第54話ジェスタ・バルカ・トライスター


 今夜、リゼルは夜勤当番だった。

 ゴッ君も一緒に連れてっているので、家にはノルン一人。

さすがに一人の夕飯は寂しい。

 ならばと、村の居酒屋を訪れている。


「今夜はワインにしませんか?」


 カウンター席で、どのの酒を飲もうと考えていると、店主が提案してきた。


「ワイン? 扱っていたか?」

「最近、取り扱うようにしたんです。一夜御殿のジェスタさんが以前手がけられたというジャハナム産のワインを営業しにいらっしゃいましてね」

「ほう」

「美味しくて、結構人気がありましてね。今夜もあちらで、プロモーションをしているみたいです」


 店主は笑顔で、店の隅の衝立へ視線を寄せる。

 

「こちらはタンク熟成させたもので、こちらは樽熟成させたものだ。前者は果実のピュアな香りが良く、後者は樽からの香りと味わいがワインへ複雑味を……」


(ジェスタは頑張っているようだな)


 ノルンは楽しそうなジェスタの語り口を音楽がわりに、供出された黄金色のワインを口に含む。

 ジェスタのようにピュアで、しかし芯がしっかりとしている味だった。

文句なしに美味いと言えた。


「おや? 居たのか! 声を掛けてくれれば良かったものの……」


 ワインのプロモーションを終えたジェスタは、ようやく同じ店にノルンが居たと気がついたらしい。


「邪魔をしては悪いと思ってな」

「そんな! 貴方だったら飛び込みでも大歓迎だったのに……そうだ! 残酒があるんだ! 良かったら消化を手伝ってくれないか?」

「構わんが……この間のようなのはごめんだぞ?」

「わ、わかってる! もう二度と、貴方の前で、あんな醜態を晒すものか!!」


 リラックスしているジェスタは、普段とはまた違った魅力ある。

そう思うノルンだった。


……

……

……



「ノルンは本当はすごいやつなんだ! なってたってだな……」

「あ、あまり昔のことは言わないで貰えるか?」


 上機嫌そうなジェスタは、店主へ饒舌に話をしていた。

 そんな彼女の横ではノルンが余計なことを言われてしまわないかと、肝を冷やしている。

そんな二人を、カウンターの店主は微笑ましそうに眺めている。


「ジェスタさんと管理人さんは本当に中がよろしいのですね」

「彼は私の恩人なんだ! ずっと狭い部屋の中でグジグジしてた私を外へ連れ出してくれたのが彼なんだ! 彼が居てくれたからこそ、今の私があるんだ!」

「なるほど。お二人はそういう関係だったのですね」

「ああ! そうなんだよ! マスター!!」


 ジェスタは一人含み笑いをしつつ、ワインを煽る。

気をつけてるとは言っていたが、やはりそろそろ抑制させなければマズイのかもしれない。


「ジェスタ、そろそろ酒を控えた方が……」

「くかぁ……すぅー……すぅー……」


 この間のように突然泣き出すことはなったが、寝てしまったらしい。

 何度か声を掛けて、肩を揺すってみる。

しかし一向に起きる気配を見せない。

 どこかでシェザールをはじめとした連中が見ているのかもしれないが、現れる気配もない。


「よろしければ裏口をお使いください。そろそろ店仕舞いですし」

「そうだな。遅い時間まですまなかった。しかし何故裏口から?」

「田舎の夜といえども、人通りが全くないわけではありませんからね。逆に裏口からでしたら誰にも会わず、一夜御殿へ辿り着けるはずです」

「いや、何が何だかさっぱり……」

「このことはリゼルさんにも黙っておきますので、ご安心くださいね」


 どうやら店主はノルンとジェスタの関係を勘違いしているらしい。

 いつか誤解を解かなければと思いつつ、酔い潰れたジェスタの肩を担いで、裏口から出て行く。


「ほら、しっかりと歩け。転ぶぞ?」

「ううん……」


 ノルンはほとんどジェスタを担いだまま、暗い夜道を歩いて行く。


「あっ……んくっ……!」

「ど、どうした?」

「すまない……ちょっと、マズイかも……うぷっ」

「早まるなっ!!」


 どうやらまた例アレが近いらしい。

 慌てて側の木の下にある、芝生の上へジェスタを寝転がす。


 ジェスタの呼吸は段々と落ち着き始めた。

 顔色は暗くてよく分からないが、先程の切迫した状態ではないらしい。


 ノルンは少し冷たく感じる夜風を受けながら、もう少しジェスタが落ち着くのを待つことにした。


「うう……寒いっ……」


 すると芝生の上のジェスタは震え始めた。


「全く……戦っている時とは随分ギャップがあるな……」



 仕方なしに、雑嚢からブランケットを取り出し、ジェスタへ巻きつける。


「暖かい……ふへ……」


 今度はほっこりとした表情をした。

 いつもはしっかりとしている癖に、案外手のかかるやつだと思った。

でも同時に、そんなジェスタが愛らしくも見えた。


 不意に、ジェスタがノルンの服の裾を摘んでいることに気がついた。


「今度はなんだ?」

「……」

「おい?」

「バンシィが……バンシィがいる……ここに居るんだぁ……ふふ……」


 寝言か、なんなのか、ジェスタは目を閉じたまま幸せそうに頬を緩ませている。


「やっぱり勇者はバンシィじゃなきゃダメなんだ……バンシィが良いんだ……」

「……」

「だって、私は……私は――!!」


 裾が強く引かれた。

 そして突然、ジェスタが起き上がる。


「もう限界だ! 私は……私は……貴方のことが……おうえぇっぷ!」


 ジェスタの顔が一瞬で真っ青に染まる。

 ノルンは慌てて、肩をだき、ジェスタを地面へ向かわせる。


 やはり今回もやらかしてしまったらしい。


 さすがのシェザール達も、看過できなくなったのか、姿を表してジェスタの介抱を始めた。


「一度ならず二度までも姫様がご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。私の口から、もう二度と、このような醜態を晒さないよう、きつく叱りつけておきます。それではこれで!」


 シェザールはそう謝罪すると、他の給仕達と共にジェスタを担いで、音もなく夜道を走り出す。


(俺からもちゃんと言いつけよう。酒はほどほどに、とな……)


 ノルンは服についたジェスタの残り香に戸惑いながら家路に着くのだった。


「ああ、もう一度ならず二度までも! おバカ! 姫様の超絶おバカさん!!」

「ううん……バンシィ……! バンシィ……! 私を好きにしてっ……! 私はもう貴方だけの……!」

「だからそういうことは私ではなく、バンシィ様に仰ってください!!」

「バンシィ……好きだぁー!!」

「だからっ! んもうぅっ!!」

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