第30話レッツキャンピング!
「さぁ、行こうゴッ君、リゼル! ふふっ! キャンプだ、キャンプ! くふふふっ!」
ノルンは不気味な笑い声を伴いながら、意気揚々と山小屋を出てゆく。
「ノルン様ったら子供みたいに……ふふ。さっ、ゴッ君行こう?」
「グゥーっ!」
リゼルは微笑ましそうにノルンの背中を見つめながら、ゴッ君と共にバスケットを持って外へ出る。
火の元良し、小屋の施錠良し!
リゼルが一つ一つ指差し確認をするようになったのは、ノルンからの影響なのかもしれない。
「リゼル、皆が待っているから早く行くぞっ! さぁ、乗ってくれ!」
既に馬車に乗っていたノルンはリゼルへ手を差し伸べる。
彼女の柔らかい手をしっかりと握って引き上げ、隣に座ってもらう。
たとえ心も、体も繋がったとしても、リゼルが側にいるだけで自然と胸が高鳴るノルンだった。
ノルンは手綱で
馬竜は咆哮を上げて、荷物が満載の荷車を引き始める。
今日は快晴、お天気もばっちり。キャンプにはもってこいの陽気である。
……と、ことの始まりはひょんなことからだった。
『ノルンってすげぇ冒険者だったんだろ!? 俺、いつかすげぇ冒険者になりたいんだ! だから修行つけてくれよ! なぁ!!』
と、先日ガルスの一人息子、ジェイに突然そんなことを頼まれた。
友達となったジェイの頼みなのだから無碍にはしたくない。しかし修業となれば、それなりに厳しい環境に身置く必要がある。
手を抜くなんてもってのほか――
『相手のことを思うならば、本気でぶつかれ! それが相手への礼儀だ! しっかり守るんだぞノルン! byリディ様』とのことらしい。
だが、そんなことを彼の両親が許してはくれないだろう。
悩みに悩んでも答えが出ず、考えていたところ、
『じゃあ、いっそキャンプってことにしたらどうでしょ? ガルスさんやケイさん、色んな人も誘って行けば問題ないと思いますよ?』
リゼルの提案にノルンは「それだ!」と即決した。
そこからノルンの行動は、まるで戦前のように迅速だった。
場所の選定も、道具の準備も、修業内容の考案も、全て全力で迅速に済ませて、迎えた今日という日であったのだ。
「お待たせした! さぁ、乗ってくれ!」
ノルンが集合場所である村の広場へ馬車滑り込ませる。
すでに仲間達が、彼が来るのを待ち侘びていた。
ガルスに、息子のジェイと、妻のケイ。
いつもは寡黙なイスルゥ塗工場のギラも、可愛らしい一人娘と共に参加してくれている。
しかしやはり、ハンマ先生は来ていない。
「ハンマ先生はダメだったのか?」
「まぁ、あいつはこの辺全部を面倒見ているただ1人の医者だからな。代わりにリゼちゃんがいっぱい楽しんでくれりゃ良いってよ。診療所ことは気にしないでくれってさ」
ガルスがそう答えると、リゼルは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
ならば、涙を飲んで不参加の決意をしたハンマ先生へは、山奥でしかお目に火かけれない、超レアな何かをお土産としよう。
【重要ミッション追加:ハンマ先生への超レアなお土産を探せ!】
と、こんな風にノルンのキャンプでやるべきリストへ、新たなクエストが追加されるのだった。
「ギラも忙しいところ、ありがとう」
「こちらこそ誘ってくださってありがとうございます。たまには娘とのんびり過ごすのも良いかと思いまして」
ギラはそう言って、自分と同じく、少し色黒でやや耳のとがった人形のように愛らしい娘の背中を押した。
「は、初めまして管理人さん! い、いつも父がお世話になってます! 娘の【トーカ】と言います! よろしくお願いします!」
ちょこんと一礼、しかしかなり緊張している様子。
だいたい子供はノルンの顔を見ると、こういう反応をする。
たしか、元気を取り戻したばかりのロトも、こんな感じで肩を震わせていたように思い出す。
「安心して! ノルン様、お顔は極悪人のように怖いし、なんかいつも殺気立った雰囲気だけど、実はとっても優しくて、大らかな人だから」
リゼルはノルンの隣から飛び降りて、トーカへ腰を折ってそういった。
するとトーカから震えが抜けた。
「私、リゼル! よろしくね、トーカちゃん」
「は、はい! よろしくお願いします、リゼルさん!」
お互いに手の甲を掲げて、ワンタッチ。
マルティン州式の握手である。リゼルもすっかり染まってきているらしい。
(同時に俺の扱いもぞんざいに……いや、それだけ心を開いてくれているということか……)
「わぁー! 可愛いクマさん!」
「ゴッ君だよ!」
「グゥー!」
雄のゴッ君もリゼルとトーカに挟まれてご満悦な様子だった。
やはり自分も、ゴッ君のように、もう少し何かしらの手段を用いて、可愛らしさを全面へ押し出した方が良いのか、否か。
こういう時、サブリーダーのジェスタか知恵者のアンクシャが傍にいればと思う。
「なぁ、ノルン、早く行こうぜ!」
と、いつの間にか彼の隣をキープしていたジェイからの要請させる。
「そうだな。皆、そろそろ乗ってくれ! 出発するぞ!」
かくして2泊3日の楽しいキャンプ……もとい、ジェイへ向けての冒険者修行が始まった。
「へぇ、トーカちゃん、いつもお家じゃご飯担当なんだ?」
「はい! うちお母さんいないから、忙しいお父さんの代わりに」
「偉いねぇ。たしかトーカちゃん教会で勉強しつつ、工場の売店でも働いてるのよねぇ……ジェイにも見習わせてやりたいよ、全く……」
リゼル、トーカ、ケイの三人は荷車の中で輪を作ってお話中。
世代はバラバラだが、馬が合う様子だった。
「ほれ飲め! どうよ、最近イスルゥ塗は?」
「ぼちぼちですね。保護地域工芸品のおかげですよ」
ガルスとギラは早速酒盛りを始めて親睦を深めているようだった。
懐かしい光景だった。
勇者だった頃の馬車の運転役は、バンシィの仕事で、いつもそんな彼の後ろでは……
『そーら! デルタ、いっきぃー!』
『ンガァァァァ!! 我、酒にも強いぃ!』
荷車ではいっつも酒の大好きなアンクシャとデルタがベロベロに酔っ払ってクダを巻いていた。
『はしゃぎ過ぎだ! 敵がいつ攻めて来るかもしれないんだぞ!?』
『まぁまぁ、ジェスタさん、そう固いこと言わずに。何かあっても私とシフトシールドが皆さんをお守りしますから!』
そんな2人へジェスタが激怒し、ロトが肴を用意しつつ適度に宥める。
『だいたいらぁ……! アンクシャはいっちゅもなぁ……ひっく!』
『んだよ、引きこもりのジェスタ姫さんよぉ?』
『それは昔の話らぁ! 喧嘩うってんのらぁ!』
『ああ、そうさ! へへ! この場で妖精か鉱人か、どっちがすげぇか決着つけてやんよ!』
『らぁー! くぉーい! ないじぇる・ぎゃれっとぉー!』
『僕のメイガ―マグナムが今日こそてめぇを粉みじんに吹っ飛ばしてやるぜい!!』
『あ、ちょっと二人とも! デルタさん! アンクシャさんをお願いします!』
『アンクシャ、ここで魔法放たない! 馬車吹っ飛ぶ!! ジェスタもナイジェル・ギャレットしまう!!』
時折、一緒に乗車していた傭兵や、冒険者も加わっていつの間にか、荷車の中は飲めや歌えやの大宴会場へと変わる。
酒も飲めなければ、物を食べることも叶わない彼には参加しずらい状況だった。
だけど、皆が一時戦いを忘れて、楽しむ姿を見るのが好きだった。それだけで十分だと、その時は思っていた。
(しかしもう良いんだ、俺は、我慢をしなくても……)
もはや彼は聖剣を失った、勇者くずれ。
世界を救うことはできないが……代わりに、人としての楽しみを謳歌しつつ、大事な人たちを守ることぐらいはできる。
今の彼にはちょうどいい。これぐらいが良い。
「なぁ、ノルン! どんな修行つけてくれんだよ?」
それに今隣には頼もしい後輩もいる。
「着いてからのお楽しみだ」
「えー! 教えてくれよ、なぁなぁ!」
馬車はがたごとと進んでゆく。
今日は快晴、お天気バッチリ。
王都近くの海岸では、連合と魔族の戦いが勃発しているらしいが、遠く離れ、更に軍の拠点でもないヨーツンヘイムには
ほとんど影響のない話であった。
それにきっと、今回もかつての仲間達が、必ず敵を撃退してくれる。そう信じている。
だからこそ、ノルンは今の自分ができることを、全力で、精一杯行うだけである。
そうして馬車はガタゴトと進んでゆき、キャンプの目的地――ヨーツンヘイムの山の一つ、風光明媚な<モニク>へ到着するのだった。
●●●
「これより、2泊3日の訓練……ではなく! キャンプを始めたいと思うっ! まずは全員で野営地の設置に取り掛かる!」
まるでどこかの騎士団訓練キャンプのような――気合入りまくりのノルンだった。
しかしノルンがそういう性格だというのはみんなちゃんと分かっているので、軽く苦笑いを浮かべる程度である。
かくして一同は気合の入ったノルンの下、それぞれの作業を開始するのだった。
「ありゃ……紐が切れちまったぜ」
「なんだと!? それは申し訳ないっ!」
ガルスのぼやきを聞きつけたノルンは、素早く駆け出した。
どうやらテントの雨よけ部分を地面へ止める紐が経年劣化でちぎれてしまったらしい。
ずっと山小屋に保管されていたものを引っ張り出してきたものだから仕方ないのかもしれない。
ノルンはささっと、千切れてしまった紐と、新しい紐を繋げて結ぶ。
「ほう、うめぇもんだな。さすがは元冒険者ってか? なぁるほど、こういう結び方もあるってかぁ……」
ガルスは繁々と興味深そうに結び目を見ている。
ちょっと鼻の高いノルンだった。
「ノルンさん、タープなんですけど、馬車の荷車と繋いだらどうでしょ? 道具の出し入れも容易になると思いますが」
「なるほど! 良い! そうしよう!!」
ノルンは嬉々とした様子で、ギラのところへ向かってゆく。
こうして何もないところに、生活の場所を作ってゆく。
とっても楽しいと感じるノルンだった。
「そ、そんなに持てます!?」
「あはは、こんぐらい大丈夫だって! あたしゃこれでも山の女だよ?」
リゼルが渡したたくさんの荷物をケイは軽々と運んでいた。
「うんしょ……よいしょ……ううっ……!」
そんなケイの横で、小さなトーカも重そうにしながらも、一生懸命荷物を運んでいた。
「トーカちゃん、無理しないでね!」
「は、はい! へーきで……わわっ!?」
リゼルが言った矢先、トーカは石ころに爪先をぶつけてバランスを崩す。
すると近くにいたジェイが、荷物とトーカを寸前のところで受け止める。
「あ、ありがとう! ジェイくん!」
「べ、別に……持てんなら無理すんなよ。リゼ姉ちゃんもそう言ってただろ?」
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