第56話アンクシャの野望。出撃、アークガッツ!


「なんだこりゃ? アンさん! こりゃどうやって組み立てるんだい?」

「んなもんも組み立てられねぇのかよ! 仕方ねぇなぁ!」


 アンクシャが口悪くそういうが、ガルスは特に文句も言わなかった。

彼女は本気でそう言っていないと分かっているのだろう。

それにどんなに口が悪かろうとも、アンクシャはかなりの美少女。

やはり男は美少女に弱い生き物らしい。


 アンクシャは小さく折り畳まれた金属板を手早く組み立てる。

最後の上へ、網を乗せて、あっという間に作業は完了。


「お一人様用の炭焼き台の完成だぜ!」

「こりゃいいな!」

「この上でソーセージをこんがり焼いて、ビールなんか飲みゃ最高ですぜ、お客さん?」

「た、たまらん……!」


 更にアンクシャが作った、グッズの数々は大の大人を童心に帰している。


 金属フレームに丈夫そうな布を貼った折り畳み式の椅子。

 アルコールを燃焼剤にしたバーナー。

 取手が折り畳め、調理後すぐに食器として活用できるクッカー等々……野外活動で便利そうなアンクシャのアイディアグッズの数々を、男達は夢中になって試用している。


 それはノルンも同様である。


 ノルンは手にした頑丈そうなハンマーで、地面へ杭を打ち込む。

カツン! と心地よい音を立てながら、杭がすんなり地面へ突き刺さってゆく。

この鍛造杭ならば、どんな硬い地面でも、簡単に打ち込めそうだった。


「どうだいアルティメットハンマーとハイパーメタルペグの調子は?」

「なんだ、その恥ずかしい名前は……」

「こんぐらい分かり易い方が商品としてキャッチーじゃん! カッコつけるよりも、商売は分かり易さ! いかにお客さんの目に触れるかだって!」

「なるほど……」

「それに僕の自信の現れでもあるしな! はっはっはー! で、率直にどうよ? こういうもんってさ?」


 アンクシャは真剣な眼差しで聞いてくる。

どうとはおそらく……


「良い仕事だ。品質も良い。値段次第だが、カフカス商会に提案する価値はあるな」

「おっしゃ! しかも、こいつらぜーんぶ、ヨーツンヘイムのデュバルって山から取れた鉱石で錬成してよ」

「お前はまさか……」


「なぁ、ノルン、こういうのたくさん作ってさ、僕と一緒に商売しようぜ! ゆくゆくはさ、ヨーツンヘイムのどっかにキャンプ場なんか設けて、お客さんを呼び込もうって寸法よ。都会の人間は、こういう自然に飢えてるっぽいからさぁ! きっとがっぽがっぽ、ヨーツンヘイムのみんなも儲かってニコニコだぜ?」


 確かに素晴らしい案だった。

 更に行動力も、様々な知識もあり、更に口は悪いが人懐っこいアンクシャならば大成できるだろう。

確実にヨーツンヘイムへ新しい利益を齎すだろう。


 しかしアンクシャは、大陸を魔族から守るための要の一人、三姫士の一員である。


「なんだよ、怖い顔して……僕、悪さなんてしてないよ?」


 アンクシャは不安げな顔で覗き込んでくる。

 たまにこういう潮らしい表情をするものだから、反応に困ってしまう。


「いや、なんでもない。気にするな」

「おーい、アンさーん! こりゃどうやって扱えば!」

「なんだよなんだよ、大の大人がだらしねぇなぁ!」


 アンクシャは立ち上がり、踵を返す。

 

 少し、アンクシャの語った夢に関して、前向きに考えてみよう。

彼女が一旦、三姫士の一人ということは忘れて……



……

……

……



「おらー! ガルスぅー! 飲め飲めぇー! もっとだ、もっとぉ!」

「アンさんつぇなぁ! さすが鉱人だってかぁ! おい、てめぇら! だからって負けてらんないぜ!!」


 そろそろ陽も落ちそうな森の中へ、アンクシャと山男達の楽しげな声が響き渡っている。

 

 地面にはアンクシャの野外アイディアグッズで作られたパスタやら、丸焼き肉やらが置かれ、酒瓶がゴロゴロと転がっている。

 きっちりノルンも、突然始まった宴席に加わってはいるのだが、勢いに押されて、若干距離を置いている。


 ふと、そんな楽しげな空気の中に、ノルンは不穏な空気を感じ取る。


(みな酔っているから大丈夫か)


 ノルンはそっと、宴席の輪から離れて、森の中へ分け行ってゆく。

 気配を追って森の中を駆け抜ければ、比較的流れの早い渓流にたどり着く。

 この渓流は比較的底が深い。

そんな流れの中に、幾つもの不可思議な白波が立っている。


「SAHAHAH!!」


 水面から幾つもの水柱が上がり、その中から鎧のような鱗で身体を覆った魚人が姿を見せる。


危険度Cの魔物:サハギン――ろくに戦う力がないヨーツンヘイムには、脅威といっても過言ではない連中である。


「ちぃっ! メイガ―マグナム!」


 ノルンは腕を掲げ、魔力の光弾を飛び上がったサハギンへ撃ち込む。

 何匹かは吹っ飛ばすことができた。

しかし、やられた側から次々と水面からサハギンは湧いて出てくる。


 ノルンは薪割短刀バトニングナイフと鉈を抜き、上陸したサハギンへ飛びかかる。


「おおっ!」

「SAHA!!」


 鱗の継ぎ目にナイフを叩き込み、更に弱点特攻のスキルを発動させれば、なんとか仕留めることはできた。

ノルンは次の標的へ視線を飛ばす。

しかし、背後の不穏な気配を気取って、その場から飛んだ。

 川底から上半身だけを出したサハギンの、水鉄砲ウォーターガンが、さっきまでノルンがいた場所の石を水圧で粉々砕いていた。


 サハギンは陸でも、水中でも自在に動き回れる。

対するノルンは河岸で迎え撃つことしかできない。

 勇者の頃ならば、陸海空、場所など気にせず戦うことができた。

だが今のノルンはただの人。地に足がついていなかれば、まともに戦うことは叶わない。


(たらればなど考えている場合か!)


 ノルンは自信へ一括を入れた。

 水鉄砲を辛うじて避けつつ、風のような素早さでサハギンへ目掛けてかけてゆく。


「ぬおっ!?」


 その時、何かが足元を掬われた。

 身体が重力に逆らって持ち上がり、逆さに吊し上げられてしまう。


「FUSYU……!」

「キングオクトパスだと!? なぜこんなところに!?」


 危険度Aキングオクトパス――ようは、巨大なタコの魔物である。

なぜ、こんな山奥に海の、更に危険度の高い魔物が出現しているのか。

 やはり大陸は、ヨーツンヘイムはゆっくりとだが確実に、次なる脅威が迫りつつあるのだと肌で感じる。


(なんとかしなければ!)


 鉈や短刀ごときではキングオクトパスの足は切り裂けなかった。

 対処するにはライジングサンか、シャドウムーンを発動させる必要があった。

しかし山間のため太陽は遠く、不運なことに今日は新月だったと思い出す。


(何か、なにか手は――!!)


「FUJYUUU!!」


 必死に考えを巡らせていたノルンの耳に、キングオクトパスの悲鳴が響いた。

 空飛ぶ鋭い何かが、キングオクトパスの足を切り裂き、ノルンを解放する。


「助かったぞ、アンクシャ」

「はっはっはー! 英雄ヒーローは遅れてやってくるもんさ! って、僕、女の子だから英雄ヒロインかぁ!?」


 地面へ降り立ったノルンが礼を言うと、後ろのアンクシャはいつもの調子で応えてくる。


「にしてもタコに魚か……へへ! こりゃ良い肴になりそうだねぇ」

「食べる気なのか!?」

「食える程残ってりゃね! 久々にあれやろうぜ、バンシィ!」

「あれをか? 本気か?」

「そそ! めんどっちぃから一掃しようってね!」

「まぁ、良いだろう……。しかし今の俺にあまり期待するなよ! あと何度も言っているが、今の俺はノルンだ!!」


 ノルンは雑嚢へ手を突っ込み、ありったけの鉱石を握りしめる。

 そして彼の魔力を宿した、輝く石の数々を空中へばら撒いた。


力乃扉全開方フォースゲートフルオープン!」


 アンクシャは詠唱を響かせ、鉱石へ向けて杖を突きつける。

杖の先端へ荘厳な輝きが宿る。


「さぁ、久々の出番だよ! EDF《アースディフェンスフォース》最強召喚! 彼と僕を更なる高みに連れてって!」


 アンクシャの鍵たる言葉を受け、無数の鉱石が変化を始める。

鉱石はお互いを飲み込み、膨らみ、一つの形を成す。


 空に顕現したるは、鉱石で形作られた翼を持つ、巨大な鉱石の船。

 ノルンの魔力を受けた鉱石を、アンクシャが更に増幅する合体魔法。

ノルンの魔力と相性の良い、アンクシャとのみが呼び出せる、この存在こそーー


「いっけぇぇぇ! 鉱石戦艦アークガッツ! たこ焼きと焼き魚を僕に食わせろォォォ!!」


 動き出した鉱石の船が、沢山の黄金の輝きを打ち出す。

 輝きはすぐさま、黄金の鳥に変わり、目下のサハギンへ総攻撃を始めた。


 金色の魔力弾が河岸のサハギンを撃ち貫く。

 水中のサハギンでさえ、鉱石戦艦が投下する魔法爆雷で吹き飛び、粉々に砕け散る。


「FUJYUUU!!」


 キングオクトパスは、必死に隅を履いて、鉱石戦艦を撃ち落とそうとしている。

しかし戦艦は炭を弾き、蒸発させながら艦首を開いた。

 巨大なレンズのついた筒が姿を表す。


「ノルン! 魔力は僕が請け負うから、照準頼むよ!」

「わかった!」


 ノルンは呼吸を落ち着け、キングオクトパスを指さす。

 意識が剥離し、まるで鉱石戦艦からキングオクトパスを見てるような視界に切り替わる。

 鉱石戦艦のレンズがキングオクトパスを捉えた。


「「メイガ―マグナム! エンドファイヤぁぁぁー!!」」


 ノルンとアンクシャは声を重ね合い、必滅の言葉を叫んだ。

 荘厳な黄金の光波が、キングオクトパスを飲み込み。

 巨大な魔物は黒焦げになり、灰となり、塵となって消し飛んでゆく。


 やはりたこ焼きどころではなかったらしい。


 同時に限界を超えた鉱石戦艦がボロボロと崩れ出す。

かつてはコレを召喚して三日三晩戦ったことがあった。

しかし今のノルンではこれが限界らしい。


「くっ……」

「お、おい!!」


 そして同時、ノルンも精魂尽き、倒れ込む。

そんな彼を、アンクシャは抱き止めた。


「す、すまん……」

「いいさ、こんぐらい。まぁ、まさか、あのバンシィをこうして僕が抱き止める日が来るだなんてね」

「だから今の俺は……」

「わかってるって。ノルンなんだよね、今の君は……てか、バンシィから元に戻ったって言うのが正しいのかもね」


 アンクシャはその場に座り込むと、ノルンへ膝枕を始めた。


「落ち着くまでこうしてゆっくりお休みよ、ノルン」

「し、しかし……」

「歩けないでしょ?」

「う、むぅ……」


 確かに指一本も動かせないノルンは、体力が回復するまでアンクシャの膝に上にいるしかなかそうだった。


「よくがんばりました。ゆっくりお休み。やっぱ相変わらず君はかっこいいや……」

「……」


 アンクシャの優しい囁きが胸を打つ。

 こうしていれば体力は回復しそうだったが、気持ちは落ち着きそうもなかった。

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