第34話竜人の姫君――闘士デルタ(*基本デルタ視点)



「死にぞこないの我に構うな……我は戦士。こうなったのも我が弱き者だったからだ……」


 彼女から流れ出る血は止めどもなかった。

 もはや、この場が、己の最期だと竜人の姫【デルタ・ウェイブライダ・ドダイ】は覚悟を決めていた。


(ガンドールを鎮めたとはいえ、この有様では一族一党の面目が立たん……)


ここで死すことこそ、彼女の、デルタの宿命。このままここで朽ち果てることこそ、散ることこそ戦士としての本懐だと思い込む。


「アンクシャ、ここで治療はできるな?」

「まぁ、できなくはないけど……この出血だぜ? 輸血が無きゃ、いくら天才の僕でも……」


 彼に問われ、鉱人の女は戸惑い気味にそう返す。

 

「ならば俺の血を使え。聖剣の加護を受けている俺の血ならば、どの種族にでも適合するはずだ!」


 彼は勇ましくそう言い放った。

彼の妹弟子も、妖精の姫君も、瞳へ戸惑いの色を浮かべつつ黙ったままだった。


「か、構うなと言っている……! 我の死に場所はここ……ここで死ぬことを我の戦士としての本懐……!」


 黒の勇者バンシィ自身も激しい戦いで満身創痍。他人へ血を分け与えるほどの余裕はないはず。


 彼は偉大な勇者で、彼女は死に損ないの竜人。生き残るならば彼が相応しい。

2人揃って、ガンドールから勝ち得た命を無駄にするわけには行かない。


「本当にそれがお前の望みか? もしもお前が本当に死を望んでいるのなら、その気持ちを尊重しよう」


 彼はいつも顔を覆っている漆黒の兜を脱いてで素顔を曝け出す。そして黒い切れ長の目に、ボロボロな自分自身を映し出す。

 その強く、しかし優しい眼差しに、彼女の胸が震えだした。


「我は……」

「お前がほんの少しでも構わない、生を望んでいるのなら、そうだと言ってほしい。目の前に救える命があるのならば、俺は俺の全存在をかけて救いたい。それだけだ」

「……」

「教えてくれデルタ、お前の本当の望みを!」


 彼は、黒の勇者バンシィは、死に損ないの彼女:デルタの手を優しくとった。

 多量の血を流し、体は冷め切っている。

しかし胸の内が熱く焦がれてゆく。


 ここで死ぬことこそ、戦士としての本懐――頭ではそう思えど、胸に宿った新しい感情が、それを強く否定してくる。

 

 もっとこの男のそばにいたい。

 例え同族から死に損なった情けない竜人と後ろ指を指されても構わない。


 もはや芽生えたこの想いに嘘をつくことはできそうもない。


「変わったやつ。バンシィは……」

「そうか?」

「そうだとも」

「そうか……」


 こうして"変人"と言われて困った様子を見せる彼も、愛おしく感じる。

 ならば願いはただ一つ。


「わがままを言ってすまぬ……やはり、我は未だ……死にたくはない……。こんな我だが、救ってくれるか?」

「心得た! 全力を尽くす! デルタ、お前を助ける。必ず!」


 デルタが差し出した手を、バンシィは強く握り返してくる。

 彼女は胸に暖かを宿したまま、眠りにつく。

 次に目を開けた時、彼が隣にいることを願いながら……。


 これが竜人の姫君で、三姫士の1人――闘士デルタとバンシィのあらまし。

 彼女の中へ、彼が宿った瞬間の話である。


 確かにデルタは復活した当初こそ、同族から“死にぞこない”と非難された。

だがバンシィと共に竜人の里へ襲い掛かって来た魔貴族アウンナスを倒したことで、彼女への評価は一変する。


 『デルタ・ウェイブライダ・ドダイこそ、伝説の竜人の勇者<サラ>の生まれ変わり! 彼女こそ世界を救う英雄!』


 ――そんな評価よりもバンシィからの「よくやった」という短い言葉の方が、よっぽど大切に感じられるのデルタなのだった。



⚫️⚫️⚫️



 ネルアガマ国北方、王都に最も近いレーウルラ海岸。

そこでは大陸へ上陸しようとする魔王軍と、それを必死に防ぐ対魔連合軍との激しい衝突が繰り返されていた。

この状態が始まって、はや一か月が経過しようとしていた。


 そんな中、最前線で行動隊長の任に就いているのが三姫士の一人【竜人闘士デルタ】

しかし彼女は断崖の上で佇み、事態を静観しているのみ。

 

 戦わなければいけないのはわかっている。

しかし日を追うごとに、なぜ自分はここにいるのか、何のために戦っているのかが分からなくなっていた。


(我の中に流れるはバンシィの血……これは契りの証……故に、我を使役できるのはあいつのみ……)


 生き恥を晒すことを覚悟の上で、デルタはバンシィと共に戦う決断を下していた。

彼の手足となり、彼の一番の刃となることが自分自身へ課した使命だった。


 そんな主と認めたバンシィという男だが、今彼はデルタの側にはいない。


 どんなに戦果を挙げたとしても彼から「よくやった」という声をかけてもらえない。

たった五文字の言葉。されど主から与えられる大事な五文字である。


 どんな称賛よりも心の支えとなる彼からの言葉。

それを求めるためにデルタは戦い続けていた。

しかし、五文字の言葉を与えてくれる男の姿は傍にない。


 故に――デルタが戦う意味は、どこにも見当たらない。


「バンシィ……どこにいったのだ、お前は……我はお前のことを……我はっ……!」


 デルタは戦中だというのも忘れて、その場に泣き崩れた。

 聖剣を所持し、戦うこと以外の欲を失ったバンシィに、彼女の想いは届かない。

それに妹のように可愛がっているロトの気持ちも承知している。


 想いが伝わらないのは覚悟の上だった。それでも、例え想いが届かずとも、愛し、欲した彼の側に居たかった。

それだけで十分だった。しかしそんな些細な願いさえ奪われてしまった。


「バンシィ……バンシィよ! せめて教えてくれ。お前が生きていると……。この世界のどこかにいるということを……!」


 以前、ジェスタ達と一緒になって、ユニコンやネルアガマ王へバンシィの所在を問いただした。

しかし連中は知らぬ存ぜぬの一点張りで、要領を得なかった。

ならば力付くで聞き出そうとした矢先に、魔王軍四天王水のリーディアスの軍勢がレーウルラ海岸に押し寄せ、今に至る。


 彼に逢いたい。今、どこで、何をしているのか知りたい。それらが無理だとしても、せめて生きているという確証が欲しい。


「バンシィ……ううっ……バンシィッ! 我の胸は、腹はお前を……お前をっ……!」


 デルタは砂を握りしめ、涙を流しつつ、そう強く願い続ける。


 その時、デルタの頭に生える2本の角が僅かに震えた。

 何ヶ月も前にバンシィの行方を探るため、ネルアガマ中に放った彼女の魔力が戻ってきたのだ。


 瞬間、絶望に打ちひしがれていたデルタの胸が、一瞬で華やいだ。


「この気配は……!」


 脳裏にぼんやりと、魔力が掴んだビジョンが浮かび上がった。

 映った場所は、どこからはよくわからない。しかし山の中は確かだった。その山の中に彼が、バンシィがいた。

そして笑顔を浮かべている彼の横顔を最後に、ビジョンは消失する。


「生きているのだな、バンシィは、この大陸のどこかで、今も……」


 悲しみに濡れた心が、強い熱情によって力を取り戻してゆく。血が湧きたち、幸福が身体を駆け巡りだす。


「しかもなんだ、あの惚けた顔は……あんな顔、旅路の中でほとんどみたことがなかったぞ……ふふ……」


 生きている確証が得られた。おまけに笑顔の彼の横顔も見られた。

 今はそれで十分だった。

 デルタを激励し、力を漲らせるには十分過ぎる効果があった。


「ならば……いつまでも泣いてはおれんか!」


 デルタは涙を拭い、立ち上がる。



●●●



(ふぅむ……デルタの奴め、バンシィの不在が効きだしているらしいな)


 レーウルラ海岸から離れた後方の山の上。

 対魔連合の前線基地にて白の勇者ユニコンは、全く動かなくなったデルタの反応をみてそう思った。

 そしてこれがチャンスだと考える。


(傷心の時こそ落とすチャンス! 性欲は持てぬが、愛があれば神罰はくだらんだろう!)


 凶暴なデルタを抑え込み、心を奪うには今しかない。


(ならば今こそ見せてくれようぞ! 余は話術の天才! そして手始めにあの蛮族の獣女を我が手に……!)


「こ、これは……レーウルラ海岸にて強大な魔力の反応を確認!」


 観測担当の兵が水晶玉を見つつ、そう叫ぶ。

 

「なんだと!? 敵か!?」

「いえこれは……デ、デルタ様です! 竜人闘士デルタ様の反応です!」

「これまでの三倍以上の魔力を発していらっしゃいます!」

「殿下、如何いたします!?」


 これはさすがに異常事態だと思ったユニコンは急いで、通話魔石をかざす。



●●●


 

「グゥ……ユニコン?」


 デルタは尾の先のリボンに括り付けた通話用魔石を口元へかざす。

ちなみにこのリボンはバンシィから贈られた大事なものである。


「ユニコンである! デルタよ、この反応は一体!?」


『我、元気取り戻した! 我、戦う!』


「そ、そうか! しかしお前に一体何が……!」


『煩い! 今、お前と話をしている暇などない! 全部、我に任せるっ!』


「ちょ、まて――!!」


『うせる! ンガァァァァ!』


 デルタは勢いで通話用魔石を握りつぶした。

 そうして大事なリボンまで傷つけてしまったのではと思い直す。


「よ、良かった!……リボン無事……がふぅ……」


 気を取り直し、デルタは押し寄せる敵の大軍を見下ろす。


 できれば今すぐ翼を開き、戦場を捨てて大空へ飛び出したかった。

今すぐにでも、今見えたビジョンを頼りに、バンシィを探したかった。


しかし戦場を、皆を見捨て、欲のまま動いた自分を、きっとバンシィは許さないに違いない

久方ぶりに会うのなら、胸を張って、堂々と、何も気にせずが一番。

そしてそのためにやることはただ一つ。


「さっさと片付けるとしよう! ガァァァ!!」


 デルタは咆哮を上げると、翼を開き、空へ舞い上がった。


 目下では新しい魔族群が海岸から上陸を始めている。

空の上まで上昇したデルタに、どの敵も気が付いていない。

 

 デルタは間抜けな魔族の様子が愉快でたまらず、口元を凶暴に歪める。

そして太もものバンドに刺していた、竜の牙を一つ手に取る。

それは彼女の魔力を浴び一瞬で、巨大な牙の大剣へ形を変える。


 空さえも斬り裂く、偉大なる神龍の牙――【斬空竜牙剣ざんくうりゅうがけん

ガンドールの力を宿すその大剣は既にデルタに由来する激しい雷の力を帯びて、輝いている。


「愛の力を源に……邪悪な空間を断ち斬る! らいッ! 斬空竜牙剣ッ! ンガァァァァ!」


 急降下と同時に有象無象の魑魅魍魎へ、紫電を帯びる斬空竜牙剣を叩き落とした。

 刹那、激しい砂塵が巻き起こり、渦を巻く。

更に砂の一つ一つが雷撃を帯び、高速で飛び交う弾となって、魔物を次々と撃ち貫いてゆく。


 たった一撃で、何百もの魔物が倒された。

この強大な力こそバンシィと共にガンドールを鎮め獲得とした力。彼との絆の証。


「さぁ、全員まとめて掛かってこい! そして我を止めて見せよ!」


 デルタは斬空竜牙剣を肩に乗せ、次の獲物を探し始める。

そんな彼女へ、巨大な影が落ち、ゴーレムが拳を落としてきた。


 敵は岩。デルタが得意とする雷とは属性相性が最悪。


「ガァァァ!」


 しかしデルタはものともせず太刀を振り、膂力のみでゴーレムを叩き切った。


 デルタは太刀を片手に、鮮やかに舞い、次々と魔物を駆逐してゆく。


「もっとだ! もっと来い! お前らを全滅させ、我は行く!」


 艶やかな竜人の姫君は翼を羽ばたかせ、稲妻を纏う。

咆哮を上げながら、次々と魔物を討ち取ってゆく。


「待っていろ、バンシィ! 我はまたお前と逢う! 逢ってみせる! 必ず! ンガァァァ!!」




★Tips → デルタの尻尾のリボン。

 かつては尻尾をずるずる引きずって歩いていたデルタのために黒の勇者バンシィが贈ったもの。

バンシィ曰く、「尻尾を上げて歩かせるために付けた。尻尾を降ろしていると二人分のスペースを取ってしまい他の人の迷惑になる。加えて幾ら足音を殺させても、尻尾を引きづられては、その音で敵に居場所を知らせてしまう可能性があるからだ」とのこと。

 決して求愛の証ではない……。

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