勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら(かつて助けた村娘と共に)、最初は地元民となんやかんやとあったけど……今は、勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?
第70話また会うその日まで……さようなら、かつての仲間たち!
第70話また会うその日まで……さようなら、かつての仲間たち!
「そういや、人間に、妖精、鉱人に、竜人って……まさか!?」
「アンさんの操ってた虫とか船って、鉱人の秘術の鉱石魔法じゃん!」
「じゃあ、ジェスタさんたちと仲良くしてた管理人さんって……?」
次第に視線が、リゼルに治療を受けているノルンへ集まり出す。
「たしか黒の勇者って死んだんじゃ……」
「いや、ちげぇよ。戦いが怖くなって逃げたって噂だぜ?」
「そういや、管理人さんって、妙に凄みがある時があったもんな……」
話題の中心はすっかりノルンのことになっていた。
(もはやこれまでか……)
こうなってしまった以上、自分が元勇者だということは隠せないのかもしれない。
「ノルン様……」
リゼルが不安げな視線を寄せてくる。
ノルンはそっとリゼルの髪を撫でた。
「そうだ! 皆の言う通り! 我らは勇者一行! そして私は三姫士の一人、ジェスタ・バルカ・トライスターである!!」
凛としたジェスタの声が響き渡り、村人たちの視線を集めた。
「そそ! んで僕は超天才魔法使い! 三姫士の頭脳! アンクシャ・アッシマ・ブラン様だぜっ!」
アンクシャは堂々とまな板胸を張って、ジェスタに続く。
「我も三姫士の一角! デルタ・ウェイブライダ・ドダイ! 最強の戦士! しかし! ノルン山林管理人は我らと関係ない!!」
デルタの名乗りと同時に上げた叫びが、更なる動揺を巻き起こした
「そーそー関係ないんだよこれが! ロトちゃんのお兄さんで、僕たちの友達ではあるけどさ……ノルンは全然よわっちぃ一般人なんだぜ? 大好きなヨーツンヘイムのために僕たちと一緒に戦ってくれたけど、ご覧の通りズタボロになっちゃった糞雑魚さ!」
アンクシャは戯けた様子で、ノルンを卑下する。
「管理人さんよぉ、勇敢と無謀を履き違えちゃいけないぜ? あんまし危ないことばっかしてっと、リゼルさんに愛想つからせちゃうぜ?」
「アンクシャ……お前……」
「も、もう懲りて、二度と無茶なことすんじゃねぇぞ! この糞雑魚がっ! 危ないことしたって助けてやれねぇからなっ!!」
アンクシャはノルン以外に悟られないよう涙を飲み、わざとそっぽを向いた。
彼女のおかげで村人達の視線がノルンから遠ざかってゆく。
感謝しかなかった。
「皆をずっと欺いていて申し訳なかった! 我らも一時、戦を忘れ、休暇を楽しみたかったのだ! どうか許して欲しい! 申し訳なかった!」
ジェスタが深々と頭を下げると、アンクシャにデルタ、そしてロトまでもが倣う。
「せっかくのノエル祭に水を刺してすまなかった! そして本当に申し訳ないが、片付けを手伝って欲しい。よろしく頼む!」
もはや流れは、力あるジェスタの言葉に支配されていた。
元々人の良い人ばかりの村人達は、素直にジェスタの願いを聞き入れて、魔物の死骸や、壊れた家屋の除去に乗り出す。
「兄さん、腕大丈夫?」
「ああ。問題ない……」
ロトへノルンは包帯でぐるぐる巻きにされた左腕を翳してみせた。
「ごめんね……たぶん、辺境にまでエビルオーガ出てくるようになったの、私たちのせいだよ……」
「なにをいう。お前達が魔物を連れてきたわけでもない……」
「でも、きっと、私達が休暇だなんて言って戦線を離れたのが影響してるよ……本当にごめん」
「ロト……お前……」
「片付け手伝ってくるね! あっ、でも兄さんは怪我人なんだからやろうとしちゃダメだよ」
「し、しかし!」
ロトはノルンの口元に指を添えて黙らせる。
「リゼルさん! おバカで命知らずな兄さんのことを、これからもお願いしますね!」
「あ、あの! ロト様!」
「じゃあね、二人とも!」
ロトは一方的にそう言い放ち、片付け作業へ加わってゆく。
ノルンは大人しく、リゼルの肩を借り、その場から離れてゆくのだった。
⚫️⚫️⚫️
「さて、これからどうしたものか……」
深夜の一夜御殿にジェスタの悩まし気な声が響き渡った。
「どうしたもこうしたもあるかよ! こんな辺境にまでエビルオーガがでたってことはさ……僕たちのやることは一つしかないっしょ!」
するとアンクシャは迷わずそう言って、
「ユニコンに頭を下げるのは癪! しかし、そうも言ってられない! 楽しい時間をくれたヨーツンヘイムのため! ノルンとリゼルさんのためにも、我は再び戦う!」
デルタも言い淀むことなく、はっきりと宣言する。
「だな……ロト、君の意見も聞きたい」
ジェスタは脇のロトへ目配せをする。
「私は……皆さんと同じ気持ちです。私達が遊んでいたばかりに、大陸はこんなことになってしまったんですから……」
「ロト……」
「ロトちゃん……」
「ガウゥ……ロト……」
「だから……もう終わらせましょう! 私たちの手で! こんな不毛な戦いは! だって私たちは神々から天命を受けた、戦士なんですから!」
⚫️⚫️⚫️
「腕のお加減はいかがですか?」
「グゥー……?」
翌朝、ベッドで目覚めるとゴッ君を抱いたリゼルが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「問題ない。心配ありがとう」
リゼルの手を借りてベットから起き抜ける。
その時、窓ガラスが僅かに揺れた。
天井から僅かに埃が降り注いでくる。
居ても立っても居られなかったノルンは山小屋の外へ飛び出してゆく。
凛とした冷たい空気の中、朝日を浴びて、大きな影を伸ばす白い巨体が一つ。
真っ白な飛龍に変身したデルタだった。
彼女が竜人の姿に戻るのと同時に、背中に乗ってたロト達が地面へ舞い降り立ってくる。
「お前達、その格好は……」
ロトや三姫士達は、鎧や法衣といった戦闘スタイルに身を包んでいた。
「行くのか?」
「あの、えっと……」
躊躇っていたロトの背中をジェスタが押す。
ロトは再度地面をしっかりと踏みしめて、ノルンへ歩み寄ってくる。
「うん。もう、私たち行かなきゃっ。戦うことが私たちの使命だから……」
「そうか……」
彼女達は大陸の平和を守る神々に選ばれた戦士達である。
いつかこういう日が来るのは分かっていた。彼が言えた義理ではないが、それでも大陸の平和を思えば、いつの日かは送り出さなければならないと常々考えていた。しかしいざ、こうして再び別れの場面になると、寂しさが込み上げてくるのもまた事実。
そして何よりも、送り出すことしかできない自分に歯痒さを覚える。
するとそんなノルンの気持ちを知ってか、ロトがそっと手を握りしめてきた。
「兄さんはヨーツンヘイムの管理人として果たすべき使命があるんでしょ?」
「ロト……俺は……!」
「兄さんにはヨーツンヘイムで果たすべきことがあるんだよ? ここを、リゼルさんを守るのが今の兄さんのお仕事だよ!」
「……しかし!」
「それに私たちのためにもここは守ってもらわないと! ねっ、皆さん?」
ロトの声に、三姫士達は頷いて見せた。
「せっかく別荘も建てちゃったんだし! またここで休暇を楽しみたいたからさ! ……だからここを、ヨーツンヘイムをこれからも一生懸命守って……ノルン山林管理人さん!」
ロトはボロボロと涙をこぼしつつ、それでも明るく言い放つ。
ノルン自身も、胸の痛みを堪えて、ロトを見据えた。
「承知した、盾の戦士ロト殿! そして三姫士の方々! この俺、ノルン山林管理人は責任を持って君たちの別荘を、ヨーツンヘイムを守ると誓う! だからいつでも、気軽に帰ってきてくれ! 元気な姿を見せてくれ! よろしく頼む!」
ノルンはそう叫び、深々と頭を下げた。
ロトを始め、三姫士達は強く頷いてみせる。
「リゼルさん!」
ロトはノルンの後ろにいたリゼルへ駆け寄ってゆく。
そしてすぐさま、深く腰を折り、頭を下げた。
「ごめんなさい! 前にすごく酷いことを言ってしまって! 反省してます! そしてどうかこれからも、バカで、無茶ばかりする兄さんの手綱をしっかりと握っていてください!!」
「ロト様……」
「あと! 様は……辞めて欲しいです」
「えっ……?」
「だ、だって……えっとぉ……兄さんとリゼルさんは、来年の春に……け、結婚するんですよね? だったら、リゼルさんは私のお姉ちゃんっていうか……私たちは姉妹になるっていうか……! 色々酷いこと言っちゃったから、思うところはあるかもしれませんけど、それはとりあえず傍へ置いておいて、改めて、家族としてよろしくお願いしますッ!」
ロトはまるでプロポーズをするかのように、頭を下げたまま手を差し出す。
するとリゼルはホッと息をつき、ロトの手を握り返した。
「こちらこそ。いきなり姉妹はハードルが高いんで、まずは改めてお友達からどうでしょう?」
「も、もちろん! 改めてよろしくね、リゼル!」
「うん! 私もだよ、ロト!」
二人は固く手を結び合った。
やがてリゼルとロトは名残惜しそうに手を離す。
「それじゃあ、行きましょう! 三姫士の皆さん!」
「お、お待ちをー!! デルタ様、皆様、お待ちをぉー!!」
ロトの声に、竜人となったオッゴの声が重なってくる。
空を見上げると、飛龍形態のボルの背中にはたくさんのヨーツンヘイムの住人が乗っていた。
「勝手に居なくなろうとするなんて、皆様かっこつけすぎですぞぉー! 是非、ヨーツンヘイムの皆様にもきちんとお別れを言ってくだされぇー!!」
「仕事できる男は良い男! さすが、我が見込んだオッゴ!」
デルタはオッゴを見て嬉しそうに微笑んでいた。
「ジェスタさん、ワインありがとうございました。次は是非、ヨーツンヘイムへ農園の開園を!」
「ああ! 任せろ! マスター!!」
ジェスタは酒場のマスターや、ワインを通じて知り合った村人と言葉を交えている。
妙に女性率が高いのは……きっとジェスタの中性的な容姿が影響しているのかもしれない。
「我らがー! 敬愛すべきー! アンさんの無事をいわってぇー! せぇーのぉー!!」
「「「「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!!」」」」
「ははっ! 良いぞ良いぞ! 僕をもっと称えろぉ! なーっはっはっは!!」
ガルスを始めとした山男たちのエールを受けて、アンクシャは嬉しそうに笑い飛ばしていた。
「俺、いつかぜってぇデルタを超える冒険者になってやるからな! 見ていろ!」
「その勢、良し! ならばトーカとも励め!」
「は、励むって、何をですか デルタ様ぁっ!!」
デルタはすっかりジェイとトーカに慕われていたらしい。
彼女によって竜人化したヨーツンヘイムの飛龍達も深々と傅き、敬意を払っている。
「それじゃあ、改めて! 皆さん、また会いましょう! お元気でぇー!!」
ロトは声を山中に響かせた。
彼女達を乗せた、飛龍のデルタが朝日に向かって飛び立ってゆく。
誰しもが、偉大なる戦士達へ敬意と親しみを込めて、何度も別れの言葉を口にしている。
「また会えますよね?」
ノルンへ寄り添ってきたリゼルが聞いてきた。
「ああ。かならず……また会えるその日まで……さようなら、ロト、ジェスタ、アンクシャ、デルタ」
ノルンは飛びゆくかつての仲間達へ、言葉を送る。
(俺はここでの使命を全うしよう。準備を急がねば……!)
そしてここ最近、強く感じる嫌な気配へ立ち向かう覚悟を固めるのだった。
*次章で一旦の完結になります。全6話構成です。
よろしくお願い致します。
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