第19話あったかい人々。快適な空の旅。
「ありゃなんだ? 鳥か?」
「流れ星? 昼だろ?」
「いや、飛龍だっ! まじかよ!
「こ、こっちくるぞ!! おーいみんな大変だ!」
「飛龍が襲って来るぞぉ! 逃げろぉ――!!」
村人の一人が叫び声をあげ、スーイエイブ州の外れにある小さなゾゴック村が騒然とし始めた。
飛竜はエウゴ大陸に住む人々にとって脅威に他ならない。
突然飛来したかと思うと、寒村などはあっという間に蹂躙されてしまう。
「しかも番(つがい)だぞ!」
「ダメだ! もうこの村はお終いだぁ!!」
ゾゴックの村人は大慌てで荷造りを始めているのが見え……ノルンはオッゴの上で苦笑いを浮かべた。
(マズイ……村人達が怯えている……。確かに突然、二匹もの飛竜が飛来したら驚くか……)
ノルンは手綱を引いて、騎乗するオッゴへ減速の指示を送る。
「オッゴ。いつもより丁寧に、そして優しく着陸だ。分かったな?」
「ガァ!」
「ボルもだぞ?」
「カァ!」
オッゴは翼を大きく打ち付けて減速した。
ボルも同じように減速し、木の葉のようにユラユラとゾゴック村へ降りてゆく。
そうして二匹の飛龍は、スーイエイブ州の山間にある小さな村:ゾゴックの広場へ静かに着陸するのだった。
村人は何が起こっているのか分からないといった具合に立ち止まっている。
「驚かせて申し訳ない! この飛龍達は俺の乗り物だ! 危害は加えないから安心してくれ! そして野党や魔王軍でもない!」
ノルンは鞍から飛び降りるなり、そう叫んだ。
「俺はマルティン州ヨーツンヘイムの山林管理人ノルンというものだ! 本日はゾゴックの皆に話がありやってきた! 速やかにこの村の代表の“ユイリィ氏”に面会したい! どうかよろしく頼む!」」
ノルンはリゼルが持たせてくれた羊皮紙を開き、掲げてみせる。
暫くは辺りはシンと静まりかえっていたものの、やがてどよめきの中から1人の女性が歩を進めてくる。
「ユ、ユイリィさん、危ないですよ……?」
一人の村人が心配気に声をかけるが、女性は笑顔で頷くだけで歩みを止めない。
どことなく覚えのある風貌だった。きっとリゼルが少し歳を取れば、こんな風になる筈。
「こんにちはお役人様。大陸の端より遠路はるばるご苦労様でした。私がゾゴック村の代表の【ユイリィ】です。今日はどの様なご用件で?」
ユイリィは飛龍を前にしても全く動じていなかった。こういう逞しいところも、リゼルによく似ていると思い好感を覚えるノルンだった。
「急に押しかけてすまない。貴方の娘のリゼルから書簡を預かってきている。まずはこれに目を通してくれ」
ノルンが羊皮紙を手渡すと、早速ユイリィは視線を落とした。
「王都でイスルゥ塗が流行っているという噂は本当だったのですね?」
「ああ。貴方の娘のおかげで、ここ最近ではありがたい話を多数もらっている。しかし幸か不幸かこんな状態だ。思うところはあるだろうが手を貸して欲しい。もちろん、相応の礼は保証し、今後のこともきちんと検討している。だから頼む」
ノルンは腰を折り、深々と頭を下げた。
「カァー? (私たちも同じことした方がいいかなぁ?)」
「ガァー! (勇者様がしてるんだから、俺たちも!)」
ボルとオッゴもノルンに倣って、深々と鎌首を下げるのだった。
「頭をお上げくださいノルン管理人様。飛龍たちも」
頭を上げると、すでにユイリィは背を向けていた。
「みんな、聞いて! こちらのノルンさんは、イスルゥ塗の職人を探して、わざわざ大陸の端からやってきてくださった方よ! どうやらヨーツンヘイムは人手を必要としているみたいだわ!」
それからユイリィはリゼルが記した書簡から、これまでの経緯を村人へ読んで聞かせた。
最初は半信半疑の様子だった村人たちも、次第に真剣に耳を傾け始める。
「報酬も結構いいわ! バックがあのカフカス商会なんだから信用しても良いと思うわ! それに今後のイスルゥ塗に関するヨーツンヘイムとゾゴックの関係も検討してくださるそうよ!」
すでに村人たちはユイリィを真剣に聞いている。
彼女の人望の厚さがひしひしと感じられた。
「正直、私は報酬とか今後の関係とか、そんなことどうだっていいわ! だって私の娘で、みんなが良く知っているリゼルが助けを求めているのよ! いいえ……リゼルだけじゃないわ。同じエウゴ大陸に住む仲間が困っているのよ!」
誰一人ヤジをとばしたりなどしない。
この場は今静寂に包まれている。しかし明らかな熱気が村全体を覆い始めている。
「この村の代表として、私はみんなへ協力を要請するわ! イスルゥ塗の腕に自信があるものは、私と共に行きましょう! ヨーツンヘイムまで! 困っているヨーツンヘイムの皆さんを手助けするために!」
ユイリィの凛とした声が村中に響き渡った。
「俺は行くぞ! 同じ大陸民が困ってるんだったら、助けるのは当然だろ! なぁ、みんな!!」
1人の男が、頼もしい声をあげた。
「そうさ! スーイエイブ魂……いんや、ゾゴック村の魂をみせてやろうぜ!」
「久々の燃える展開ねぇ! あたしも頑張っちゃおうかしら?」
「はい、はい、はーい! 俺行きます! ぜってぇ行きます!!」
2つ、3つと次々と声があがり、話が広がってゆく。
義理人情に厚い、スーイエイブ人気質に、ノルンは感謝の念が耐えなかった。
「ユイリィさん、ゾゴック村のみなさん! 本当にありがとう!」
ノルンは感謝の気持ちでいっぱいになり、ただただ頭を下げ続けることしかできなかった。
「頭上げてください、ノルンさん。そんなことしてる暇だって惜しい状況なんですよね?」
ユイリィは優しい言葉をかけてきた。
「そうだが……すまない、ありがとう。いきなり押しかけた上に、無茶な願いをすぐに聞き入れてくれて。本当に!」
「気にしないでください。この村がこうして今もここにあって……なによりもリゼルが元気で居られるのは貴方のおかげなのですから。何かをいただいたのなら、お返しするのは当然のことですよ?」
「貴方は、もしや、俺のことを……?」
「なんとなく最初から分かっていましたよ。その節は村とリゼルが大変お世話になりました。だから遠慮なく頼ってください黒の勇者様!」
ユイリィは娘のリゼルによく似た笑みを浮かべる。
やはり勇者だった頃の自分の行いに間違いはなかった。使命をきちんと果たせていた。偉大なる亡き剣聖リディとの別れ際での誓いを守ることができていた。そのことがわかり、ノルンは深く安堵した。
「では、準備が出来次第ヨーツンヘイムへ。輸送は飛龍のボルとオッゴが請け負う!」
ノルンが声をあげると、ボルとオッゴは揃って伏せた。
途端、沸きに湧いていた村人たちが一斉に息を呑む。
「の、乗るって、これに……?」
さすがのユイリィも、ボルとオッゴの背中に装備されている輸送用の鉄籠を指差し苦笑い。
「そうだが?」
「あの、疑うわけじゃないんけど、本当にみんなを職人としてヨーツンヘイムまで連れてってくれるんですよね……?」
「――っ!!」
そう指摘され、ノルンでさえもこう思う。
(このままではまるで"奴隷輸送"のようだ。これはいかん! おのれグスタフめ!)
ノルンは急いでユイリィや村人たちへ向き直る。
「早急に準備をする! 少し待っていてくれ!! 申し訳ない!!」
⚫️⚫️⚫️
『オノミモノ?』
「あ、じゃあ、えっとジュースを……?」
『カシコマリ!』
おっかなびっくり、男がそう頼むと、周囲を漂っていた小さくて可愛い精霊――ウィルオーウィスプ――は、壺からオレンジ色の飲み物を器へ注いで、村人へ渡す。
そんな光景が、無骨な鉄籠からすっかり“豪華な客室”に様がわりしたそこで繰り広げられている。
鉄籠をアンチウィンドマントで覆って、防風問題は解決。
保温も可能な魔法のラグを冷たい鉄の床に上に敷いたので、空の上でも暖かい。
更に一人一人には座椅子を用意し、腰と背中への配慮も忘れずに。
極め付けが、召魂の指輪から多数召喚したウィルウォーウィスプの存在である。
『オショクジ! ミート? フッシュ?』
「肉、で?」
『カシコマリ!』
「悪いけど、なんか暇潰せるものある?」
『ニュースペーパー! マガジン! ジャンプ! ドレ!?』
「うおおお!! ト、トイレっ! 飲みすぎたー!!」
『コッチ! コッチ! ハヤクっ!!』
少しでも快適に過ごせればと、ノルンの放ったウィルオーウィスプ達は、ゾゴック村の人々のお世話を甲斐甲斐しく行っている。
こんなこともあろうかと、食料を雑嚢に詰め込んでおいて大正解だった。
(みな快適に過ごせていたようでよかった)
無骨な鉄籠から色々と手を尽くして、立派な客室に変えたノルンは安堵する。
しかし色々と貴重なアイテムを使ってしまった。この請求は後ほど、きっちりグスタフにしてやろうと、心に誓うノルンだった。
「皆、聞こえているだろうか? 飛龍を操っているノルンだ。現在我々はイグル州上空を飛行中。この後はスイートウォーター山脈を迂回し、目的地マルティン州ヨーツンヘイムへは今夜遅くに到着予定だ」
ノルンが指輪へ向けてそう言葉を放つと、客室でお世話をしていた精霊たちが彼の言葉を代弁する。
「もしも不便なこと、要望などがあったら、遠慮なく近くにいるウィルオーウィスプに申しつけてくれ。皆が快適に空の旅ができるよう全力を尽くす。飲み物、食べ物、ブランケット、暇つぶしに手洗いのことなどなんでも構わん。では以上だ。引き続き、快適な空の旅を楽しんでくれ」
きっとほとんどというか、全員が空の旅などしたことがなく不安だろう。
今、指輪を使って、語りかけたことはノルンなりの、村人達への配慮だった。
「ガァー! ガァー!! ガァーっ!!」
「どうした?」
突然、オッゴはしきりに吠えだす。いつもの調子と違い、どこか切迫したものが感じられる。
「何かいるのか?」
「ガガーッ!」
雑嚢から、魔力によってかなり遠くまで見通せる短眼鏡を取り出し覗き込む。
そして僅かに眉を顰めた。
(ギガデーモンバットの群……いや、あれは編隊? まさか魔王軍の航空部隊か!?)
黒々とした魔物:ギガデーモンバットの軍団は空中を旋回し、こちらへ向かってきている。
*早くまた空を自由に飛び回って旅ができる日々になりませんかねぇ……
と、ここ数年でようやく一人で飛行機に乗れるようになった奴がなにを言うか(笑)
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