第16話無茶なオーダー。ノルンの決断!



「私の膝のことならご安心ください。まだ寝てて大丈夫ですよ」

「しかし……」

「いつもよりお顔怖いです。ゴッ君に嫌われても良いなら止めませんけど?」

「う、むぅ……」


 もはやノルンにとってゴッ君は弱点である。

せっかく仲良くなれたのだから、絶対に嫌われたくない。


 ノルンは大人しくリゼルの膝の上へ頭を預けることにした。

すごく気恥ずかしいが、二日酔いで気持ちが悪いので仕方がない。


「君がここまで運んでくれたのか?」


 ガルスたちとの宴会は外でやっていたはず。しかし今、ノルンは山小屋の中に居て、更にソファーに座ったリゼルの膝の上である。

これは一体どういった状況からの、結果なのか。


「まさか! ノルン様、ご自分でガルスさんたちを小屋の中へお招きしたんですよ? 覚えてません?」

「……すまん、全く」

「そうでしたか。確かに相当酔っ払っていらしゃいましたしね。急に黙ったかと思ったら、いきなり私の膝の上に倒れてきたんですよ?」

「そ、そうか……すまん、迷惑かけて……」


 醜態を晒したことよりも、いきなりリゼルへ倒れ込んだ自分に恥ずかしさを覚えた。しかしどうしても、すぐに起き上がる気にはなれない。 



「気にしないでください。何度も言ってますけど、私がこうして生きているのはノルン様のおかげなんです。これぐらいお安い御用ですよ」


 リゼルは穏やかな声音でそういうと、優しい手付きでノルンの頭を撫で始めた。

 物凄く恥ずかしかった。しかし気持ちいいのもまた事実。

 こうされていると指導は厳しかったが、それ以上に優しかった【剣聖リディ】を思い出してしまう。

胸の奥がじんわりと暖かい熱を宿して行く。


「昨夜は楽しかったですか?」

「ああ、とても……酒の酔いも、あんなに楽しい時間は本当に久々だったな」


「そうですか。それは良かったです……ずっと、ずっと、辛くて、大変だったんですね。ノルン様はみんなが感じてる当たり前の楽しみを捨ててまで、勇者として戦ってくれてたんですよね……」

「……」


「あなたが勇者で無くなったのは今でも悲しいです。でも、最近はこれで良かったのかもしれないって思うんです。これまであなたはたくさん頑張りました。だから、これからはここで心穏やかに暮らして行くのも良いんじゃないかって」

「……そうかもな」


 命をかける必要もない。理不尽な罵声を浴びる必要もない。大陸はユニコンや、かつての仲間たちがなんとかしてくれるはず。

ただの人となり、バンシィからノルンへ生まれ変わった彼に世界の命運は重すぎる。

それでも新しい守りたいものや人たちに出会えた。


 新しくできたヨーツンヘイムでの仲間たち、ゴッ君、そしてリゼル……彼女らと共に、何もないけれども穏やかなヨーツンヘイムで、人としての楽しみをこれから謳歌して行きたい。

どんな地位や名誉よりも、どんな金銀財宝よりも、今のノルンにとっては大事な宝物。絶対に失いたくはないもの。かつてのように“失ってはいけない”もの……。


「グゥ!」


 突然、ゴッ君がノルンの腹の上へ乗ってきた。

 トテトテとノルン腹の上を歩き、彼の頭とリゼルの膝の間へぐりぐり鼻先を突っ込んでくる。


「ググゥ! ググゥー!!」

「あーなるほど。ふふ……」

「少し唸っているようだが……」

「ゴッ君も私の膝気に入ってくれてみたいなんです。きっとノルン様へ"僕の席を返せぇ!"って言ってるんでしょうね」


 ノルンは頭をわずかに引いて、リゼルの膝の間に隙間を作る。

 ゴッ君はそこでするりと身体を滑り込ませた。

 首に感じるモフモフの毛の感触が心地よい。



「独占して悪かった。これで良いだろう、ゴッ君?」

「グゥ!」

「甘えん坊さんなんですね。ふふ……」


 今の言葉はゴッ君へなのか、自分へかけられたのかはわからない。

 そんなリゼルの優しい言葉さえ、育ての親でもあり、そして初恋の相手だった剣聖を思い出させる。


(リディ様、貴方との世界を救うという約束は反故してしまいました。申し訳ありません……だけど、今の俺でも守れるものはあると分かりました。これからも頑張ります……貴方を救えなかった分を、ここで、これから……だからどうか天上界から俺やヨーツンヘイムの皆を見守っていてください……)


「ノルン!……良い雰囲気のところ悪いけど、俺と一緒に工房へ来てくれ!! 頼む!」


 いきなり飛び込んできた親友のグスタフの叫びが山小屋に響き渡るのだった。

 グスタフの切迫した声を聴き、ノルンは飛び起きた。


⚫️⚫️⚫️



「来週までにイスルゥ塗りの盃を10,000個納品だと? どうしてこんな無茶なオーダーを引き受けたんだ?」


 イスルゥ塗り工房を訪れたノルンは、机の上へ受注書を叩きつけた。


「すまない、みんな! 俺が渉外担当とちゃんとやりとりできてりゃ、こんな……」


 グスタフはカフカス商会の代表として日々大陸を東奔西走している。彼が多忙なのは理解できる。しかし、この状況は容易に納得できるものでは無い。


「渉外担当を信用しきって押印まで任せた俺が悪い! これは俺の不始末だ! 謝って済むことじゃないないのは分かっている! だけど謝らせてくれ! 本当に、本当にすまない!!」


 グスタフは地面に頭をつけ、必死な様子で謝罪をしている。

無名だったヨーツンヘイム産のイスルゥ塗りをがここまで成長できたのはカフカス商会と、必死に営業をしてくれたグスタフのおかげである。そのことは誰もが良く理解している。


 だが、一週間でイスルゥ塗の盃を10,000個納品するなど、無茶なオーダーである。できたとしても、品質の劣化は避けられない。本当は契約を取り消しにしたいのだが……


(発注者は……ユニコン=ネルアガマ……また奴か……)


 どうやらこの受注はユニコンの“初陣における戦勝祝賀会”で使われるものらしい。

 

 もしも今さら契約を無効にしてしまえば、あのユニコンのことだから何をしでかすか分かったものでは無い。


 国との契約なので反故にしてしまえば国家反逆罪に問われてもおかしくはない。例えそんな裁きがなかったとしても、せっかく高めたヨーツンヘイム産イスルゥ塗りの信用が地に落ちるのは火を見るよりも明らかである。


 しかしここで色々考えても状況が改善することはない。


「今朝、ケイさんや何人かの職人たちに商会の工房に飛んでもらって、急ピッチで生産指導をしてもらってる。10,000個分のイスルゥ塗の原料も、今日の午後には手配が終わる!」

「……ギラ。君の予想では一日で何個製造できると考える?」


 ノルンはヨーツンヘイムイスルゥ塗り工房の【工場長の男ギラ】へ問いかけた。


「カフカスでの生産指導がどれほどになるか次第ですけど、この工房だけなら1日800個が限界です。原料が無い以上、明日から作業を開始して、6日間で4,800個です。スプーンならまだしも、今回は盃ですし、これ以上は難しいと思います……」


 急場凌ぎの職人育成でどれほどの数が作れるかは未知数だった。育成期間を多めに見積もり、明後日の残り5日から作成開始し、日割りの生産個数を工房の半分の数である400個程度と設定してみる。そうなると5日間で約2,000個、生産することになる。


そうなるとヨーツンヘイム工房の生産数4,800個と追加の2,000個を足しても約3200個生産数も足りない。


(400個は仮定の生産個数だ。その結果を受けて……いや、それでは判断が遅すぎる!)


 ノルンは必死に思案を巡らせるが、どのパターンをとっても、結果はあまり良くはならない。


(ならば更にヨーツンヘイムで職人育成をし、作業員を確保するか? ジェイや子供たちの協力も……いや、ダメだ。子供は勉強が本分だ。こんなことに巻き込むわけには行かない。それに指導員に人を取られて、生産数が減少するのは目に見えている。ならばどうすれば……)


 きっと工員一同もノルンと同じことを考えているのか、暗い顔をしたままだった。


「あの……でしたらゾゴック村のみんなに生産のお手伝いをお願いしたらどうですか!?」


 工房まで同行してくれていたリゼルが声を上げた。

 するとノルンの表情が明るんだ。


「そうか、その手があったか!」

「イスルゥ塗りは元々ゾゴックの工芸品ですから! たぶん、足りない分の生産はできると思います!」

「ちょ、ちょっと待て! ゾゴックってヨーツンヘイムとは大陸の端と端だろ!? 馬竜ロードランナーを使ったって、一ヶ月以上は……」


 グスタフの言うことは最もだと、工房の工員たちは視線で答える。

 しかしノルンは揺らぐことなく、皆を見た。


「オッゴとボルを使う! 飛龍の最高速度なら、明日には連れて来られるはずだ!」

「ほ、本気ですか!? でも最高速度の飛竜を扱える人間なんて……」


 工場長のギラを含めて、工員たちはアイディアとしても良いと思っているのだろう。一般常識でいえば、飛竜に乗れるのは正規兵の中でも精鋭の“竜騎兵ドラゴンライダー”か、命知らずの冒険者位である。不安を覚えるのは当然である。


 しかしそんな不安を払しょくするかのように、ノルンは自信ありげに自分を指し示した。


「俺は元勇……こほん! ゆ、勇気があって凄く鍛えていた冒険者だ! 飛竜への騎乗は経験済みで、最高速度を出せたこともある! だから安心して任せて欲しい!」


 ノルンは語気を強めて、そう叫ぶ。

 緩やかな勇者としての覇気は、工房へ行き渡って行く。

するとずっと暗い顔をしていた工員たちは頬を緩めた。

どうやら力が弱まっていても、勇者の覇気は健在だったらしい。


「至急ゾゴック村へ向かう! これから必要なことを伝える! すまないが急いで準備をしてくれ!」


 ノルンの頼もしい声が響き渡った。

 工員たちへみるみるやる気が満ちて来る。


「よし! 戦闘開始だっ! 各員速やかに持ち場へ!」

「「「「オー――ッ!!!」」」


 ノルンに勇気づけられた工員たちは頼もしい声を響かせる。


 こうしてヨーツンヘイム産イスルゥ塗りの存亡をかけた戦いが始まったのである!




*穏やかパートを挟みつつ、本作はこんな感じで進んで行きます。

にしてもこの展開、日曜21時からのTBS系ドラマみたいな展開ですよね。

ラグビーやったり、倍返ししたりする、サラリーマン応援ドラマ的な(笑)

正直、嫌いじゃないです(笑)

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