第32話トーカの危機



「今日はノルンさんとジェイ君が頑張ってくれたから、お水も飲めたし、暖かい火も囲めたし、荷物も持ってくれたし……だけど、私、なんにもできなかったし、だから……」

「そ、そんな気にすんなよ。トーカだって、その……夕飯の支度ちゃんとしてたじゃん。なんにもできなかったなんて言うなよ」


 ジェイはそっぽ向きつつ、そう言った。

耳が赤いのは焚き火に当たっているのためか、別の理由か。


「ありがと! ジェイ君って優しいんだね」

「別に優しくなんか……ふ、普通だっつぅーの!」

「隣、良い?」

「どうぞお好きに!」


 トーカはにっこり微笑んで、ジェイの隣に座り込む。

 ジェイは相変わらずそっぽを向き続けているものの、満更でもない様子だった。


「実はね……その……ずっとジェイ君とはお話ししてみたかったの」

「はぁ!? な、なんで、俺と!?」

「ほら、うちの村って子供少ないじゃん? 仲良かった子、去年村を出て行っちゃったし、同い年くらいの子ってジェイ君くらいしかいないから……」

「あ、ああ、そういうことね……」

「ねぇ、なんでジェイ君は冒険者になりたいの?」


 幼い2人が火を前にして、肩を並べて語らっている。

 きっとリディも自分とロトの背中をこうして眺めていたのだろうと、ノルンは感慨にふけている。


「あの2人、とっても良い雰囲気ですね」


 同じくタープの下で、ジェイとトーカを眺めていたリゼルもを頬を緩めている。


「そうだな。まるで兄妹みたいに仲が良さそうだ」

「え? そっちですか?」

「そっちとはなんだ?」

「ノルン様って、意外と鈍いんですね」

「?」

「まぁ、良いですよ。そんなところも可愛いですし……ふふ」


 リゼルはくすくす笑いながら、お茶を差し出してくる。

 意図せず"可愛い"と言われてしまい、なんとも気恥ずかしく、何も言い返すことができない。


「この調子じゃ、俺とギラはいずれ親戚ってか! こりゃいい!」

「いやいや、そう簡単にうちの娘はやりませんよ!」

「トーカちゃんが嫁に来てくれりゃ、ありがたいねぇ。あんな別嬪さんで、気立てのいい子なんて滅多にいやしないっての……あたしみたいに?」


 すっかり酔っ払っている保護者三人は、ワイワイガヤガヤと盛り上がっている。


 こうして穏やかな夜を迎えられているのも、かつての仲間たちが必死で戦ってくれているおかげ。


 ノルンは遥遠くの地で、今の戦い続けている仲間たちの無事を祈るのだった。



⚫️⚫️⚫️



「なぁ、ノルン! 起きてくれよ、なぁ!」


 ジェイの切迫した声が聞こえ、体が揺さぶられる。


「どうした? 何かあったのか!?」

「トーカが! トーカがっ!!」


 ノルンはジェイに引っ張られるがまま、女性用のテントへ駆け寄ってゆく。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 テントの中ではトーカが呼吸を荒げ、冷や汗を浮かべながら、顔を真っ青に染めていた。

 リゼルは真剣な様子で脈を図り、父親のギラは祈るようにトーカの手を強く握りしめている。

 

「リゼル、これはどういうことだ?」

「おはようございます、ノルン様。トーカちゃん、毒に犯されているのかもしれません」

「毒?」


 テントの傍にはたくさんの野草が置かれていた。


「たぶん、そこの野草を採っているときに、ミカヅキあたりの毒草に触れてしまったのかもしれません。ルプス症候群を発症しているようです」


 ミカヅキとはその名の通り、三日月に似た葉の形をしたものである。

葉に棘が生えていて、触れてしまうと神経毒が注入され、緩やかに呼吸困難などを引き起こし、最悪の場合は死に至るルプス症候群を引き起こす。

 トーカの指先には僅かに切り傷があって、血が乾いている。

 おそらくリゼルの検診は正しい。


「トーカ、なんでお前は朝早くからそんなことを……」


 ギラは悔しそうに涙を流し続けている。

 すると、傍でジェイが拳を握りしめていることに気がついた。


「ごめん、おじさん。俺がちゃんと朝早く起きてれば……」

「どういうことだ?」

「昨日、トーカと話して、2人でハンマ先生のお土産を探そうって約束してたんだ。昼間は俺、ノルンと一緒だし、朝ぐらいしか時間がないし、トーカ、毒草のこととかなんも知らなさそうだったから、一緒にって……だけど、寝坊しちゃったからトーカは1人で……」


 ジェイは自分の責任だと悔やんでいるが、ギラはきちんとわかっているらしく、非難の声をあげたりしなかった。

 実際はトーカのことが心配ならず、そんな余裕がないだけなのかもしれない。


「実際のところ、トーカの病状はどうなんだ?」


 ノルンはリゼルへ屈み込み、ジェイやギラへわからないように問いかける。


「今すぐにどうなるということは無いのですけど、このままでは危険です。でもなんとか、ハンマ先生がいらっしゃるまで頑張ってみます」

「ハンマ先生が来てくれるんだな?」

「はい。今、ガルスさんとケイさんが近くの村まで走って伝信鳥を借りに行っています」

「なるほど、状況は把握した」

「あ、あの、ノルン様、どちらへ……?」


 ノルンの背中へ、リゼルの声が響き渡る。


「できることしたい。オルガオルガを探してくる」


 オルガオルガ――万能薬として知られる薬草の一種で、特にミカヅキの毒によって生じるルプス症候群への特効薬として有名だった。

しかし生える条件が厳しく、探すのは容易ではない。ただしこれは、ノルンが1人で探した場合の話だった。


「ジェイ、緊急事態だ。お前の力を貸してほしい」


 ノルンは悔やみ続けているジェイの肩を叩いた。


「俺の力……?」

「そうだ。今、トーカを救うためにはオルガオルガという薬草が必要となる。しかしこれは見つけるのが困難だ」

「オルガオルガ……」

「あいにく俺はジェイほど優秀な探知スキルを持ち合わせていない。だから、お前に協力を要請する。お前のスキルがあればあるいは。どうだ?」

「わかった! 俺ができることだったら!」


 ジェイからの頼もしい返事だった。

 さきほどまでメソメソとした顔が、戦う男のソレに変わっている。


 ノルンは早速、雑嚢から植物図鑑を取り出した。

 オルガオルガの葉は剣のように灰色がかっていて、直立しており、岩場などの不毛なところに生えやすい。

別名鉄華草とも言われる由縁である。

そうした情報を覚えさせる。

 こうすることで、探知スキルは特定のものの探知に関して、精度を上げることができる。


「もう大丈夫! 行こう、ノルン!」

「了解した。では行ってくる。トーカを頼む」

「わかりました。お気をつけて! ジェイ君もね!」


 リゼルの見送りを受け、ノルンとジェイは森の中へ飛び込んでゆく。

 そして、オルガオルガの生えていそうな、遥遠くの岩場目掛けて走り出す。


 しかしノルンとジェイとでは脚力も、体力も差がありすぎて、おいそれといつもの速度を出すわけには行かなかった。

そうではあっても時間は一分一秒でも惜しい。


「失礼するぞ」

「わわ!」


 ノルンはジェイをひょいと小脇に抱えた。

 膝へ魔力を集中させてゆく。膝がまるで雷魔法を受けたかのように紫電を纏い始める。


「行くぞ、しっかりと掴まってろ!」


 そう言いつけて、ノルンは思い切り飛んだ。

矢のように飛び上がったノルンは、すぐさま目下に森林を収められるほどの高度に達する。


「す、すげぇ! なんだよこれぇー!!」


 小脇に抱えたジェイは恐怖と興奮が入り混じったような声をあげていた。

 ノルンはジェイを抱えたまま何度も、何度も高く飛び、目的地の岩場を目指してゆく。


「ジェイ、そろそろ頼む!」

「おうっ!」


 ジェイは空中で目を固くとざし、体を硬らせる。

 ジェイの体が、彼に由来する緑の輝きを帯び始めた。


「だ、ダメだよ、ノルン! わかんねぇよ……!」


 ジェイは目を開けて、情けない声を上げた。

 彼の探知能力は、昨日感じた通り、目を見張るものがある。

おそらく今のノルンよりも、この能力に関しては遥に秀でているはず。


「落ち着けジェイ。お前ならできる」


 ノルンは着地し、ジェイを地面の上へ下ろすと、そう声をかけた。


「だけど……」

「お前の探知スキルは俺のよりも遥に優れている。そう確信している」

「ノルンよりも?」

「ああ。だから頼む。お前が頼りなんだ!」


 ノルンの言葉にジェイの表情が明るんだ。

挫けて歪んでいた顔が、再び男のソレへと戻る。


「分かった! やってみる!」

「そうだ、その意気だ! もっと集中するんだ。探そうとするのではない。オルガオルガの存在を感じ取るんだ」

「感じ取る……」

「きっとオルガオルガはお前の求めに答えてくれるはずだ。そして願え、トーカを救いたいと!」

「トーカを救う……俺が……」


 ジェイは深呼吸をし、目を閉じた。

 途端、辺りがシンと静まり返り、風が森を吹き抜ける。

 ジェイの感覚が力となって広がってゆくのか感じられた。

それは森を乱暴に掻き回すものではなく、穏やかに、優しく語りかけるような。


「ッ! 見つけた! ノルン、あの断崖の真ん中ぐらいにあるっぽい!」

「心得た!」


 ジェイが先の断崖を強く指差し、そんな彼を抱えてノルンは飛んだ。

 もう一回跳躍をすれば、オルガオルガに手が届く。


 しかし、地面へ降り立ったノルンは、断崖の前でジェイを降ろす。

そして薪割り短刀を抜き、踵を返して臨戦体制を取った。

 理由はジェイもわかっているらしく、身構えている。


 目前の木々がざわめき、重々しい足音が聞こえているからだった。


「OHoooo!」

「クソっ、こんな時に!」

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