勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら(かつて助けた村娘と共に)、最初は地元民となんやかんやとあったけど……今は、勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?
第14話少し豊かになったヨーツンヘイム。大慌てするリゼル。
第14話少し豊かになったヨーツンヘイム。大慌てするリゼル。
「こちらが今月分の税の明細です」
ノルンは村長から受け取った羊皮紙へ視線を落とす。
一目見ただけで、税の総額に問題はなく、誰も遅延をしていないと分かった。
「把握した。問題ない」
「ご確認ありがとうございます」
「それにしても随分と賑やかになったな」
ノルンは踵を返して、丘の上にある村長の家から村を見渡した。
着任当初は閑散としていた大通りにはある程度の人通りが見られた。
これまで見たこともなかった、行商人の馬車なども往来を始めている。
「皆、少しばかり豊かになって出歩きたくなったようですね。イスルゥ塗が目的の行商人も多く、村の皆も彼らが持ってくる品物に興味があるようです」
イスルゥ塗りは、ノルンの想定以上に売れていた。
そしてノルンの目論見通り、ヨーツンヘイムの産業の一角を担うまでに成長していた。
イスルゥ塗りは王侯貴族など、裕福層から注目を集め、人気を博しているらしい。特にネルアガマの第二皇子ユニコン=ネルアガマがイスルゥ塗りをとても気に入っているようだった。先日マルティン州知事とヨーツンヘイムへ感謝状を贈るほどである。
その噂は瞬く間にエウゴ大陸全土に広がり、更なる人気に拍車をかけていた。
「管理人さん、あなたは良いんですか? せめて贈呈式だけでもご出席された方が良かったのでは?」
感謝状の贈呈式にはユニコン自らが出席していた。
そのためノルンは出席を見送り、ゲマルク村長や村の人に任せていた。
ユニコンに会ってしまうと、ノルンの正体が元勇者であるとバレてしまう可能性があるからだった。
ようやく手に入れた穏やかな生活が脅かされかねないと思ったからだった。それに、ノルン自身、ユンニコンの顔をもう二度と直接みたくないという理由もあった。
「……俺は発案しただけで、行動に移し、結果を生み出したのはここに住む皆の功績だ。皆がヨーツンヘイムの山々を守り、そして苦しまずに納税してくれればそれで良い。これが俺の仕事だ。これからもこの考えを変えるつもりはない」
「変わったお人ですな」
「そうか?」
「失礼ながら、そうかと」
「そうか……」
黒の勇者時代にも、たびたび彼を“変人”と指す人がいた。出会ったばかりの三姫士や、ロトさえにも"変人"と言われたことがあった。
しかし自分は至って普通に、思ったことを行動に移しているだけである。
どこか、どう変なのか、全くわからない。
(帰ったらリゼルに俺が変人かどうか聞いてみよう)
ノルンはそんなことを考えながら、ゲマルク村長へ会釈をして、帰路へついた。
往来へ出れば、村の活気を肌で感じ取る。
そしてその中心たる巨大で立派な建物を、ノルンは見上げた。
【ヨーツンヘイム イスルゥ塗り工房】
最近、出来たばかりのイスルゥ塗りを生産する石膏と木材で作られたイスルゥ塗りの生産拠点である。
「ふふ、立派な工房だ、良いぞ、これは、くくっ……!」
小さい頃から大きな建物が大好きなノルンは、笑わずにはいられなかった。
「な、なに、不気味な笑み浮かべてんだい、ノルンさん?」
踵を返すと、今ではこの工房の職人の1人となった製材所のガルスの嫁――ケイが顔を引き攣らせていた。
「おはよう、ケイ。いやなに、立派で、大きくて、カッコいい工房だと思ってな、ふふ」
「まっ、うちの旦那ご自慢の工房だからねぇ」
「ほう? ガルスは建築もできるのか?」
「というか、実はそっちが本職さ。最近は新規入村者も少ないし、久々の本職でアイツも気合入ってたさね」
山小屋は多少修理は施したが、色々と忙しく、未だオンボロのままだった。
近いうちにガルスへ相談を持ちかけても良いかもしれないとノルンは考える。
「そうだ、ノルンさん! 久々に研修生へ指導お願いできるかい? 最近、ちょーっとばっかし気の緩みがあってさ。お礼は相変わらず野菜とオオナガ人参になっちゃうけど」
「ケイのオオナガ人参と野菜なら大歓迎だ! ……しかし、少し待ってはくれないか?」
「何か用事でもあるのかい?」
「塩と、ゴッ君のおやつを買って帰らねば、リゼルに叱られるのでな!」
「ああ、そう。分かったわ。ふふ……」
「では後ほど! 塩とゴッ君のおやつを購入し次第、工房へ顔を出す! よろしく頼む!」
そう言い置いて、ノルンは走り出す。
「すっかりリゼちゃんは、ノルンさんの奥さん役だねぇ。ノルンさんもなんだかんだでリゼちゃんのこと好きっぽいし……さくっと子供でも作っちゃえばいいのにさぁ……」
ケイはそう微笑ましそうに呟いて、工房へ入ってゆくのだった。
「貴様ぁ!」
「す、すみません!」
「気をつけろ。手は大事――おい、貴様! そこはもっと!」
「はいぃっ!」
後にイスルゥ塗り工房で、ノルンからの鬼指導が入り、研修生たちはビビりながらも、スキルを向上させたのはいうまでもない。
⚫️⚫️⚫️
「えーっ!? こ、今夜ですかっ!?」
「そうだが?」
「そういうことはちゃんと事前に相談してくださいよぉ!」
今夜ガルスたちが遊びに来ると伝えると、リゼルは慌てて椅子から立ち上がった。
「いや、リゼル……ここは君の村では無く、ヨーツンヘイム……」
「どうしよ、どうしよ! お酒あったかなぁ!? 食べ物良いもの残ってるかなぁ!?」
リゼルはガタゴトと台所を探り出す。
そういえば、スーイエイブ州人は、人を招いき入れる時、ホストが食事や酒を全て準備する風習だったと思い出す。
「リゼル、少し落ち着け。問題ない」
「問題大有りで、落ち着いてなんていられませんよー! あっ、チーズ残ってた! お芋も! あとは、えっとぉ……!」
「来たぜぇ、ノルン!」
外からがガルスの声が聞こえ、リゼルは「ひやぁ!」と悲鳴を上げた。
ノルンはリゼルの慌てっぷりに怯えているゴッ君を胸に抱き、玄関へ向かって行く。
「来たな。早い到着だったな」
「おうよ! 久々の宴会だからよ、さくっと仕事終わらせてきたわ!」
「こ、こんばわガルスさん、皆さん! ようこそおいでくださいました! まだ何も準備できてなくてすみません! すみません! すぐにおもてなしの用意しますのでっ!」
1人慌てふためいているリゼルを見て、ガルスや彼の仲間たちは盛大に笑い飛ばす。
「そういや、 リゼちゃんは義理堅いスーイエイブ人だったなぁ!」
「へ……?」
「気にすんな。ここはゾゴック村じゃなくて、ヨーツンヘイムなんだ。飲むんだったらマルティン人式なんだぜ!」
ガルスは大声で言い放ち、大魚のまるごと燻製と酒壺を掲げてみせる。
彼の仲間たちも同じように、持参した酒と食べ物を掲げてみせる。
「1人肴を1品、酒も1本。平民も、貴族も、領主も同様にみんな持ち寄って。これがマルティン州の宴席のルールだ」
きっちり自分も、用意したワインとチーズを掲げるノルンだった。
*近況ノートにちょっとした御礼を書きました。良かったらご覧ください。
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