第35話妊娠発覚
「リゼル、起きろ朝だぞ。食事できているぞ」
「ううん……」
声をかけても、リゼルはノルンのベッドの上でもそもそ動くだけだった。
昨晩は調子に乗って、やり過ぎてしまったのかもしれない。
もっともリゼルも何度も泣きながら喜んでいたような……
とにもかくにも無理やり起こすの可哀想だと思い、ノルンは部屋を出てゆく。
今日は元々ノルンが朝食当番の日だった。
卵は上手に焼けたし、スープの味もなかなか。極め付けが、先日こっそり作って、ガルス達や、美食家のグスタフさえ「これ売れるぞ!」と言わしめた、特製マヨネーズである。
これをパンに塗ったり、サラダにかけたりするのが最高で、料理上手なリゼルの評価を聞きたかったのだが仕方がない。
リゼルをあんなにしてしまったのは、体力バカで野獣のノルンのせいである。
(少し自制せねばな……)
聖剣で欲を封じられていた分を体が取り戻そうとしているのか、それとも元々自分はそういう輩なのか。
もっとも分別なく、そういうことをするつもりは毛頭ない。愛するリゼルだからこそ、そうなってしまうだけである。
そんなことをぼんやりと考えつつ、コーヒーを口へ運んでゆく。
コーヒーも最高の淹れ方だった。早くリゼルにも味わってもらいたい。
「おはようございます……」
「お、おはよう!」
ようやくノルンの部屋からリゼルが起きてきた。
やはり寝不足気味なのか、体がゆらゆらとしている。
足元もおぼつかない。
「座ってくれ! コーヒー飲むか?」
「お願い……ふぁあ……しますぅ……」
「心得た! 砂糖とミルクは?」
「お砂糖多めで……」
「承知した!」
ノルンはドタバタ急いでコーヒーを入れて出す。
リゼルは相変わらずうつらうつらしつつ、膝の上に乗ったゴッ君を撫でている。
「ほ、ほらコーヒーだ!」
「ありがとうございますぅ……んー……甘くて美味しいぃ……!」
「そうか、なら良かった! 食事もあるぞ? タイミングでいいから食べてくれ」
「はぁい……」
さすがにもう耐えられない!
ノルンはリゼルへ向けて腰を45度まで折った最敬礼をしてみせる。
「昨晩は申し訳なかった! 調子に乗りすぎていた! これからは君の体力も考えて、きちんと自制すると約束するっ! せめて一晩に付き最高でも3回で終えると、ここに宣言する!」
「えっ? あっ…………!」
途端、ずっとぼんやりしていたリゼルの顔が耳まで真っ赤に染まりだす。
「ご、ごめんなさい! 私こそ、心配させるような態度とっちゃって……大丈夫ですから!」
「本当か?」
「は、はいっ! 眠いのはたしかですけど、それ以上に……」
リゼルは椅子から身を乗り出し、頭を下げ続けているノルンの首にぶら下がる。
「昨夜はその……とっても嬉しかったんです」
「そ、そうなのか?」
「それだけノルン様が、私のこと、愛してくださってるんだなって、たくさん思えて。だから……ちょっと嬉しすぎてぼぉーっとしちゃって……元気なんで、あんまり気にしないでください」
「そうか……ならば良かった」
「でもこの調子だと、すぐに赤ちゃん出来ちゃいそうですね?」
リゼルは妖艶にノルンの耳元でそう囁きかけてくる。
彼女と自分の子供……想像しただけで、胸に熱いものが込み上げてくる。
しかしもう少しだけリゼルと2人っきりの時間を楽しみたいとも思う。
「ノルン大変だ!! 子供ができちまったらしいぞぉ!……って、あはは、すまん。お邪魔したようで……」
と、いきなり飛び込んできたグスタフをギロリと睨むノルンなのだった。
⚫️⚫️⚫️
「おめでとう。無事に産まれて良かったな」
「カァー!」
ノルンは営林場へ着くなり、竜小屋の中で身体を丸めていた雌飛龍のボルの鼻先を撫でた。
ボルも嬉しそうに、優しい唸りを上げた。
「状況は?」
「今朝、産卵したばかりです。順調に行けば、来月にでも孵化すると思います。もっとも、私は専門ではないので、蜥蜴基準ではありますが……」
ハンマ先生は苦笑い気味に、ボルが抱いている卵を触れながらそう答える。
ノルンも先生に促され、大きな卵に触れてみた。
硬い殻の向こうからトクトクと、小さくではあるが、確かに命の鼓動が聞こえてきている。
本来ならば火炎袋を持たないばかりに、親竜に食い殺されていただろうボル。
そんな彼女が新しい命を紡いで、母親となった。幼生の頃から知っているので感慨深いものがある。
「とうとう、お前に追いつくことはできなかったな。これからもしっかりとボルを守ってやれ。俺も頑張る。男同士の約束だ」
そして父親となった、黄土色の雄飛龍:オッゴの鼻先を撫でる。
オッゴは唸る代わりに、“フンス!”と気合の入った鼻息を放つのだった。
「こんなめでたいことの何が問題なんだ?」
ノルンはずっと後ろで複雑な表情を浮かべてるグスタフへ問いかける。
「めでたいのはわかってるさ。でも、これだと少なく見積もってもボルは一ヶ月、孵化に向けて動けないだろ?」
「そうか……なるほど」
ボルとオッゴの二匹は、今やヨーツンヘイムの輸送を一手に担っていると言っても過言ではなかった。
二匹でやっと利益が出る量を搬送できているのが現状で、それが一匹になるのは確かにマズイ。
しかしそんな凡ミスをグスタフが冒すとは到底考えられない。
「何が問題だ?」
「予定時期が早過ぎたってところだな」
「ボルの産卵がか?」
「おう。ちょっと、付き合ってくれ」
ノルンはグスタフに促されるがまま、彼の四輪馬車に乗って、 村の外れにある大草原を訪れる。
そこにはボルとオッゴと比べるとやや小さい、二匹の飛龍がいた。
片方はエメララルドグリーンで、もう一方はルビーのように鮮やかな赤。
飛龍独特の鋭い目つきだが、ボルようなやや丸い瞳をしている。
「グリーンのが【ビグ】、赤い方が【ラング】。双子姉妹の飛龍だ。この2匹を輸送用飛龍の追加として調教してたんだけよ……正直、まだまだちゃんと働けるような状態じゃねぇんだよ……一応、ボルの妊娠を想定して、訓練はしてたんだけどな……」
「状況は把握した。で、俺は何をすれば?」
「忙しいのは重々承知の上でのお願いだ! 頼む! お前の手腕で、ビグとラングをすぐ使い物になるよう調教してやってほしい! もちろん、必要経費は全部俺が持つし、報酬ちゃんと支払うから!」
グフタフは腰を深く曲げ、最敬礼をしてみせた。
しかしそこまでしてもらう必要は全くない。
新しい生き甲斐をくれたヨーツンヘイムに尽くす――それこがノルンの使命でもあり、願いでもあるのだから。
「任せろ。なんとかしてみせる」
ノルンはグスタフを安心させるよう肩を叩く。
そして2匹の姉妹飛龍の前へ立った。
「キャウ……!」
「ギャァー!!」
試しに気配を放ってみたところ、ビグは怯んで体を震わせ、ラングは怒ったような咆哮を浴びせてくる。
なんとなく、何が問題なのかがわかった気がした。
再度気配を放ち見上げると、姉妹飛龍は体を硬直させて、黙り込んだ。
「よく黙った。いい子達だ。俺はノルン。ヨーツンヘイムの山林管理人で、今からお前たちの教育係となるものだ、よろしく頼む。くくっ……まずはどうしてやろうか……!」
久方ぶりの楽しそうな仕事にノルンはワクワクが止まらず、つい含み笑いをしてしまった。
「キャッ、キャゥ……(こ、怖いよ、この人間……)」
「ギャ、ギャアー!(だ、大丈夫だよお姉ちゃん! 何があったってお姉ちゃんはあたしが守ってあげるから!)
こうしてノルンの姉妹飛龍調教が始まったのである!
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