第11話ワガママな皇子様。目論見は既に水泡に帰す。(*ユニコン視点)



――殺せ、滅ぼせ、奪い返せ! この地を、我らの元へ!――


 人の耳では理解できない言語で、スローガンが謳われる。

このスローガンがあるからこそ、様々な種族が混在する“魔物”達の統制が取れていた。

 多様な魔物達は、海中から、あるいは接岸された船舶から次々と、敵の住む【エウゴ大陸】へ上陸してゆく。 


 海岸には待ち受けている軍勢はなし。

これは上陸作戦が気取らなかったのかと、多くの魔物が不安を抱く。

 しかし上陸をしたならば、侵攻を止めるわけにはゆかない。

 魔物達は周囲を警戒しつつ、砂浜を進んでゆく。


 その時、一匹のゴブリンの頭上で何かが瞬いた。

ゴブリンが首を上げると、曇天を写した眼球へ矢が鋭く突き刺さる。

矢は眼底を貫き、脳を破壊し、ゴブリンを絶命させた。

 仲間の突然の死に、魔物達へ動揺が広がってゆく。

そんな邪悪なる者どもへ、矢の豪雨が襲いかかる。

 坂の向こうから次々と矢が打ち込まれ、魔物たちはどんどん数を減らしてゆく。


――我らは四天王水のリクディアス様より命を賜った先遣隊! 挫けてなるものか!


 たとえ種族が違えど、意思は共通。我らは魔族。

 共通認識の下、矢の雨を掻い潜り、魔族たちは唸りを上げながら人の弓兵を殺すために坂を駆け上がる。


 その中で多数の魔族が目にする。

 坂の上へたたった1人で佇み、僅かに嫌な輝きを放つ剣を携えた白の鎧を身にまとう人の姿を。


 愚か者。馬鹿者。命知らず! 仲間を多数やられた魔族たちは、坂の上に立つたった1人の男へ怒りをぶつけるべく走り続ける。


 すると、坂の上に立つ白い鎧の男は、ニヤリと口元を歪めた。


「さぁ、時が来た! 聖剣よ、余に力を! 聖なる導きをぉ!!」


 男の声が天高く突き立てられた聖剣が輝きを宿した。

 丘の上から降り注ぐ、神々しい輝きに魔族達は一斉に怯んでみせる。


「滅せよ邪悪な蛮族! 大陸は余――白の勇者ユニコン=ネルアガマが守ってみせるっ!!」


男の剣が輝きながら凪がれ、魔族たちの視野が一瞬で暗黒に閉ざされ、そして消えた。


 聖剣タイムセイバ――時間や空間さえも引き裂き、貧弱な魔力壁しかない生き物は、存在さえもこの世から消されてしまう。


「行け! 勇敢なるネルアガマの戦士たちよ! これ以上、祖国の大地を化け物どもに踏ませるなぁ!」


 タイムセイバーを指揮棒代わりに、新たに白の勇者となったユニコン=ネルアガマ第二皇子が号令を発した。

後方に控えていた数多の戦士たちが、満身創痍の魔族軍へ突撃して行く。


 上陸された魔族達の阿鼻叫喚が鳴り止むのに、さほど時間は要しなかった。



⚫️⚫️⚫️



「初陣お疲れ様でした、殿下」

「ふん、こんなの疲れているうちには入らん」


 白の勇者であり、ネルアガマの第二皇子ユニコンは将軍の世辞に辟易しつつ、目下に貼られた軍のキャンプを見やる。

 戦いに勝利した戦士たちは安堵の中、暖かい焚き火の炎を囲みながら勝利の美酒に酔っている。


「よく薪がすぐに手配できたな、将軍」

「はっ! この薪は全て、ネルアガマ原産のものでございます」

「なんと! それは誠か!? 我が国の燃料用林は先のファメタス侵攻の際に失ったと聞いているが?」


「おっしゃる通りです。しかしながら、ここ最近カフカス商会がヨーツンヘイムより薪の供給を始めました。これよにより、不安視されていた我が国内での薪不足は発生いたしません」

「ほう、ヨーツンヘイム。何もないど田舎だと思っていたが、なかなか優秀な土地ではないか!」


 ユニコンはキャンプの脇へ堆く積まれた矢筒を見下ろし、頬を緩ませる。


 この矢の材料もまたカフカス商会によって、ヨーツンヘイムから供給されたものだった。

 おかげで勇気づけられた国内の材木業社は、輸入品に負けてなるものか、と情熱的に商売をしているらしい。


(ヨーツンヘイムのようなところがあるのなら、我が国もまだまだ捨てたものではない! やはり余の軍勢の資材は全て国内産に限るな!)


 次代の王は、民の励みに感激しつつ、最近供物として献上された【真っ赤で美しい盃】に水を注いで飲み干す。

 見た瞬間から、その美しさに惚れ惚れしたこの器もヨーツンヘイム原産。

【イスルゥ塗り】というものである。


「将軍よ、いつ見てもこの器美しいと思わないか」

「私もそう思います殿下。こちらも国内では大変な人気だそうで、争奪戦が繰り広げられているとか」

「ふふ……戦時下ながら、イスルゥ塗りを巡って争うか……なんと、可愛い民ではないか! はははっ!」

「はっ、おっしゃる通りで」

「将軍よ、マルティン州の知事、ヨーツンヘイムの代表、そしてカフカス商会へは、より励めと余の刻印の入った感謝状と褒美を贈呈せよ!」」

「はっ、直ちに」


 そんな上機嫌なユニコンの背後へ、伝令の兵が現れた。


「殿下、ご報告いたします」

「うむ、聞こう! 今の余は大変機嫌が良いからな!」

「バルカポッド、アッシマ、ウェイブライダの三国より殿下の初陣に際し祝いの補給物資が到着しております」

「……なに? 今更、補給物資だと?」


 それまで上機嫌だったユニコンは、あくまで伝令でしかない兵を、まるで当人のように睨みつけた。

このユニコンという男はややせっかちなきらいのある男である。


「は、はは! お、恐れながら!」

「まぁ、良い」


 ユニコンは伝令から奪い取るように目録書を手に取る。

そして更に不愉快そうに眉を顰め、目録書を地面へ投げ捨てた。


「いらぬ! 今すぐつき返せっ! 余へ献上するならば、もっと上等なものをよこせとの言葉を添えてな!」

「は、ははっ! 仰せのままに!」


 伝令は脱兎のごとく駆け出した。

 いつもユニコンのワガママに付き合わされている将軍は辟易しつつ、投げ捨てられた目録書を拾い上げた。


「殿下、薪と矢でしたら頂戴してもよろしかったのでは?」

「妖精と竜人風情の粗悪な薪と矢などいらぬ! 何故ならば、ネルアガマには高品質なヨーツンヘイムの薪と矢があるからだ!」

「……鉄器は……?」

「ふふ、余には我が愛する民が丹精込めて作ったイスルゥ塗りの器がある。手垢まみれの鉱人が作った鉄器など、敢えて使ってやる必要はなかろうて」



何故、ユニコンがここまで突き放す態度をとっているのか。

元々蛮族として見下しているのもあるが、最も大きな原因は……


(ろくに自分の娘を御せないくせに、こちらの顔色ばかり! 話が違うではないか!!)


 三国の蛮族でありながら、長所ばかりを受け継いだ絶世の美女達。各国の姫君で、ネルアガマの勇者を支えるメンバ――妖精のジェスタ、鉱人のアンクシャ、竜人のデルタ・運命の三姫士だけはユニコンの心を掴んで離さない。





『悪いが私は一時、本国へ帰らせてもらう。黒の勇者殿の退任に関して確かめたいことがあるのでな!』


【妖精剣士ジェスタ】にはそう宣言され、


『ばっきゃろ! いきなりてめぇの下に付けだなんて聞けるか! 僕はバンシィと一緒に戦いたいだけなんだ! アッカンベー!』


【鉱人術士アンクシャ】には悪態をつかれてしまった。


『我を使役できるのはバンシィのみ。お前ではない! 失せる! ガァァァァ!!』


 通話魔石越しでも竜人闘士デルタの激しい怒りを感じて、背筋を凍らせたのは記憶に新しい。





 このように、肝心な<運命の三姫士さんきし>たちは、ユニコンが新たな勇者に就任するや否や皆、一時祖国へ帰ってしまっていた。

 ユニコンは何度も三国の代表へ、三姫士の集結を叫んでいるが、なしのつぶてである。



(今にみていろ蛮族の姫どもよ。いずれは余の魅力で圧倒してやろうぞ! そして余はネルアガマを更なる高みへ押し上げるのだ!)


 不満は心の奥で燃え盛る野心の炎で焼き尽くされ、気分は魔族を蹂躙した直後のように爽やかになった。


「将軍よ、今宵は余の初陣と戦勝を祝して宴とする! ネルアガマの勇敢なる戦士達へ存分に美味いものを、美味い酒を! 望むものへは美男美女を!」

「い、今からですか?」

「そうだ! 今すぐにだ! 余がせよと言ったのだ! 速やかに動かぬか!」

「……仰せのままに……」


 言い出したら、聞かない。これもまたユニコンという、人物の一端である。


 かくして将軍は、いつものことだと呆れながらも、宴の準備に奔走を始める。


「殿下、参上が遅れて申し訳ございません。【盾の戦士ロト】、ただいま参上いたしました」


 再びユニコンの背中に声が響く。

まだ少しあどけなさの残る少女の声だった。


「なんだ、やはり来たのはお前だけか」


 ユニコンは小柄ながら、身の丈よりも遥に巨大な盾を携えた少女――ロトを興味なさげに見下ろす。




*次回が本格的なざまぁ箇所です。

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