第15話お酒を一緒に飲みましょう!


「そいじゃま、乾杯を……と、その前にだ。ノルン! 今更だけど、来たばっかの時は色々と悪かったな……」


 ガルスは心底申し訳なさそうにそう言った。

 それだけで彼の本心が十分に伝わったノルンだった。


「なにぶん、前の管理人がロクに山へ来ないくせに、威張り散らしてばっかでよ! いつもは温厚な俺でも、流石に頭に来て、奴とは何度も殴り合いをしてよ! そしたらあんの糞野郎……!」

「前ふりなげーぞ、ガルスぅ! つかおめぇーはいつも怒って、喧嘩ばっかじゃねぇかー!」

「うっせ、ばーろ!」


 仕事仲間が野次を飛ばして、一同大爆笑。

 ガルスも本気で怒っているのは無いらしく、咳払いをして、区切りをつけた。


「ともあれ、今回の管理人のノルンはいい奴だ! 色々助かったし、これからは仲良くやって行けると思う!」

「ああ、俺もそう思う。末永くよろしく頼む!」

「そいじゃ、新しい山林管理人のノルンの着任とヨーツンヘイムの明るい前途祝ってかんぱーい!」


 ノルンは皆に混じって、杯を掲げて、揃って乾杯を叫ぶ。

 そしてガルスや皆に勧められるまま注がれた、褐色の強い匂いを発する酒を流し込んだ。


 豊な甘さと、多様な緑の匂い、そして舌が熱くなるほどの強いアルコール。

 封じられていた味覚と嗅覚が復活していることに、ノルンは改めて安堵する。


「どうよ、ノルン。ハンターマスターの味は?」

「この酒のことか? なかなかに美味い。好みだ。特にこの多様な薬草の香りは非常に良い」

「おお、そうかそうか、分かってくれるか! いやな、俺らは好きなんだけど、客に出すと結構渋い顔されるわけよ」

「そうなのか?」

「そうよ! やっぱ変わった奴だな、おめぇ」

「そうか……」


 今日3回目に言われた"変わった人"という言葉に首を傾げながら、杯のハンターマスターを飲み干す。

 名前の通り、狩の時の滋養強壮薬としては非常に有効な酒精だと思った。


「これにぴったりあう肴を今ケイが仕込んでるからよ、楽しみにしててくれ」

「承知した。楽しみだ」


 すでにほろ酔い気分のノルンとガルスは互いに杯を打ち付けて、グイッと酒精を飲み込んでゆく。

 ノルンもガルスもお互いの飲みっぷりに感心し、器が空になったら交互の継ぎ足してゆく。


「調子に乗って飲みすぎるなよ、ガルス」

「ああ〜!!」


 背後からハンターマスターの瓶を取り上げられ、ガルスは珍しく情けない声をあげた。

 振り返ると、2人の後ろには眼鏡姿で細面の男がいた。


「お初にお目にかかります、管理人さん。村で診療所を営んでおります、【ハンマ】と申します。往診で州の端まで行ってましたので、ご挨拶が遅れました。申し訳ございません」

「構わん。丁寧にありがとう。ノルンだ。よろしく、ハンマ先生。挨拶がわりに駆けつけ一杯、どうだ?」


 すっかりリラックスしているノルンは杯をハンマへ差し出した。


「飲め飲め、ハンマ! 今日は楽しい宴会なんだぜ!」


 ガルスがそう叫ぶとハンマは「はいはい」と親しみを感じさせる苦笑いを浮かべて杯を受け取った。


「ハンマとはガキンチョの頃からの付き合いでよ!」

「まっ、腐れ縁というやつです」

「関係は把握した。いつまでも仲が良いのはいいことだ。では……!」


 男三人はハンターマスターを互いに注ぎ合い、杯を打ち鳴らす。


 勇者の頃は戦うことだけに専念できる身体となったことに不満を抱いたことはなかった。

しかし改めて、物を食べ、酒を飲むといった、人しての楽しみは尊いものであり、やはり必要なものだったのだと改めて思い知る。


「みなさーん、お待たせしましたぁ!」

 

 男たちの暑苦しい宴の中へ、リゼルの愛らしく元気な声が響けば、皆の視線はそこへ否応なしに集まるというもの。

 

 リゼルは宴席の真ん中へ、ドーン! と川魚の塩釜焼きを置いた。

更に綺麗に盛ったチーズや、細かく切り分けたパン、茹で卵を混ぜたサラダボウルなどを、ドンドン置いて行く。


「お、おい、リゼル、これは……?」

「我慢できなくて作っちゃいました。おもてなし大事なんで!やっぱりスーイエイブ人の血が騒いじゃって! あ、今、箸休めのチーズケーキ焼いてるんで皆さんお楽しみに!」


 リゼルはハキハキそう叫んで、足早に山小屋へ戻って行く。


(物凄い量だ……食糧庫の備蓄は大丈夫か……?)


 しかしガルスをはじめ、皆は旨そうにリゼルの用意した肴をつまみ出す。

流石にこの雰囲気で、空気をぶち壊しにすることは言わなようにしようと思った。


「グゥー!」


 そんな中、宴席の楽しげな空気と食べ物の美味しい匂いに釣られて、ゴッ君がノルンの膝に登ってくる。


「なんだ、ゴッ君、そんなに欲しいのか?」

「グゥ!」

「そうか、ふふ……可愛い奴め。魚がいいか?」

「ほう、ギャングベアの幼体ですか。随分懐いているようですね。飼っているのですか?」


 ハンマ先生はゴッ君へ燻したナッツを差し出す。

 ゴッ君は指を噛まないように、しかし迷わずにナッツだけへパクンと齧り付く。

そしてそそくさとノルンの膝の上から降りると、背中をハンマ先生の膝へ擦り付けはじめた。


「なんだと……あのゴッ君をこうも簡単に!?」


どうやらハンマ先生は一瞬でゴッ君に好かれたらしい。


 ノルンが何日もかけ、慎重に策を練り、ようやく好かれていたにもかかわらず……。


(やはり俺の顔が怖いからか……? たしかにハンマ先生はとても穏やかな顔をしていて、動物や子供に懐かれそうだが……)


 ゴッ君のために、明日から笑顔の練習でもしてみようとノルンは強い誓いを打ち立てる。


「可愛いですね」

「ああ、可愛い。最高だ。リゼル……先程大量の料理を持ってきた同居人なのだが、彼女が飼いはじめてな。着任当初、駆除したギャングベアの子供らしい」

「そうでしたか。この子でしたら共存できそうですね」

「ああ。ずっと一緒にいられるように頑張る! 全力でっ!」


 もはやゴッ君へメロメロなノルンだった。

 そんな中、ガルスが突然立ち上がった。表情が凍りついているのは何故だろうか?


「どうかしたか?」

「グゥ?」

「ああ、いや、ちょっと野暮用を……」

「みんな待たせたねぇ!」


 快活な声と共に現れたのはガルスの奥さんのケイ。

彼女は大きな鍋を宴席の真ん中へドカンと置く。そして背嚢から、水分を飛ばしてえ、葉で包んだ乾燥肉を取り出した。


「さぁさぁ、宴会となりゃ始めるよ! ヨーツンヘイム名物ギャングベア鍋……あっ……」


 ケイもノルンの側にいる、ゴッ君の存在に気が付いたらしい。


「安心しろ。君たちがゴッ君を食べようとしているなど考えても居ない。しかし、なんだ、その、熊肉はもしや……」

「まぁ、なんだ、その……正解。せっかくの機会だし、ノルンに名物食ってもらいたかったし……しかしまさか、あのギャングベアの子供を飼ってるだなんて思わなくて……」


 ガルスも、ハンマ先生も、ノルンも誰もが、ゴッ君へ視線を注いだ。

なんとも言えない空気が宴席をシンと静まらせる。


「わぁ! ケイさんの肉鍋ですか! なんのお肉を使うんですか!?」


 と、そこへチーズケーキを持った明るいリゼルの声が響き渡った。


「いや、やっぱ止めにするわ! お、お肉、痛んでたみたいだし! ただの野菜汁になっちゃってごめんね! リゼちゃん、みなさんまたねー!」


 そうケイは叫んでそそくさとその場を後にする。


「さ、さぁ、みんなリゼルがケーキを焼いてくれた! 食べようじゃないか!」


 ノルンはそう叫び、宴席に発破をかけると、微妙だった空気が霧散し、一同は不自然に笑い出す。

 

「リゼル、君も座ってくれ! これはハンターマスターという酒だ! 美味いぞ!」

「ありがとうございますノルン様。では、私も頂かせて貰いますね!」


 全員、再び酒を注ぎあって準備完了。

 明るい宴会は夜が更けても尚、続いて行くのだった。



⚫️⚫️⚫️



「う、くっ……」

「あ、起きました? おはようございます。よく眠っていましたね、ノルン様」


 目を開けると、リゼルがノルンの顔を覗き込んでいた。

どうやら、ここは山小屋の中で、更にリゼルの膝を枕代わりにしているらしい。

 身近にかんじるリゼルの優しい匂いと柔らかい太ももの感触に、胸に高鳴りに覚えるノルンだった。


「おはよう、リゼ……くっ!」


 ノルンが起きあがろうとした途端、ズキンと頭が痛んだ。

 意図せず眉間に皺がよる。

 



*ハンターマスター → ドイツにイェーガーマイスターというお酒があります。

それを元にしたと言いますか、ただ呼び方を変えただけと言いますか。

数種類のハーブをお酒に漬け込んだ、ハンター御用達のお酒だとか。

機会があれば是非お試しください。好きな人はきっと好きですよ!

似たようなお酒がヨーロッパには沢山あるんですよね。ベネディクティンとか。

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