第69話押し寄せる悪鬼羅刹


「サーバント系の魔物だと……くそっ!」


 ノルンは人型をした漆黒の醜い魔物をみて、そう吐き捨てた。

 

 シャドウサーバント――邪悪な意思が形を成し、無差別に暴れ回る危険種魔物の一つである


「ロト、手を貸せ! 連中をこの場で駆逐する!」

「わ、わかった!」


 ノルンは銀の籠手を装備し、ロトは大盾を呼び出す。

そして二人は迷うことなく、突然村へなだれ込んできた魔物へ飛びかかった。


「やらせんぞ! この村だけは絶対にっ! おおっ!!」


 ノルンの魔力が魔法上金属製の籠手を通して薪割り短刀へ注がれる。

飛躍的に切断力が増した短刀はナイトローパーの触手をあっさりと切り裂く。

 ノルンは鉈と薪割短刀を必死に振り回し、魔物の進撃を食い止める。


 ロトは大盾を呼び出し、敵のシャドウサーバントの爪や、ホブゴブリンの斧を必死に受け流している。


「つぁーっ!」

「GOBURURU!!」


 ロトの鍛え上げられた拳が、ホブゴブリンの腹を打ち、背中まで貫通させた。

 そんな彼女の背後で何匹ものシャドウサーバントが、爪を振りかざし飛び上がる。

 歴戦の猛者であるロトが敵の存在を感知できないわけがない。

彼女はすぐさま腕へ炎をまとわせる


「フレイムフィ――ッ!?」


 瞬間、魔物の背後に村の家屋が見え、魔法の発動が躊躇われた。

彼女は咄嗟に拳に宿した炎を消失させ、代わりに盾で爪を受け止める。

 すかさずノルンがロトと魔物の間に飛びこんだ。

鉈を剣のように過らせ、シャドウサーバントの首を跳ね飛ばし、消滅させる。


「ありがとう兄さん!」

「まだだ! まだ来るぞ!」


 ノルンとロトは魔物の死骸を踏みつけながら、新たになだれ込んできた魔物群へ立ち向かってゆく。


 力の大半を失っているノルンとは違い、ロトは現役の勇者一行の一人である。

この程度の魔物に遅れをとるはずがない。

 しかし立ち回りを見る限り、非常にやりづらそうである。


(ロトはやはり村の被害を……)


 確かに木造建築の多い村で、ロトの得意とする炎属性魔法の使用を躊躇うのは当然と言えた。使ってしまえば、村はあっという間に炎に焼かれてしまうのは明白。

だからといってこのままでは、村はあっという間に魔物に蹂躙されかねない。


「FUHYUU!!」

「ぐわっ!」


 思考へ意識を裂いていたせいで、攻撃の感知が遅れた。

ノルンはナイトローパーの触手に弾き飛ばされ、宙を舞う。


「兄さんっ! あがっ!」


 ロトの後頭部をホブゴブリンの棍棒が殴打した。

 不意をつかれたロトは頭から血を流し、膝から崩れ落ちてゆく。


 ずっと彼女に阻まれていた魔物達が、不気味な笑い声を上げながら、村の中心へ向けて進行してゆく。


「させるか! させてたまるかぁぁぁー!!」


 体勢を立て直したノルンは、地面を蹴り、魔物へ飛んでゆく。

 その時、道の向こうから、無数の羽音が聞こえてきた。


「いけぇ! ビートルジェット! 雑魚を殲滅しろぉ!!」


 アンクシャが魔法の杖を翳しながら叫び、彼女の生み出した鋼のカブトムシが飛んだ。

太く立派なツノが、次々と魔物共を貫いてゆく。


「GOBURURU……BURURU!!」

「弱い! 弱すぎる! もっと強い相手はいないか! ガァァァ!!」


 竜牙剣でホブゴブリンを一刀両断したデルタは勇ましい咆哮を上げた。

動きは鈍いが、重い一撃で、魔物を1匹1匹確実に殲滅している。


「今日は神聖で、楽しいノエル祭なんだ! 邪魔をするなぁ!!」


 専用レイピア:ナイジェル・ギャレットを手に、ジェスタは華麗に敵中を舞って、アンクシャやデルタが撃ち漏らした敵を処理している。


(行けるぞ、これなら……!)


 ノルンがそう思った次の瞬間、彼の背後で門を形作っていた丸太が盛大に打ちあがる。

振り返ったノルンへ巨大な影が落ちた。

目の前が絶望一色に染まった。


「OGAAAAAA!!」

「嘘っ……どうしてこんな辺境にエビルオーガが!?」


 ロトは息をのみ、三姫士達も唖然と敵集団の支配者を見上げている。


森の大樹のように巨大な赤鬼――領域支配者エリアボスクラスのエビルオーガがそこにいたからだった。


「OGAAAAAA!!」


 エビルオーガは唸りを上げながら、鉄鞭を地面へ叩きつけた。

ノルン達は辛くも退避するも、地面が抉れて砂塵が舞い、振動だけで窓ガラスが粉々に砕け散る。


「ガァァァ! 抹殺っ!」


 デルタは勇ましく竜牙刀で切り掛かるが、エビルオーガは鉄鞭を掲げて受け止めてみせた。

 

「落とせぇ! 落として落として落としまくれぇ! ホーク1&2ぅっ!!」


 アンクシャの指示を受けて鉱石で形作った鷹と鷲が、翼から魔法爆雷を降らせ、エビルオーガを爆炎で包み込む。


「これでぇぇぇーっ!」

「OGAAAAAAーー!!」


 光の翼を背中に表したジェスタがレイピアでエビルオーガの片目を切り裂く。

 エビルオーガは一瞬ひるんでみせたが、すぐさま地面を踏み直すと、激しい怒りの咆哮を上げた。

幾重にも連なる口の牙の間に、赤々とした炎が浮かび上がった。

すぐさま紅蓮の炎が噴出し、空中で停滞していたデルタへ襲いかかる。


「タイムシフト!!」


 その時、ロトの持つ大楯のスリットが開いて、巨大な魔眼が開眼した。

時間が捻じ曲げられ、エビルオーガの吐き出した炎が、逆流を始める。


「リメンバーミー! 兄さん、皆さん、今ですっ!」


 逆流する時間の中で、ロトの声が響き渡る。

 そして、時間がエビルオーガが炎を吐き出す直前にまで戻った。


「アサルトタイフーン!」

「シャドウムーン!」


 ジェスタとノルンが巻き起こした竜巻が、エビルオーガの巨躯を村の外へ押し出そうとする。


「突っ込めぇ! アークガッツ!」


 ダメ押しで、アンクシャの呼び出した鉱石戦艦が体当たりを仕掛け、エビルオーガを村の外まで一気に押し出す。

 エビルオーガはそのまま突き倒される。

そして月を背景に、大剣を掲げたデルタが飛び上がった。

すでに彼女の魔力を浴びた、大剣は激しく紫電を浮かべている。


「愛の力を源に! 邪悪な空間を断ち斬る! 雷ッ! 斬空竜牙剣! ンガァァァ――!!」


 激しい稲妻帯びたデルタの大剣がエビルオーガへ叩き落とされた。

 刃はエビルオーガを頭から叩き割り、稲妻が血肉を焼き尽くす。

巨躯が弾け、灰から塵へと代わり、冬の寒空に溶けて消えてゆく。

支配者を失ったことで、攻め込んできた魔物共は蟻を散らすように逃げ出してゆく。

やがて再び村に静寂が戻ったのだった。


「大丈夫ですか!? ノルン様!!」

「だ、大丈夫だ……」


 シャドウムーンを放ったことにより、左腕が血まみれとなったノルンの肩を、リゼルが抱く。


「こ、こりゃ、なんだ……? あんた達は一体……?」


 集まったガルスを始め、ヨーツンヘイムの住民達は動揺を隠しきれない様子だった。

 あるものは魔物の死骸に嘔吐し、またあるものは武器を手にしたロト達へ奇異の視線を送っている。


「皆さん、お騒がせをして申し訳ありませんでした! しかし敵は私達が排除しました! どうぞご安心ください!!」


 真っ先にロトが村人の前へ立ち、深々と頭を下げる。


「お、おいあの盾って……まさか、ロトって、あの盾の戦士ロトだったのか!?」


 ロトの持つ禍々しい盾を見て、村人の一人がそう声を上げる。

村人へ一斉に動揺が広がっていった。

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