第20話空を華麗舞う元勇者と雄飛龍!


(くそ、ギガデーモンバットめ! こちらへ向かってきているぞ!? 王都の竜騎兵ドラゴンライダー隊は何をしているんだ!?)


 憤ったところで竜騎兵が現れるわけでも、ギガデーモンバットがいなくなってくれる訳でもなかった。

 

 人間を拐い、捕食するのが特徴の不気味な巨大コウモリ――ギガデーモンバットは、人の臭いを嗅ぎつけたのか、真っ直ぐとこちらへ向かってきている。

 幸い、客室はアンチウィンドマントで視界が遮られているので、ゾゴック村の人々はこの状況に気づいてはいない。


(やるしかないのか? しかし……)


 黒の勇者だった頃のノルンなら、空を単体で飛ぶことができた。

しかし今の彼はただの人であり、そんなことはできるはずもない。


「ガァー!! ガガーっ!!」


 オッゴはしきりに咆哮し、戦意を示す。オッゴと連携を組めば、対処は可能だろう。

しかし、現在オッゴは大事な客室を背負っている身。

そんな状態で一切の被害も出さず、満足に戦うなど絵空事である。


「カァー! カァー!!」


 その時、雌の飛龍:ボルが吠えた。

 オッゴの隣へ並ぶなり、ノルンへ真剣な眼差しを送ってくる。


「まさか……オッゴのぶんの客室までも?」

「カァー! カァー! カカーッ!」

「できるのか? 自信はあるのか?」

「クゥカァ――!!」


 ボルは頼もしい咆哮を返してくれた。


 その間もギガデーモンバットと、ノルンたちの距離は縮まってきている。

 迷っている時間はない。今は、頼もしく成長したボルを信じるとき!


「――わかった。ボル、君に皆を託す。代わりにオッゴと俺は君を全力で守る。約束する!」

「カァーッ!!」


 ボルは勇ましく吠え、翼を打つ。そして上昇し、ノルンとオッゴへ影を落とした。


「こちらノルンだ。前方に巨大な雨雲が発生し、迂回が困難な状況だ。仕方なくそこを通過することとする。故にこれまでよりも揺れが強くなることをまずはお詫びしたい」


 指輪へ向かって話しかけると、客室内のウィルオーウィスプ達が、彼の言葉を代弁する。


「安全は保障する。しかしより安全性を高めるべく、対策に協力してほしい。これよりウィルオーウィスプが皆へ、座性固定のベルトを支給する。指示に従いしっかりとソレで体をしっかり固定してくれ!」


『ベルト! ベルト! コテイ! コテイ! アンゼンタイサク! アンゼンタイサク!』


 ウィルオーウィスプはこんなこともあろうかと、ノルンが客室に用意したベルトを素早く配り始めた。

客室には多少響めきが沸き起こるものの、ウィルオーウィスプ達はしきりに『ダイジョウブ! アンゼン! ダイジョウブ!』と優しく語りかけ、緊張を解ほぐすことに専念していた。


「揺れが起こっても慌てず、騒がず、そのまま寛いでいてくれ。俺とオッゴとボルを信じてくれ! それではこの後も快適な空の旅を!」


 ダメ押しに勇者だった頃の覇気を発し、客室へ届ける。

 その頼もしく、優しい気配に、村人の誰もが安心感を抱いた。


 準備は万端。

 ノルンは上で並走しているボルを見上げた。

そして客室とオッゴをしっかりと固定している留め具に手をかける。


「ガガガーっ!(ボルちゃん、ゾゴック村の人たちを頼んだよ!)」

「カァ! カカァー!(任せて! オッゴ君も怪我に気をつけてね!)」

「ガァーっ!!(ありがとう! じゃあ行ってくるねっ!)」

「カァ! クゥーン……!(うん! オッゴ君!)」

「ガァ?(なに?)

「ク、クク……クカァー!(ぶ、無事に帰れた、一杯しよう! 私、頑張るよっ!)」

「ガ、ガガッ! ガァー! ガァ……フンス!(お、おう! 喜んで! 体力、残しときます……! フンス!)」


「……申し訳ないが2人とも、なんだ、その……そのあたりで良いか?」


 タイミングを見計らってノルンは声をかけ、若き雌雄の飛龍は少し恥ずかしそうに揃って視線を外した。


(これが若さというやつか……)


 いつの間にか、男としてオッゴに先を越されていた――聖剣の加護でずっと性欲とは縁がなく、更にそういうことができない身体だったので仕方のない事なのだが……。

 そんなことを思いつつ、ノルンは最後の留め具を外す。

オッゴから切り離された客室を、ボルは間髪入れずに後ろ足でしっかりキャッチ。


「行くぞ、オッゴ。5分で決着をつける!」

「ガァァァー!!」


 重い客室から解き放たれたオッゴは空へ鋭く翼を打ち付ける。

 火炎袋を持たない劣勢種であろうとも、オッゴは歴とした大空の覇者のである飛龍。

たった一度、翼で空を打っただけで、ギガデーモンバットとの距離がグングン近づく。


 そんなオッゴの接近に気づいたギガデーモンバットもまた、奇声をあげ、翼を広げる。

しかし次の瞬間にはもう、数匹のギガデーモンバットが真っ二つに両断されていた。


(最高の切れ味だリゼル! 感謝する! 残り26匹!)


 ショートソードを託してくれたリゼルに感謝しつつ、ノルンは鋭い刃に付着した暗色の体液を空へ散らせた。

 オッゴはぐんと旋回し、再びギガデーモンバットを捉えた。


「ガァァァァ!!」


 強く圧力を兼ね備えるバインドボイスが、目前のギガデーモンバットを紙切れのように吹き飛ばす。

しかし、バインドボイスの範囲外にいたギガデーモンバットが下方から迫ってきている。


「ギャッ――!!」

「甘いな。俺の存在を忘れて貰っては困る。残り25匹!」


 ノルンは迷わずオッゴから飛び降り、下方のギガデーモンバットの背中へ刃を叩き込んでいた。

 死骸を足蹴にし、空中へ飛び上がる。すると、軌道に沿ってオッゴが飛来し、ノルンを首の上にある鞍へ見事に乗せてみせた。


「グッジョブ、オッゴ!」

「ガァー!」


 再び人竜一体となったノルンとオッゴは空を滑り、黒い怪物共へ立ち向かってゆく。


(20、19、18……いや、15! 残り半数!)


 ノルンのショートソードは的確にギガデーモンバットを切り裂き、


「ガァァァァー!!(あんまり体力使わせるなぁ! ボルちゃんと楽しくできなくなるじゃないかぁ!!)」


 オッゴはバインドボイスで相手を怯ませると、足の爪で引き裂き、長い尾でギガデーモンバットを殴打する。


 もはや勝利は目前。想像以上の大戦果である。


「――ッ!?」


 突然、ノルンの背中を悪寒が走った。

 慌てて視線を上げれば、上から黒い影がノルンの視界を塞ぐ。

敵の正体はわからない。しかし回避する暇は無し。やはり勇者の頃とは敵の殺気の感じ方がまるで違う。


「おのれっ!」

「ぐぎゃっ!!」


 遮二無二ショートソードを投げ、上の敵を串刺し絶命させる。

 ノルンとオッゴの脇を、翼を生やした人型の化け物が落下してゆく。


(アークデーモンまでいたとは、迂闊だった)


「ガ、ガァァァァ!!」


 刹那、オッゴが鎌首をあげて、壮絶な悲鳴をあげた。

 オッゴは大きく翼で空を打ち、強い風を発した。

 オッゴの腹からボロボロと、アークデーモンと、奴らが武器とする三又槍が落ちてゆく。


「オッゴ! 大丈夫か!?」

「ガ、ガァー! ガァー……!」


 オッゴは健気に勇ましい咆哮をあげるが、はっきりと苦しさが伝わってくる。

どうやらアークデーモンの槍に腹を突かれてしまったらしい。

 ノルンは慌てて雑嚢からエクスポーションを取り出し、迷わずオッゴへ振りかける。

傷口へ直接添付できれば瞬時に回復させられるが、生憎ここは空の上。


 更に敵はそんな暇さえも与えてくれないらしい。


 どうやら敵の編隊はギガデーモンバットだけではなく、アークデーモンも含んでいたらしい。

 完全なる見落としだった。勇者の頃ではありえないミスだった。やはり、感応能力は、以前の10分の1にも満たないと身体をもって感じる。


 数は全部で40。

 対するノルンは剣を失い、オッゴもまた回復の途中。

体力面を考えても、振り出しに戻り、更に強い魔物と対峙するのは“同じ方法”では無理がある。


 そんなノルン達の状況がわかっているのか、アークデーモンはせせら笑うように、不気味な奇声を発していた。


(もはや手段を選んでいる間はないか……ならば!)


 今の自分に“アレ”が発動できるか、正直なところ自信はない。

しかしこの状況を切り抜けるにはやるしかない。


 ノルンは天高く、腕を突き出す。


「集え! 日輪の輝きよ!」

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