第31話ジェイへの訓練


「ごめんね……迷惑かけて……」

「べ、別に良いって! もう無理すんじゃねぇぞ!」


 ジェイは耳を真っ赤にしながら、トーカから荷物を奪い取ると、そそくさと駆け出してゆく。


 大人達はそんな2人の様子をみて、微笑ましさを覚える。

 ノルンもまた、幼い頃の自分と、妹弟子のロトのことを思い出していた。



 心に傷を負いながらも再び立ち上がり、今は勇ましく戦場に立つ彼女。

もう会うことは叶わないが、彼女の無事を祈ってやまないノルンだった。


「ではこれより、俺とジェイは山へ入り、水・薪・食材の確保を行ってくる! 他の皆は、適宜必要な作業を行なったのち、ゆっくり寛いでいてくれて構わない! 行くぞっ!」

「お、おう!」


 すると、トーカがジェイを呼び止めた。


「気をつけてね! がんばってね!」


 そう言われたジェイは、またまた耳を真っ赤に染めて、後ろ髪を掻きつつ駆け出す。

 もう大人達はニヤニヤを堪え切れずにいた。


 ヨーツンヘイムを成す山の一つ、モニク。

 風光明媚で、食料になる動植物も多く、水も豊富。キャンプ地にはもってこいの場所である。


「はぁ……はぁ……き、きっつっ……! なんだよこの坂……!」


 異様に坂が多く、足場も悪くて歩きづらいことを除いては。


「どうしたジェイ! この程度の道でへばっている様では冒険者など夢のまた夢だぞ!」


 しかしかつてもっと酷いリディの山で暮らしていたノルンにとっては、この程度の山みちなど何するものぞ。


「ああ、ちくしょう! わぁぁぁ!!」

「良いぞ、ジェイ! その調子だ!……そうだ! 肺活量を鍛えるべく歌いながら走るぞ!」

「う、歌ぁ!?」

「安心しろ! 簡単だし、俺の後に続けばいい! ちなみに俺の師匠が作詞作曲の、とても素晴らしい歌だ!」

では行くぞ……」


 リディとの辛く楽しかった日々を思い出し、ノルンは胸を熱くしながら歌い出す。


「日の出と共に、起床してー! 走れと言われりゃいつまでもぉー……はい!」

「ひ、日の出と共に起床してぇー! 走れと言われりゃいつまでもぉぉぉ〜っ!! げほっ!」

「ダメだダメだダメだぁ! そんなのではクソほどの冒険者には慣れんぞ! むしろ、今のお前はクソ以下だ! このウジ虫野郎め!」

「ノ、ノルン!? なんで急にそんな乱暴な……」


 ジェイは驚きで顔を引き攣らせているが、ノルンは全く気づいていない。


「ええい黙れ! クソバカたれのジェイ! 強くなりたければ、声高らかに、元気よく歌えっ! 痴れ者がぁ!」

「ああもう! うっせぇな! すぅー……日の出と共に起床しいぇぇぇぇぇぇ!! 走れといはへりゃいふまでもぉぉぉぉ!!」

「そうだ! その調子だ! 魔物は全部、クソッタレー! 必殺、撃滅、殲滅だぁー!」

「まものはぜんふークソッタレェェェ!! ひっしゃちゅ、げひめしゅ、しぇんめつだぁぁぁ!!」


 すっかり鬼指導者モードのリディが乗り移ってしまっていたノルンなのだった。


 そんなこんなで山道を登りきり、ようやく平地に達する。

 側には綺麗な小川が流れていて、そのせせらぎがなんとも心地よい。


「では、これよりここから水を汲んで野営地まで戻る!」

「ま、マジか!?」

「マジだ! この水はいわば、皆の生命線! 五往復ほどしようと思う!」

「来た道めっちゃ危なかったじゃん!」

「案ずるな。危ない時は必ず俺が助けてやる。心置きなくこの桶で水を運んでほしい! もちろん歌いながらだ! グズグズ言うんじゃないぞ、ウジ虫野郎!」


 ノルンは雑嚢から取り出した桶を叩いてそう告げる。

ジェイは「ああ、ちきしょう!」と叫びながらも、桶へ水を張り、頑張って運び始める。

もちろん、歌詞の内容にとても問題のある歌――作詞・作曲リディ様――を歌いながら……


 かつてはこの山道よりも険しく、そして遠い水ばから、これ以上の桶を使って水の輸送をさせられれていたノルン。

それに比べれば格段に優しく、そしてマシである。

もっとも、基準がとんでもなところにあって、それに比べてということにはなるが。


「たはぁ……つ、疲れたぁ……もうだめ、死ぬぅー!」


 ようやく水の輸送を終えたジェイはばたんと地面へ倒れ込む。

息も絶え絶え、汗だくだくである。


「よし、次は薪の調達だ! さぁ、立て! クソやろう! ウジ虫のお前に休む暇があるかぁ!!」


 まだまだ元気なノルンの声を聞き、ジェイの表情が青ざめる。


「そうか、ジェイはこの程度でへばってしまうか。なら冒険者など無理だな……」

「ああ、ちきしょう! 行くよ! 行く! やってやんよ!! うわぁぁぁ!!」


 ノルンにうまく乗せられて、ジェイはズカズカと山道を駆け上がってゆく。


「お、おい、あれ大丈夫かよ……?」

「全く、男親ってのは子供に甘いんだから……大丈夫よ、あれぐらい。それにノルンさんが付きっきりでいてくれるんだから。ねっ、リゼちゃん?」

「そうですね。ノルン様が一緒なら大丈夫ですよ、きっと! あっ、パン焼けましたよ!」


 ガルスだけは肝を冷やしているものの、他の大人達は穏やかな休日を過ごしているのだった。


「ああ、くっそ、切ねぇ……!」


 ジェイは薪に突き刺さった薪割り短刀を何度の、切り株へ打ち付けている。

どうやら、薪が割れずに苦労しているらしい。

 ノルンはそんなジェイへ、もう一本薪を差し出した。


「この薪で刃を叩いてみろ。今よりも楽に割れるはずだ」


 ノルンの言う通りにそうすると、刃が楽に食い込んでゆき、パカンと薪が割れたのだった。


「すげぇ! こっちの方がめっちゃ楽じゃん!」

「もちろん、もっと太い薪の時は、さっきまでのように切り株へ叩きつける方法もいいがな」

「そっか……。なぁ、ノルン、疑うわけじゃないけど、これって修行なんだよな?」


 やや怪訝なジェイの視線だった.

しかしノルンは自信満々に「もちろんだとも!」と返す。


「ではジェイに問うが、冒険者にとって最も大事なことはなんだかわかるか?」

「敵を倒すこととか、依頼をちゃんとやり遂げることだろ?」

「前者は場合によって、後者は二番目に大事なことだ」

「?」

「一番は、いかに自分の命を守るか、ということだ。例え失敗しても、命さえあればやり直しができる。だからこそ、まず考えるべきことは、どう生き残るかなんだ」


 今は亡き師を心の中に描きつつ、ノルンは続ける。


「水を運ぶにしても相応の体力が必要だ。薪を集めたり、割ったりする技術があれば、きちんと火を起こし暖をとったりすることができる。まずはそうした生存術を体得してもらいたんだ」

「まぁ、それはわかるけどさ……」


 それでもジェイは不満げだった。その気持ちはわからなくもない。

修行開始当初、同じようなことでリディに詰め寄ったこともある。

2泊3日の日程ではできることは限られる。

ならばそろそろ次の過程に移っても良い頃合いかもしれない。


「よし、では薪はこのあたりで終了としよう。次は冒険者の生存術の基本でもあり、初歩の仕事、採集を行う!」

「採集かぁ……いや、俺、そういうのより、戦ったりとか……」

「さぁ、行くぞクソ野郎のジェイ!」

「あ、ちょっと待てよぉー!!」


 ノルンは意気揚々と林の中へ分け入り、ジェイは続いてゆく。


「このノンビル草はこのままでも甘い味がしてこのまま食べることが可能だ。さまざまなところで見かけることができるので、非常食として最適だ」

「へぇ、そうなんだ! 確かに甘いっ!」


 当初は不満たらたらのジェイだったが、知的好奇心を刺激されて、楽しそうだった。


「これを今から1時間以内に10束集めてもらいたい。注意点は二つ。まず、俺の目の届く範囲で採集をすること。そして、このドクノンビル草と間違えないことだ!」


 ノルンはやや緑色の濃い、ノンビル草を掲げてみせた。

比べてみるとなんとなくわかるが、別々だと正直どっちがどっちなのか、わかりづらい。


「では始め!」


 ノルンの号令とともに、ジェイは探索を始めた。


(さて、俺はハンマ先生のレア物を探さなければ!)


 ジェイをきちんと視界の隅に収めつつ、ノルンも自分へ課した課題へ取り掛かった。

 ジェイは地面に這いつくばって、真剣な様子で探してくれている。


 そんな彼の姿に、昔の自分とロトを重ね合わせて、ほっこりした気持ちのノルンなのだった。


「終わったよ」


 と、数分も経たない間に、ジェイはノンビル草がたくさん入った袋を差し出してくる。

 驚異的なスピードだった。もしや適当にやったのでは、と疑ってしまうほどの早い時間だった。


 ノルンはやや怪訝な心持ちで、袋の中身を改めてゆく。


「これは全てノンビル草……合格だ」

「やった! へへ!」

「こんなにも早く、どうして? 普通なら集めきれないか、ドクノンビル草が混じっていてもおかしくはない速度だぞ?」

「なんか、こういうの得意なんだよね。勝手に分かっちゃうような?」


 勘が鋭い――というにはあまりにも精度が良すぎる。


 時折、人は神の気まぐれなのかなんなのか、特殊な力に目覚めることがある。

これを“スキル”とネルアガマでは呼んでいた。才能の一つと捉えることもできる。

 勿論、後付けで付与することは可能なのだが、相応の努力を要する。


「ジェイ、もしかすると君は生まれつき“探知スキル”を持っているのかもしれないな」

「マジ!? 俺にスキルが!」

「ああ。よし、そうと分ければ方針を変更! 君の探知スキルを強化することとしよう! さぁ、ゆくぞ!」

「あ、あ、ちょっと、置いてくなよー!」


 こうしてノリノリノルンとジェイの探知スキル強化は夕暮れまで続くのだった。



⚫️⚫️⚫️



「ああ、ねむ……」


 夜を迎え、お腹いっぱいにもなりクタクタなジェイは焚き火の前でうつらうつら。

 そんな彼へそろりそろりと歩み寄る影は一つ。


「わっ!?」


 急に背中から何か――ブランケットをかけらたものだから、驚くのも無理はない。


「ご、ごめんなさい、驚かせて!」


 そしてブランケットをかけた張本人、ギラの娘トーカは申し訳なさそうに、ジェイへ向けて腰を折る。

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