第55話彼と彼女の初めての宴席
(誰かいる……! まさかまたきのこ泥棒か!?)
ノルンは気配を押し殺し、そっと洞窟の中を見た。
やはり何かが潜んでいる。
まだヨーツンヘイム産イシイタケは、イスルゥ塗りほど広まってはいない。
しかし先日の収穫祭で盛大に振る舞ったので、目をつける悪い奴が現れてもおかしくは無い。
ノルンは足を音をたてないよう細心の注意を払いつつ、イシイタケの原木栽培を行っている洞窟へ踏み込んでゆく。
薄暗い洞窟の中に整然と並べられた、イシイタケの原木。
その間で、やはり何かの影が蠢いている。
「おっ……くんくん……へへっ! こりゃ良い……!」
ノルンは蠢く黒い影に狙いをつけて、地を蹴って飛び出した。
「あっ! ぎゃっ!!」
細い腕を思いきり掴み、組み伏せる。
逃げ出さないよう靴底で背中を思いきり踏みつける。
「いてて!! ギブギブ、ギブアップ!! 勝手に入って悪かった!! 悪かったからぁ!!」
「アンクシャ!? ここで何をしている!?」
……
……
……
「いやぁ、ごめん。本当にごめん! マジでごめんなさい!」
洞窟から引きづりだしたアンクシャは、地面におでこをつけて、頭を下げている。
これこそ、鉱人独特の謝罪であり、その中でも最上位の辞意を表す“土下座"である。
ヨーツンヘイムに移り住んできたアンクシャは、三姫士の一人だった。
更に、ネルアガマの同盟国であるアッシマ鉱人帝国の第一皇女という、とても高貴な身分でもある。
「何故、イシイタケを盗んだ。転売でも考えていたのか?」
しかしどんな立場だろうとも、かつて苦楽を共にした仲間であろうとも、悪事を犯したなら容赦はしない。
ノルンなりのポリシーである。
「いや、転売なんて考えてないって。なんか良い鉱物ないかなぁって山ん中ブラブラしてたらお腹空いてきて、そしたらなんか良いキノコの匂いがするなぁって思って! で、フラフラ〜っと……」
「馬鹿者! だからといって明らかに栽培しているものを、勝手に採集するやつがあるか!!」
「ひゃう! ご、ごめんよ! マジでごめんよぉ!!」
アンクシャは地面へおでこをグリグリ擦り付けながら、必死な謝罪をみせる。
さすがに言いすぎたかもしれない。
「ま、まぁ、今回だけは見逃してやろう……」
「マジ!? やった、ラッキー! さっすが優しいバンシィだねぇ!」
アンクシャは飛び跳ねるように立ち上がった。
反省しているのかどうかは、怪しいところだった。
「全く、お前という奴は……次、見つけたら幾らお前だろうと縛り上げて、村の広場の晒し者にするからな。あと! 今の俺はバンシィではなく、ノルンだ! 色々と不都合が生じては困るので、ノルンでの統一を重ねてお願いする!」
そう言い捨ててノルンは踵を返す。
すると背中をツンツン突かれた。
「なんだ?」
いつの間にか魔法の杖を呼び出して、その柄で背中を突いてきたアンクシャへ問いかける。
「お兄さんお兄さん、お詫びの印に、良いレシピ紹介しますぜ? ひひっ!」
アンクシャは勝手に採集したイシイタケを摘み上げながら、怪しげな笑みを浮かべている。
相変わらず捉え所のない奴だと思い、ノルンはわずかばかり頭痛を覚えるのだった。
……
……
……
「ほう……これは」
ノルンはアンクシャが差し出してきた、イシイタケの揚げ物を繁々と眺めている。
フワリと衣に包まれたイシイタケからは、香ばしい香りが立ち昇っている。
「仕上げにアッシマ特製、岩塩を添えてっと……ほい! イシイタケの天麩羅完成!」
「天麩羅……たしか、ウェイブライダ族の伝統調理法だったか?」
「そそ! 外はサクッと、中はふわっと! フリットよりも天麩羅の方が絶対に良いなぁ、って思ってね!」
ちなみに天麩羅は薄力粉、水、卵の衣をつけた、サクッとした食感が楽しめる調理法でウェイブライダ竜人族が発祥。
フリットは薄力粉、ミルク、卵黄、メレンゲを衣としたふわっとした食感が特徴の揚げ方で、アンクシャの故郷、アッシマの伝統的な調理法である。
「とてもいい香りだ。油が違うか?」
「おうよ! ごま油を使ってみた! これはロトに教わったんだ! しかもこの油のゴマ、ヨーツンヘイム産なんだぜ?」
「ほう!」
やはりヨーツンヘイムは、以前、リゼルが言った通り、天然資源の宝庫らしい。
「では、いただく」
「はい、どうぞぉ! へへ!」
イシイタケの天麩羅は文句なしに美味かった。
「これは……素晴らしいな! 美味いぞ!」
「だろだろ? かぁー! んめぇー!」
アンクシャは天麩羅を齧り、真っ赤なイスルゥ塗りの盃で、酒を流し込んでいた。
(こいつも昼から酒を……)
先日のジェスタの醜態が頭に浮かんだ。
元々酒に強い鉱人で、更に大酒飲みのアンクシャなら大丈夫かとは思うが。
「デルタから貰った濁り酒だ! やっぱ同じ地方の料理は、そこで醸された酒との相性バッチリなんだぜ?」
「いや、しかし、今は昼……」
「そう言いなさんな! 君が下戸じゃなかったって事ぐらい、情報収集済みだからね! ほれほれ、一献!」
無理やり黒い盃を渡されて、白濁した酒精を注がれる。
果実のような芳醇な香りが立ち上り、思わず生唾を飲み込んだ。
「んじゃまぁ、かんぱーい!」
「か、かんぱい」
もはやこうなっては引き返せない。
ノルンは思い切って酒を流し込む。
品のいい甘さと、若干感じる炭酸由来のピリピリ感。
揚げられたイシイタケの風味が、酒で倍化し、心地よい。
気がつけば、イシイタケの天麩羅から濁り酒のフローが出来上がっている。
「良いね、良いねぇ! ささっ、もっともっと、どうぞどうぞー」
「すまん」
アンクシャは嬉しそうに笑いながら、酌をしてくれた。
「なんかすげぇー違和感だよな」
「違和感?」
「だって、あのバ……じゃなかった……ノルンが飯食って、酒飲んでるんだぜ?」
「そうだな」
「なんかさ……メッチャ嬉しい……今、僕メッチャ幸せ……! 君とこうしてまた会えたばかりか、酒まで酌み交わせるなんて、思ってなくて……! ああもう、最高じゃん……!」
普段は豪放磊落なアンクシャが、珍しく目頭を熱くしていた。
今更ながら、アンクシャをはじめ、かつての仲間達は、彼女達なりにノルンのことを不憫に思ってくれていたらしい。
その気持ちが嬉しかった。
「ありがとうアンクシャ。俺もお前とこうして酒を酌み交わせることが嬉しい」
ノルンはアンクシャの盃へ酒を注ぐ。
アンクシャは盃を大事な物のように両手で掴み、一気に流し込む。
そして涙を拭い、満面の笑みを浮かべる。
「もっと飲もうぜ! ジャンジャン飲もうぜ!」
「ああ」
もはやこの状況になって、酒をやめるなどできそうもない。
ノルンは覚悟を決めて、更に濁り酒を流し込む。
……
……
……
「うにゃ……にゃむにゃむ……すぴー……」
(まさか、アンクシャでさえこうなってしまうとは……)
目の前で丸まりながら寝ているアンクシャを見て、ノルンは頭を痛めた。
どうやら酔い潰れてしまったらしい。
しかし元々酒に強い鉱人(ドワーフ)のアンクシャだけあって、ジェスタのように激しく乱れることはなかった。
「おい、アンクシャ起きろ。そろそろ帰るぞ?」
「んー……くかぁ……」
「全く……」
ノルンはアンクシャが盛大に広げた食器や、酒瓶を手早く片付け、雑嚢へ押し込む。
そして小柄な彼女を背中に背負い、山を降り始めた。
「はぁ……はぁ……んんっ……」
(なんというか……むう……)
アンクシャの吐息が耳に掛かるたびに、なんとも言い難い甘酸っぱい気持ちが胸に込み上げてくる。
担ぐためにと仕方なしに太ももを掴んでいるため、アンクシャの程よい肉感が指に吸い付いている。
さすがは第一皇女であり、鉱人きっての美少女と謳われているだけのことはある。
加えて、鉱人独特の背が低く、やや幼い顔立ちのため、背徳感が強い。
(タイムセイバーよ、改めて感謝する。俺はこんなに愛らしい娘と一年以上も何も感じずに旅ができていたことに……)
「バンシィ……」
「――ッ!?」
背中のアンクシャがより身を寄せてきた。
早く送り届けなければ、酔いのせいも相まって、してはいけないことをしてしまいそう。
ノルンは足早に山を降りてゆく。
そんなノルンの背中で、アンクシャは薄めを開けて、ほくそ笑んでいた。
(動揺している動揺してる! 作戦大成功!)
実は全然酔っておらず、全部アンクシャの演技だった。
(バンシィ……良いんだぜ、僕はいつだって、どこだって……だって僕は君のことが……君が……)
しかしそれ以上は、やはり恥ずかしくて言葉が詰まってしまう。
結局、アンクシャはノルンの背中に揺られ続けるしかできなかった。
(まぁ、チャンスはまだこれから幾らでも……)
⚫️⚫️⚫️
ノルンが買い物のために村へ降りると、広場に人だかりができたいることに気がついた。
ガルスをはじめ、山の屈強な男達は、何やら嬉々とした様子で何かを囁き合っている。
「おっ、ノルン! ちょっとこっちこっち!」
ガルスが手招きをしてくるので、人だかりへ向かってゆく。
広場に広げられた麻布の上にはハンマーや斧といったみたことのある道具から、奇妙な形をした金属製品などが並べられている。
「やっ! ノルン! どうだい、僕の作った道具の数々は! よかったら、これからみんなで試しに行くんだけども、君もどうだい? しかもこれってぜーんぶ、ヨーツンヘイムで取れたボーキサイトを生成して錬成したんだぜ?」
ヨーツンヘイムで取れたもの……そのパワーワードはノルンの興味を惹きつける。
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