもらって、それとなくキミのいいところを聞かせてみるのもいいと思う。直接伝えるんじゃなく、第三者の意見として耳にするのがいい。ウィンザー効果といって、本人に伝えるよりも口コミで聞く情報を人は信用しやすい傾向があるの」
言われてみると、口コミ情報には妙な信憑性を感じていた。自分に向けられた場合の情報源に対する疑いの気持ちが、口コミでは意識に浮かばないからだろうか。
「不良が、サクラを使って……えっと……」
「無理にたとえなくてもいいですよ」
やんわりたしなめると、会長は眉を歪めた不服そうな顔をする。そんなにたとえたかったのだろうか。
佐藤先輩は一拍置いて、そっとスマホに声をかけた。先ほどよりも、声色がやさしい。
「倉本陽介くん、お姫様はたぶんさみしいんだと思う。対等な友人と呼べる人が周りにいないんじゃないかな。彼女の心に寄り添ってあげてね。キミは勇者の素養に満ちた素晴らしい男の子、キミなら困難に打ち勝つだけじゃなく、お姫様の心も救ってあげられる」
ほんの少し唐突感のある、はげましの言葉だった。引っかかるものがあったが、茶々を入れるほどではないとこの場はスルーする。
おだてられたこともあり、陽介はまんざらでもない様子で答えた。
『わかった、がんばってみるよ、催眠術!』
本当にわかっているのか微妙な返事だが、本人としては納得しているらしい。
とにかく、俺達にできるアドバイスはすべて絞り出した。
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