第68話ノエル祭。今のノルンの幸せ。
「ロト、そんなところで何をしている?」
「兄さん……あの、えっと……」
ロトは不安げに視線を右往左往させていた。
「やぁ! ロト! ようやく来てくれたのか!!」
ジェスタが駆け寄って来た。
「ありがとう! 準備を手伝いに来てくれたんだろ? 店の仕事が忙しい中、悪かったな」
ジェスタの礼に、ロトはおずおずと頷いてみせる。
「よし、じゃあ君は私とリゼルさんと一緒にツリーの飾り付けだ!」
「えっ? あ、あ、ちょっと!!」
ロトはジェスタに引きづられてゆく。
「こ、こんにちはロト様……」
「こんにちは……リゼルさん……」
リゼルとロトは互いに挨拶を交わすが、どこかぎこちない。
ジェスタはそんな二人の肩を抱いた。
「さぁさぁ、挨拶はそこそこ! 始めようじゃないか!」
「あっ、ずりーぞひきこもり! なんでおめぇだけ、三人で準備しようとしてんだよ! 僕も混ぜろー!!」
アンクシャは荷物を放り出して駆け寄り、
「ノルン、すまない! 我もあっちへ行く! ここは一人で頑張る!」
「あ、ああ!」
「寂しくなってもこっち来ない! お前は邪魔! わかったか!?」
「わ、わかった……」
「まもなくオッゴ来る! アイツをこき使う!」
気圧されたノルンはそう答える。
デルタも木を手放して飛んでゆく。
(アイツら……)
三姫士達も、リゼルとロトのことには気がついていたらしい。
ここはノルンが動き回るよりも、同性の彼女達に任せた方が良いのかもしれない。
「お待たせしましたぁ、ノルン様ぁ!」
空からオッゴの声が降ってきた。
ボルたちも連れて来てくれたらしい。
(なら、俺は準備の方を精一杯頑張るとしよう!)
⚫️⚫️⚫️
白い雪が舞い、ヨーツンヘイムへ一際冷たい風が吹き込んでいた。
それでも村の気配が暖かく感じられるのは、村人の楽しげな声が響き渡っているからだろう。
綺麗に飾って、食べ物を用意し、思い思いのプレゼントを手に、すっかり村に馴染んだ一夜御殿へ向かってゆく。
皆、ジェスタ主導で開催されるノエル祭に参加するためである。
「さぁさぁ、交換用のプレゼントはここにおいってってよぉ!」
アンクシャ御殿の入り口前で受付を担当し、
「オッゴ、丁寧に運ぶ!」
「は、はいぃっ!」
デルタとオッゴは参加者の荷物や、持参した料理などをてんやわんやな様子で運んでいた。
「急げ! 祭は近いぞ! 速やかに準備を進めるんだ!」
「姫……じゃなかった、ジェスタ様! 昨晩まであった火酒の在庫が空に!」
「なんと!? おのれぇ……アンクシャめ! しかしこんなこともあろうかと酒場の店主に手配を依頼しておいた! 早急に取りに向かってくれ!!」
ジェスタは戦闘さながらの様子でシェザール達へ指揮している。
「いやぁ、しかし、おめぇの女達はみんなすげぇな?」
「仲間だ、誤解するな!!」
ガルスのからかいに、ノルンは必死に抗弁する。
ノルンは、やってきた村人一人一人に挨拶をしたり、今年の礼を言ったりと、忙しく駆け回っている。
「美味しそうですね。それにすごくお上手です!」
「あ、うん……ありがとうございます。ケーキは得意なんで……」
リゼルの賞賛に、ロトは少し恥ずかしそうに答えた。
二人は力を合わせて大きなケーキを料理の中心に添えた。
なんとか上手くやってくれているらしい。
……
……
……
「今夜はこんなにも大勢の皆に集まってもらって大変感謝している! ありがとう! これ以上は何も言うまい! 今宵は神々へ今年一年の感謝をしつつ、大いに食べ、飲み、思い思いの時間を過ごしてほしい! ワインならいくらでもある! ではかんぱいーい!!」
ジェスタの威勢の良い発声と共にノエル祭が始まった。
「は、初めまして、デルタさん! トーカと言います! いつもジェイ君がお世話になってます!」
「挨拶できる! 良し! それに……ふむ、良い雌!」
「め、雌……?」
「ジェイ! 励め! しかしトーカがもう少し成熟してから!」
「は、励むってなんのことだよ!!」
ジェイの恥ずかしそうな声が響き渡り、その横でトーカは顔を真っ赤に染めていた。
「ギャハー! ババア!」
「カァァァ! 小娘!」
「はいはーい! 今日は楽しい祭の日なんだから喧嘩はやめようぜ? なっ?」
相変わらずなボルとラングの間へ、アンクシャが仲裁に入っている。
「おい、ガルス! このおっぱいボインボイン竜人達も一緒に飲むぞぉ!」
「おうよ! ボル、ラング、こっち来いよ!」
すっかり出来上がっているガルスや山の男達が明るい声をあげていた。
「キャハー! 熊さん、可愛い!! それに……ああ! 管理人さんの匂いが! 愛情の籠った鞭で打ってくれる管理人さんの匂いが!」
「グ、グゥー!?」
ラングの姉のビグは、ゴッ君を抱きしめて満足そうな顔をして、
「私は、ジェスタだ! 初めまして、ガザ!」
「うん! 知ってるぅ! ジェスタさま、すきぃー!」
「お、おお! これが子供か……ううっー! 可愛いぃっ……!」
ジェスタはオッゴとボルの娘のガザに抱きつかれて、とても嬉しそうだった。
「オッゴ君、これ持ってくれる?」
「りょ、了解でございますです、リゼルさんっ!!」
リゼルに空の皿を持たされたオッゴは、背筋を伸ばししている。
「あはは! オッゴ、もしかしてボルとデルタさんのせいで女性恐怖症になっちゃった?」
ガルスの妻であるケイは盛大に笑い飛ばしていた
「今年一年、お疲れ様でした」
「いえ、先生こそ」
診療所のハンマ先生と、イスルゥ塗工場のギラは、男同士で穏やかに酒を酌み交わしていた。
(皆、楽しそうで本当に良かった……)
そう思いながらノルンは、ジェスタのワインを口に含んだ。
ふと、空が僅かに蠢いた気がする。もしかすると、この楽しげな空気に釣られて、ガンドールも空の上に来ているのかもしれない。
「兄さん……」
振り返ると、ロトが俯き加減で佇んでいた。
「どうかしたか?」
「あ、うん、これ、今、兄さん宛に届いて……」
ロトから封蝋がされた手紙を受け取る。
差出人は、カフカス商会の代表で、友人でもあるグスタフからだった。
『お誘いありがとう! 今日は参加できなくて本当にわりぃ! みんなが楽しんでくれてると祈ってるぜ! そいじゃ、来年もよろしく!』
「来年もよろしくな、グスタフ。本当にありがとう」
ノルンはわざわざ手紙を送ってくれた、友人へ感謝の言葉を述べる。
そんな中、不意にロトが服の裾を摘んできた。
「どうした?」
「……」
「ロト?」
「みんな、楽しそうだね」
「ああ。そうだな」
「兄さん、ずっとここの人たちの、こういう笑顔を守ってたんだね……リゼルさんから聞いたよ」
時に商売に奔走し、時にヨーツンヘイムへ迫った魔物を退治したり……そんなことを繰り返してばかりの一年だったと思う。
なんとかこの一年、ヨーツンヘイムとそこに暮らす人々、そしてリゼルのことは守り通せた。
もはやノルンに世界を守り、救うことはできない。
しかしこうしてできることはあった。一生懸命やっただけの結果が、目の前にあった。
この平穏をいつまでも……そう願ってやまない。
「一つ、聞いても良い?」
「答えられることならば。と言っても、秘密があるわけでもないが……」
「今、兄さんは、ここにいて幸せ?」
「幸せだ。とても。そしてこうして俺がヨーツンヘイムの平穏に集中できるのも、お前達が一生懸命大陸を守ってくれているからだと思っている。ありがとう」
「そっか……」
ロトの声が溶けて消えてゆく。
寂しげではあるが、暖かみのあるその声に、心が和んだ気がした。
「リゼルさんって良い人だね。酷いこと言っちゃった私なんかにも優しくて、親切で、どこかリディ様みたいに強いところがあって……兄さんが、リゼルさんのことを好きになったのわかる気がするよ」
「ロト……」
ロトはノルンの裾を手放した。
僅かに浮かんだ涙を拭って、ノルンを見上げてくる。
「もっと、もっと幸せになってね! ここのみんなを、リゼルさんをもっと幸せに……ッ!?」
突然、ロトがいきをのんだ。
ノルンも同様の気配を感じ、空気に変化に肌を震わせる。
「この気配……まさか!?」
「行こう、兄さん!」
「ああ!」
ノルンはロトを連れ立って一夜御殿の庭から飛び出してゆく。
人通りの少ない大通りを駆け抜け、村とその外を隔てる壁へ向かってゆく。
「下がれ! 何かが来るぞ!!」
ノルンは門番をしていた村人へ叫んだ。
刹那、重い木の門扉が盛大に弾き飛ばされる。
「FUJYRURU!」
「GOBURURU!」
「OGAGAGA――!!」
門扉を蹴破り、ナイトローパーが、ホブゴブリンが、そして邪悪な闇の眷属までもが、徒党を組んでなだれ込んでくる。
*あと2話で三章終了、ぼちぼち全体的にも終わりへ進んでいます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます