第12話絶望するユニコンーー聖剣所持者の神の加護(*ユニコン視点)


「今宵は余の初陣! これは共に戦ってくれた皆への礼だ。存分に楽しむが良い!」


 ユニコンの音頭で、急遽開催されることとなった宴席が始まった。

 どかっと座り込んだ彼の横には、姿勢を正して座り込む、女が1人。


 【盾の戦士ロト】――まだあどけなさが残る小柄な少女だが、物理攻撃はもとより精神攻撃さえ跳ね除ける、身の丈よりも巨大な"シフトシールド"を得物とする勇者一行のメンバー。更に、黒の勇者バンシィと共に、偉大なる剣聖に育てられた孤児の一人でもある。


 尤も、彼女は聖剣タイムセイバーに勇者として選ばれず、得物の特性から専ら"勇者の身代わり" "勇者の身を守る盾"としての役割を果たしている。


(よりにもよって来たのがコイツだけとはな……)


 顔立ちも整っていて、体もほどよく引き締まってはいる。しかし絶世の美女集団である三姫士と比べれば、明らかに見劣りしてしまう。それでも女であることには変わらないし、むさ苦しい戦場では貴重な存在であると、ユニコンは考えることにした。

 まずは今夜辺りから、三姫士の練習がてら、ロトを相手にするのも良かろう。胸が貧相な女ほど、快感を得やすく、楽をして愉悦に浸れるのは間違いない。


「ぐっ……」

「殿下、如何されました?」


 突然、吐き気のような感覚がユニコンを襲い、側に控えるロトは人形のように表情を固めたまま、声をかけてくる。


(この余が疲れているだと? まさか……)


 彼のワガママで急遽開催されることとなった初陣の宴席は始まったばかり。


 ユニコンはお気に入りの赤いイスルゥ塗りの盃を、ロトへ差し出す。


「あの……」

「注げ」

「宜しいのですか?」

「何をモタモタしている! 余が注げと言っているのだ!」


 ユニコンの怒りの声が響き渡り、宴席の楽しげな空気が一瞬で吹き飛ぶ。

 ロトは怯んだ様子を見せない。しかし表情は何故か怪訝な様子だった。


「貴様、いつまで余を……!」

「……申し訳ございません。では……」


 ロトは静かに壺を取り、ユニコンの真っ赤な器へ澄んだ酒精を注いでゆく。

 

「――貴様ぁあっ!!」


 ユニコンは酒精を唇に着けた途端、再び怒りの声を上げ、器ごと酒をロトへ投げつける。

 あまりに怒りっぷりに、宴席の楽し気な空気は霧散した。

 

「余は水ではなく、酒を注げと言ったのだ! 馬鹿者め!」

「……恐れながら殿下。これは酒にございます」

「剣聖の弟子で、これまでの功績があるからこそ甘く見ていたが……いい加減にするが良いぞ、下賤の女」

「……」

「しかもなんだ、この水は! 更にこの苦味……もしや貴様、一服盛り余を?」

「……まさか殿下はご存じないのですか?」


 ロトは酒精でおでこに張り付いた前髪を掻き揚げながら、ユニコンを見上げた。

 氷のように冷たく、そして恐怖を感じさせるその眼差しに、ユニコンの背筋が自然と伸びる。

 

「ぬっ……な、何をだ、ロトよ?」

「聖剣へ与えられた神の加護を、殿下はご存知ないのですか?」

「なんだ、それは? 知らぬ!」


「そうでしたか……僭越ながら、存じ上げない殿下のために申し上げます。聖剣所持者は、強大な力を手にする代わりに、"欲"を神の加護によって抱かなくなるのです」


「神の加護で欲を? 馬鹿馬鹿しい! 苦し紛れの嘘ならば、もっとマシなものをつくが良い!」

「……ならば殿下、どうぞ目の前にございます、絢爛豪華なお食事をお召し上がりください」


 どんなに怒鳴りつけても、全く動じないロトに不気味さを感じたユニコンは、目の前に盛られている肉塊の切れ端を口の中へ放り込む。


「ぐっ……かはっ!」


 歯で噛んだ途端、びちりびちりと、肉が引き裂かれる嫌な感触が顎を伝った。

腐臭のような嫌な臭いが口中に充満し、あまりの不愉快さに肉を吐き出す。


「ええい! 今日の調理担当は誰だ! 余に腐肉など食わせおって! 今名乗り出れば、命だけは保証してやるぞ!!」


 ユニコンはそう吠えるが、この怒りっぷりの前で、名乗り出る愚か者など居るはずもなし。

そんなユニコンの横で、ロトは同じ皿に盛られた肉片を口の中へ放り込む。

そして口元に笑みを浮かべた。


「私のようにまともな人間には美味と感じます、殿下。さっ、そこの貴方もどうぞ」


 ロトは手近な兵へ肉の盛られた皿を差し出す。

 一瞬兵は、怒り心頭のユニコンを仰ぎ見る。しかしロトは愛らしい笑みを浮かべ「さぁ、どうぞ」と促すと、渋々と言った具合に肉を口へ放り込む。


「いかがですか? 私はとても美味しいと思いますけど?」

「そ、そうですね……」

「おのれぇ、貴様まで余を謀るかぁ!」


 ユニコンは獣のように吠え、聖剣を振りかざす。

 ロトは瞬時に、禍々しい装飾が施された大盾――<シフトシールド>を召喚する。

 盾の中心に据えられた大きな魔眼が開き、防御力を向上させ、聖剣の斬撃を受け止める。


「っつっぁ!!」


 突然、聖剣から電撃が迸り、ユニコンの体を駆け巡った。

あまりの強い衝撃に、ユニコンは皿や壺をひっくり返しながら、倒れ込む。


「勇者ともあろうお方が殺人などしてはなりません。聖剣は魔を斬り、神の子たる人々を守る力。今の衝撃は神罰です」

「ぐっ……ふざけるな……何が魔のみを切るだ……何が神罰だ……なにがぁぁぁ!!」」


 ユニコンは宴席のテントを飛び出した。

衛兵を突き飛ばし、食糧テントへ駆け込む。


(きっとロトや兵たちは揃って余を馬鹿にしているのだ! おのえぇ!!)


 ユニコンは手近にある甘美な味わいのする果物や、コク深いチーズ、つい先ほど水揚げされ納品されたばかりの鮮魚へ獣のように食らいつく。


「が……かはっ! げほっ! ごほっ! な、なんだ、これは……これは!!」


 果実は砂のように不快な食感で、チーズはひどい臭いだった。

魚の血生臭さが鼻を突き、飲み込むことができなかった。


 愛してやまない酒ならばと、銘品のバルカッポド産ワインや、アッシマのアクアビッテ、ウェイブライダの澄酒などを次々と開けて、胃へ流し込む。

 食べ物ほどの不快感は感じない。むしろ酒精であるにも関わらず、香りも、味も、酔いさえも感じない。


「そろそろ御身の状況をご理解いただけましたか? 大丈夫です。殿下の欲はタイムセイバーの力を解放した時から消失しました。食べ物も、お酒も、もはや勇者である殿下には不要のものです。」


 テントの入り口から、黒い影がユニコンへ伸びる。

 赤い月を背に、ロトが冷ややかな視線で、食べかすまみれのユニコンを見下ろしている。


 ロトの言動に、堪忍袋の尾が切れたユニコンは聖剣へ手を伸ばす。

しかし先程の衝撃が思い出され、柄から手が離れた。

 なに、男が女にできる暴力は、斬り殺す以外にもある。


「いい度胸だ……ロト……そういう女を屈服させることこそ……余は好きだぁ――!!」

「――っ!?」


 ユニコンはロトへ飛びかかり、地面へ彼女を押し倒した。

 彼女の氷のように冷たい視線が、獣のように息を荒げるユニコンを映し出す。

次いで視線が向かったのは、僅かな膨らみしか無い、彼女の胸部。

こういう小ぶりな胸の女は、そこを一撫でしただけで、小鳥のような甘美な囀りを聞かせてくれるに違いない。


しかしそんな妄想をしても不思議と、いつも性奴隷や側室候補たちと遊んでいる時のような興奮は沸き起こらなかった。


「っ……ぐぐぐっ……ああああ!!」


 代わりに下半身が酷く震え、胸の奥で心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。

視界がぐらつき、馬乗りになったロトの上から転がり落ちる。


 解放されたロトは埃を払いながら立ち上がり、もがき苦しむユニコンを見下ろした。


「ご無理なさるからそういうことになるのです。貴方は性欲も封じられています。なさろうとするならば、聖剣は今のように殿下へ遠慮をすることなく罰を与えます。間違いを犯さないよう……愛ゆえに!」


「何が神の愛だ……何か聖剣だ……こんなもの、呪いではないか……こんなもの……人の欲を失わせる聖剣など、もはや魔剣ではないかぁ!」


「……どうしてそんなに殿下はお怒りになるのですか?」


 ロトはユニコンへ恭しくかがみ込む。

 その無垢だが残酷な視線に、ユニコンは身震いする。


「殿下は聖剣を手にし、勇者となって、人を超えた脅威の力を身につけました。食べることも、飲むことも、眠ることも、排泄も、性欲さえも全てを感じず、ただ勇者としての使命に殿下は自身の全てをかけることができるのですよ?


「ぐっ……」


「ポーションさえあれば、兵糧などを気にせず戦えるのですよ? 全ては愛する人のため、民のため……ただ戦うことのみに集中できる素晴らしい身体を殿下は授かったのですよ? 黒の勇者バンシィはそんな身体を大変お喜びになっておいででしたよ?」


「おのえぇ、バンシィめ……なぜこのような呪いのことを黙って……!」


「呪いではありません! これは加護です!」


「ぬぅ……!」


「それにどうしてそんなことをいちいち皆さまへ説明しなければならないのですか? 勇者に人々を救うこと以上の喜びなどあるのですか? まさか殿下は人としての欲を満たすために、黒の勇者バンシィから、勇者を引き継いだのですか?」


「ぐっ……そ、それは……」


 民は愛している。しかしそれは、自分という存在を褒め称えてくれるから。自分の存在を飾ってくれるから。

 次代の国王で、勇者ならば民は自分を更に神のように崇めてくれるようになるだろうから。

そうした愉悦に浸りながら、美味いものを食べ、上質な酒を飲み、絶世の美女達である三姫士を手中に納め、ネルアガマ一千年王国を築くことこそユニコンの目標。


 しかし聖剣所持者の勇者だと、そのどれもが叶わないらしい。


(こんな役割ならばバンシィにさせて置けばよかった。こんな苦しみこそ、あの変人に……!)


 そうは思えど後の祭り。

 すると愕然とするユニコンの頭をロトはそっと撫でた。

そして腰にぶら下げた水筒から、ユニコンが愛用している赤いイルスゥ塗りの器へ水を注いで、目の前へ置いた。


「お水だけは飲めます。水は生命の根源。これは神からのせめてもの慈悲です」

「水のみだと……なんと……!」

「……三姫士の皆様ですが、近く王都へ参上されるそうです。殿下や皆さまにどうしても伺いたいことがあるとのことです」

「……」

「勿論、私もです。その際はお覚悟ください。白の勇者ユニコン様……ふふ……」


 ロトはユニコンへ興味なさげに背を向けて歩き出す。

 ユニコンは器に注がれた水を、恐る恐る飲み込む。


「話が違うではないか……! これでは余は……余はぁ……っ!!」


 水だけはまともに飲みこむことができ、安堵するユニコンなのだった。



⚫️⚫️⚫️



「うっ……ひくっ……怖かったよぉ……兄さん、ひっくっ……」


 ロトはユニコンのキャンプを離れ、一人森の奥深くで膝を抱えて涙を流していた。

 聖剣によってユニコンは魔物と戦うこと以外はできなくなっている。

殺されることも、犯されることもない……そう頭では分かっていた。

 戦士らしく最後まで気丈に振る舞うことはできた。尊敬し、そして愛する黒の勇者バンシィの妹として、彼の名に泥を塗ることはなかった。


 それでも怒鳴られ、更には押し倒されれば、恐怖は沸き起こるというもの。

 それにここ最近は、バンシィが側に居ない寂しさも相まって、やや精神的に不安定でもある。



「兄さん……兄さん……!」


 ロトは大事にぶら下げている木の実の首飾りを取り出し、胸に抱く。幼いころにバンシィから贈られた彼女の大事な宝物だった。


「兄さんが勇者を辞めたのは、戦いの宿命に疲れたからって聞いたけど、本当なの……?」


 星空へ問いかける。しかし返答は当然ながらない。


「兄さん、貴方はどこへ……バン兄さん……ひっくっ……逢いたいよぉ……! 兄さん……っ!」



 泣きじゃくるロトは手甲に装着された、音声交信用の宝玉が明滅していることに気が付かない。




『ロ、ロト!? どうしたんだ!? なんで泣いて……? まさか、殿下に何かを!?』


魔石越しに妖精剣士ジェスタは驚きの声を上げ、


『引きこもり姫にしちゃ察しが良いねぇ。たぶん、そうだよ……僕たちの可愛いロトちゃんを泣かせたんだからさぁ……ねぇ、デルタ?』


鉱人術士アンクシャの静かな怒りの声が聞こえてくる。


『アンクシャに同意! ユニコン許すまじ! 殺す! 我が爪で、引き裂く! 八つ裂きにする!!』


竜人闘士デルタは今にも国を滅ぼしそうな勢いであった。




――ユニコンや対魔連合の目論見は、あっさりと水泡に帰しているのは誰の目にも明らかである。

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