第33話幼き勇者。尻に敷かれる元勇者。



⚫️幼き勇者。尻に敷かれる元勇者。


 ノルンは忌々し気な視線を魔物へ向ける。


 巨木に化けた魔物――人面木トレント

人面木は根を足のように動かして、ゆっくりとこちらへ迫ってきている。


(この間にローパーに引き続き、人面木まで出ているとは……)


 先日までヨーツンヘイムの山々に生息していたのは野生の獣ばかりだった。魔物の存在など影も形もなかった。

しかし現に今、目の前には巨大な魔物が現れている。

ネルアガマに、大陸によくない変化が起こり始めているのは確かだった。

しかし今は、その原因を考察している場合では無い。


「魔物は俺が食い止める! ジェイはオルガオルガを!」

「ま、マジかよ!? ノルン、あんなの相手にするのかよ!?」

「これでも俺は元勇……こほん! 冒険者だ! こんなやつに遅れは取らん! さぁ行けっ!」


 ノルンはそう叫び薪割短刀を抜いた。

砂塵を巻き上げながら人面木へ突っ込んでゆく。


 対する人面木は頭のゆさゆさ振って、葉を落とす。

葉は激しく回転し、鋭さを帯び、刃となってノルンへ突き進む。


「こんなもの!」


しかしノルンは短刀一本で、全ての葉の刃を断ち切ってみせる。そして人面木の懐へ飛び込み、巨体を支えている根の一本へ短刀を叩きつけた。


「OHoooo!!」


 多少無理やりだったものの、そのまま刃を過らせ、根を一本引きちぎる。

 人面木はぐらりとバランスを崩して、歩みを止める。


「ちぃっ!」


 もう一撃加えようと、構えるが、すぐさまその場から飛び退いた。

 地面を割って、人面木の根が槍のように生えてきたからだった。


(これは厄介だな!)


 地面からは次々とノルンを狙って、槍のような根が現れる。

 さすがのノルンも跳んで、跳ねて、転がって、避けるのが精一杯で反撃に転じられずにいる。

そして回避した根の一本が、背後の断崖へ鋭く突き刺さった。


「うわっ!」


 断崖を登っていたジェイは必死に岩へしがみついた。

とされまいと体を硬らせている。

しかし揺れが収まるとすぐさまオルガオルガを目指して、断崖を登り始めた。


(長期戦は危険か。ならば!)


 ノルンは雑嚢を探り、そこに収納されている999個のアイテムの中から目的のもの。

素材の一部に魔法上金属ミスリルが使われた、銀色の小手を取り出した。


魔法金属小手ミスリルガード】――盾の補助として、わずかばかり魔法を受け止めることのできる、極ありふれた防具の一つ。ノルンはそれを左腕に装着する。

更に炎が封じ込められた赤い魔石を取り出した。


「さぁ……真っ赤に燃える俺の左手で消滅願おうか!」


 銀の小手に覆われたノルンの左腕が、赤い魔石を粉々に砕く。

途端、激しい炎が湧き起こり、左手を包み込んだ。


「OHOo!!」


 紅蓮の炎を前にして、人面木が怯んだ。

 ノルンはその隙を見逃さない。


「灼熱! フレイムフィンガーっ!」


 ノルンの魔力を浴び、鍵たる言葉を持って、炎が巨大な手となって人面木へ襲いかかる。

 炎の手に掴まれた人面木は炎から逃れようと身をよじる。

だがノルンが表した炎の巨腕は人面木を掴んで離さない!


「これで終わりだ――ブラストエンドっ!」

 

 次なる鍵の言葉が炎を熱を、光の輝きへ変換させた。


「OHOOOOOOO――ッ!!」


壮絶な輝きが人面木を外から、内から爆散させたのだった。


 人面木を倒したことで森に静寂が戻った。

ノルンは恐る恐る蒸気をあげている左手から籠手を外してみる。


「これは……まずいな……」


 ライジングサンやシャドームーンを放った時よりも、だいぶマシ。

だけども魔法を放った左手は真っ赤に腫れ上がっていた。

籠手を装備してもやはり無傷は難しいらしい。


(怒られる……絶対にリゼルに叱られる……)


 すこしばかり気分が重くなったノルンなのだった。


「と、採った! 採ったぞぉー!!」


 断崖へ視線を寄せると、灰色の薬草オルガオルガを手にしたジェイが歓喜の声をあげている。

 しかし登るのに必死で、降りる体力は無さそうだった。。


「よく頑張ったなジェイ。さすがは俺の弟子だ!」

「弟子……? マジで? 俺が!?」

「ああ、そうだ。お前は俺の立派な一番弟子だ!」

「おっしゃー!」


 ノルンはジェイを断崖から抱き上げる。

そしてそのまま野営地を目指して、跳躍を始めた。

 

「ノルンってほんとすげぇ冒険者だったんだな! こんなに跳んだり、すげぇ炎の魔法使ったり!」


「たいしたことはない。しっかりと修行を積めば、ジェイにだってできるようになる」


「マジ!?」


「ああ。今日のような勇気と、誰かを救いたいという強い想いを抱き続けていれば、だがな」


「忘れないよ。俺……もっともっと頑張る! いつの日かノルンと同じくらい……いや、ノルンよりもすっげぇ冒険者になってみせるよ!」


 この幼き勇者は、いつの日かきっと、他人を守れる良い男に成長してくれるはず。そう思えてならないノルンだった。


「ところで一つお願いがあるのだが……」


「な、なんだよ、改まって?」


「ここまでお前が見た俺の力のことだが、皆には黙っていてほしい。実はその……リゼルにあまり使わないように言われているんだ」


「そうなんだ?」


「もしもバレたら……すごく怒られる……心の底からお頼み申し上げる……」


「お、おう。良いぜ。確かにリゼ姉ちゃん、時々母ちゃんみてぇに怖ぇ時あるしな……任せな!」


「感謝する! さすがは俺の一番弟子だ!」


 これにてジェイへの口封じは完了。しかし、怪我をしている左手をどう誤魔化すか。


(袖を降ろし、手袋でもしていれば問題ないだろうか……)



⚫️⚫️⚫️



「今日はありがとなハンマ! ほれ飲め!」

「悪いけど、今夜は遠慮しておきますよ。峠を過ぎたとはいえ、トーカちゃんはまだ油断できない状況です。いざって時に医者が酔っ払っていて何もできなくては悔やんでも悔やみきれないですしね」


 オッゴに乗ってやってきたハンマ先生によって、トーカは一命を取り留めていた。

 故にこうしてテントを離れて、満点の星空の元、焚き火を囲むことができている。


 結局キャンプ二日目は、トーカへの対処に終始して、気がつけば夜になっていたのだった。


「ハンマ先生、ありがとうございます。この御恩は一生忘れません!」

「頭をあげてくださいギラさん。私は仕上げをしただけですよ。リゼルさんがきちんと初期対応をして、ノルンさんとジェイさんがオルガオルガを採ってきてくれたからこそ、トーカさんを助けることができたわけですし」

「そういやジェイのやつはどこ行ったんだ?」


 ガルスはジェイを探して視線を彷徨わせる。

すると、ケイがにっこり笑顔を浮かべて、親指でテントを指さす。


「邪魔しちゃダメよ?」

「ん? ああ……。んったく、最近のガキはませてやがるなぁ」


ようやく察するガルスだった。




「ううっ……ジェイくん……?」


 薄暗いテントの中で、ようやくトーカが目を開けた。

ずっと側で見守っていたジェイはほっと胸を撫で下ろす。


「バカ、1人で出かけるからこういうことになるんだよ。まぁ、寝坊した俺もいけないんだけど……」

「ずっとそばに居てくれたの?」

「ま、まぁ、ええっと……せ、せっかく苦労してオルガオルガを採ってきてたんだから、ちゃんと効果あるのかどうかみたくて……」


 ジェイはそっぽを向きつつ、耳を真っ赤にしてぶっきらぼうに言い放つ。

 まだ顔色が優れないトーカだったが、それでも精一杯の笑顔を浮かべる。


「またジェイ君が助けてくれたんだね」

「ッ!?」


 突然、女の子に、しかも初めて手を握られたのだから驚かない方がおかしい。

そんなジェイの様子がおかしいのか、トーカはくすくすと笑いだす。


「げ、元気じゃん!」


「一応ね。でも、まだ心細いから、そばに居てくれる?」


「んったく……しょうがねぇなぁ……」


「ジェイ君」


「なんだよ?」


「また助けてくれてありがとね。今度、いっぱいお礼するからね」


「い、いらねぇよ! お礼なんて……」


「いらないって言っても無理やりするもーん」


「だからぁ!」


「ふふ……」


 こうして波瀾万丈だった2泊3日のキャンプは最後の夜を迎える。



 そして、皆から離れたところに、コソコソと何かをしている男が1人。もちろん、ノルンである。


「お一人で何をコソコソなさっているんですか?」

「――っ!?」


 不意に声をかけられ、ノルンは背筋を伸ばす。

恐る恐る後ろへ視線を寄せると、そこには顔に笑顔を貼り付けたリゼルの姿が。


「す、少し1人になりたくてな!」

「なるほど。確かに今日は大変でしたし、1人で落ち着きたくなりますよね」

「その通りだ! はは!」

「そういえばお帰りになってからずっと手袋してましたよね?この暑さなのにいきなり袖を降ろしたりなんかして、どういう心境の変化ですか?」

「そ、それは……」

「左手」


 蛇に睨まれた蛙とはこういう状況を指すのか。

 もはやどうにもならないと判断し、ノルンは中途半端に包帯を巻いた左手をリゼルへ差し出した。

 それをみてリゼルは呆れたようにため息を吐く。


「また魔法使ったんですね?」

「仕方なかったんだ! 実はオルガオルガ採集中に人面木という魔物と遭遇してしまってな!」

「ふーん」

「奴を倒すにはそれしか方法がなく……もちろん、2人で約束した通り、魔法を使うときは魔法金属小手ミスリルガードを装備たぞ! しかしやはり、全く無傷というのは……」


 リゼルは無言でノルンへ歩み寄ってくる。

 ノルンは来るべき叱責に備えて、身構える。

すると、リゼルはノルンの左手を取り、包帯の巻き直しを始めた。


「こんな巻き方じゃだめですよ? お薬だって塗ってませんし、こんなのじゃ意味ありません」

「そ、そうか……」

「別に怒ってません。ちゃんと小手をつけてくれたのはわかりましたし、仕方なかったんだと理解してます。だから今度からは怪我をしたら隠さずに私に言ってくださいね?」


 診療所で働いているリゼルの手にかかれば、包帯巻きなどあっという間に済んでしまった。

 さっきまで自分でやって苦労していたのが、バカバカしく思えるほどの手際の良さだった。


「もうこの手だって、貴方だけのものじゃないんですから……私を幸せにしてくれる大事な左手なんですから……」


 リゼルはノルンの左手を大事なもののようにそっと抱きしめる。

 トクトク、と、リゼルの生きている証が伝わってくる。

 胸に愛おしさが込み上げてくる。


「リゼル」

「ノルン様……はむっ……」



 どちらともなくノルンとリゼルは互いに顔を寄せ合って、深く舌を絡め合っていた。

そして気がつけば、ノルンはリゼルの芝生の上へ押し倒し、覆い被さっている。


「はぁ……はぁ……、手、大丈夫なんですか?」

「ああ。リゼルがしっかりと包帯を巻いてくれたからな」

「そうですか、良かったです…………」

「リゼル……」

「あ、あの、えっと……ここで、これから……ですか……?」


 芝生の上のリゼルは、暗がりでもわかるほど頬を真っ赤に染めながら、か細い声で聞いてくる。

その扇情的な姿を見て、居ても立ってもいられなくなる。


「ダメか?」

「もう……ノルン様って、結構野獣なんですね?」

「そうかもしれない。だが、これはリゼル限定だ。お前にしかこういう想いは抱かない」

「ううっ……どうしてそういうこと、さらりと言えるかなぁ……」

「しかし本当にリゼルが嫌なら無理強いは――っ!?」


 リゼルは僅かに上体を起こして、ノルンの唇を奪う。そしてそのまま、彼を芝生の上へ誘い、強く抱きついてくる。


「全然、嫌じゃないです……むしろ、私も……」

「そうか」

「ちょっと恥ずかしいけど……頑張りますね!」


 愛しい人が自分を求め、身体を許してくる。

これ以上の幸せがあるはずもない。


 ノルンとリゼルは星空の下、開放感に浸りながら、いつものように激しく互いを求め始める。


「ところでゴッ君、ノルンさんとリゼルさんは?」

「グゥー!」


 空気をちゃんと読む、賢いギャンベアのゴッ君は、ハンマ先生の膝の上をきっちり確保して、美味しいものを貰い続けているのだった。

 



*本文があまりにもあれだったので改稿しました。

ちなみに2章は、かつての仲間 → ノルン様の日常といったペースで進んで行きます!

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