勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら(かつて助けた村娘と共に)、最初は地元民となんやかんやとあったけど……今は、勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?
第8話〜幸福へのターニングポイント〜高速飛竜便オッゴ&ボル
第8話〜幸福へのターニングポイント〜高速飛竜便オッゴ&ボル
「では、行ってくる」
「はい、いってらっしゃい!」
「昨晩話した件の取りまとめ頼んだぞ。あと、午後から尋人があれば、机の上の書類を渡してくれ」
「わかりました! あ、あと今夜は川魚で塩釜焼きを作ってみようと考えてます!」
リゼルの見送りを受けつつ、ノルンは山小屋を出た。
川魚の塩釜焼――想像しただけで、口の中一杯に生唾が広がる。
昨夜のシチューもかなり美味かった。ならばリゼル謹製の塩釜焼が美味しくない筈がない。
今日は色々と忙しいが、日が暮れる前に帰ろうと心に決めノルンだった。
まだ空に気配はない。
朝に弱いグスタフらしいと、呆れつつ、ノルンは先を急いでゆく。
「おはよう」
「おはよう……って、今日は何のようだよ?」
製材場へたどり着くなり挨拶を投げかけると、一応返してくれたガルスは訝しげな視線を向けてくる。
「ガルス、突然で申し訳ないが、自分に少し付き合ってくれ」
「な、なんだよ、突然? 俺らはこれから仕事なんだぞ?」
「頼む! 俺に少しで良い! 時間をくれっ!」
「――っ!?」
突然、ガルスは息を呑み、それは周囲にも伝播したようすだった。
どうやら意図せず、勇者だった頃の"気配"を発したために、言葉を奪ってしまったらしい。
「ガルスを始め、ヨーツンヘイムの皆にも、おそらく有益なことだと思う。よろしく頼む!」
ノルンが頭を下げて、ガルスをはじめとした男たちは一斉に響めきだす。
「わかったよ、付き合えばいいんだろ、付き合えば! もしろくでもねぇことだったら承知しねぇからな!」
「ありがとう! さぁ、こっちだ! ついてきてくれ!」
かくしてノルンはガルスや山の男たちを連れ立って、坂を登り始める。
「で、ここに連れてきてなんなんだよ?」
ガルスは山のように積まれている薪を叩きながら、不満げだった。
そんなガルスはとりあえず捨て置いて、ノルンは空を仰ぎ見た。
僅かに雲が揺らぎ、些細だが独特の音を聞き取る。
「上から強い風が来るぞ! 気を付けてくれ!」
『GAAAA!!』
突然、空から稲妻のような轟が響いた。
刹那、巨大な黒い影が上を過り、旋風がノルンたちを激しく煽る。
やがて轟音と旋風の主が二匹、ゆっくりと地面へ降り立つ。
「久しぶりだな、オッゴ。また大きくなったな」
「ガァァ!!」
ノルンに顎を撫でられた黄土色の
「カァァ! カァァ!」
「すまんすまん、ボル。お前も立派になったな。オッゴと上手くやってるか?」
薄い青色をした飛龍もまたノルンに頬をさすられ、満足そうな声をあげる。
「二匹とも元気だぜ。むしろオッゴはここ最近、ボルに夢中で大変さ!」
最後に黄土色の飛龍オッゴの背中から、手綱を手放したグスタフが降り立って来た。
「あ、あんた、一体何をするつもりだ……?」
突然、飛竜が二匹空から現れたのだから、ガルスの反応は当然と言えば当然。
特に飛竜は体内に火炎袋を持つので、山の人間にとっては外敵の一種でもある。
「まずこのオッゴとボルは火炎袋を持たない子たちだ。更に子供のころからグスタフと俺が育ている。人には慣れている。危害は絶対に加えないので安心てくれ」
ボルとオッゴの雌雄は、ノルンに鼻先を撫でられて、満足そうな唸りを上げる。
「いやいや、だから何を!」
「カフカス商会より、後ろにある燃やし木を定期的に買い取りたいとの申し出があった」
「……は?」
ガルスを始め、山の男たちは目を丸くした。
「先日の四天王ファメタスとの戦いで、連合へ燃やし木を提供していた山林がほぼすべて死滅してしまいました。そのため燃やし木が連合の中で不足になると予想されています」
グスタフは簡潔に状況説明をしつつ、ガルスへ巻物を渡す。
「こちらがカフカス商会からのご提案書です」
「は、はぁ!? こ、こんな値段で、燃やし木を買い取ってくれるのか!?」
ヨーツンヘイムでの販売価格が良くわからず、とりあえず覚えている限りの大陸での燃やし木の卸売価格を算出しただけだが、喜んでもらえたらしい。
カフカス商会を運営しているグスタフからも了承は得られている。
「な、なぁ、管理人さんよ。枝の買取提案もあるんだが、本気か……?」
「カフカスの刻印が証拠だ。あの枝は、矢の材料とする。これほど形の整った枝を破棄するだけは勿体ない」
「まじかよ、これ……」
ガルスを始め、彼の仲間たちも食い入るように提案書を眺めている。
「しかしよ管理人さん、輸送はどうすんだい? この価格でも量が売れんきゃ意味がないし、ここには大型の馬車なんざはいれないぜ?」
ガルスの言うことは最もだった。ヨーツンヘイムは僻地の僻地。街道も開けていなければ、山は獣道ばかりである。
「そのためのオッゴとボルだ。搬出はこの二匹が受け持つ。空ならば早く、そして量があっても問題なかろう」
「はぁ!? ひ、飛竜を輸送手段に!?」
「問題ない。だな? グスタフ」
ノルンが視線を向けると、グスタフは笑みを浮かべた。
「この二匹なら既に輸送用の特訓は済ませてるから問題ありませんよ。実は商会の新しい配送手段でして。ヨーツンヘイムは我がカフカス商会の飛竜航空便のお客様第一号となりますね」
もはや言うことが見つからない様子で、ガルスを始め、男たちは押し黙る。
そんな彼らへ向けて、ノルンは同様の提案書が何枚も入った袋を差し出した。
「この中には同様の提案書と契約書が入っている。これをできる限り多くの業者に配って欲しい。追加が必要であれば管理人小屋に来てくれ。俺とリゼル……この間俺と一緒にいた女性が早急に手配する」
「とりあえずオッゴとボルを連れてきちゃったんで、お試しに一回どうでしょう? とりあえず薪と枝を各二箱ずつくらい? 今日は皆さん大好きな現金払いにしますが?」
雌雄の飛竜ボルとオッゴはやる気を見せるかのように鼻息を吹き出す。
グスタフはずっと手にしていた袋から、無造作に金貨を出して見せた。
「……あんた何が目的だ?」
ガルスはノルンへ視線を寄せる。
しかし初めて会った時のような敵対心は感じられない。
「俺はここの管理人だ。守ることが仕事だ。原生林も、そして山の恵みで暮らしている貴方たちも。ただそれだけだ」
「……」
「他にも何か困ったことや、商売になりそうなことがあれば遠慮なく相談してほしい。できる限り力を尽くす」
ノルンはガルスの目を見ながらそういった。やがてずっと鋭かったガルスの眼差しが、やや丸みを帯びて、頬から力が抜けてゆく。
「わぁったよ。まぁ、じゃあ、とりあえず初回やってみましょうか、ということで!」
「ありがとう。あと一つお願いがあるのだが」
「なんだよ、次は?」
「できれば明日、管理人山小屋へ手先の器用さに自信がある人を集めてほしい。もう一つ俺から、いや、リゼルから商売の提案がある。老若男女問わずで構わない」
「商売?」
「ああ。イスルゥ塗というもので、木工細工の一種だ。ヨーツンヘイムの未来のためだ。くれぐれもよろしく頼む!」
ノルンが力強くそういうと、大柄なガルスはビクンと肩を震わせる。
「りょ、了解だ。嫁に頼んどく……」
「ありがとうガルス!」
「んったく……おっし、じゃあみんな、積み込みはじめっぞ!」
ガルスの一声で、男たちは積み込み作業を開始する。
初回を切り抜けられて、ノルンはほっと一息を突く。そんな彼の脇腹を、にやりと笑みを浮かべたグスタフが小突いてきた。
「誰だよ、さっきからリゼルって?」
「ん?」
「早速かよ、おい」
「誤解するな……リゼルはその、成り行きで……」
まだ再会して数日と経っていない。しかしリゼルという名前の響きは、何故かノルンの胸へ暖かさを宿す。
「ガァ~!」
「カァ~!」
そんなノルンの背後では、飛竜のボルとオッゴが周りなどそっちのけで、口を近づけあって舌を絡めていたのだった。
●●●
初回の薪と枝の積み込み作業を手伝い、更に、多くの営林業者を回って提案書を配り歩く。
山小屋へ帰った頃には空はすっかり茜色である。
山小屋の窓には緩やかで暖かそうな明かり。やはり誰かの気配がある家の存在は良いものなのだと改めて感じた。
「戻った……」
「グゥー!」
「――ッ!?」
扉を開けた途端、黒い何かが飛びつき、驚いたノルンは玄関先で押し倒された。
腹の上には、茶色いもふもふとした何か。
「ゴッ君なにやってるの! 降りなさい!!」
次いで聞こえた荒げたリゼルの声。
リゼルはノルンの腹の上に乗った、茶色でもふもふとした生き物を取り上げる。
クマの赤ん坊だった。
「リゼル、このクマの子供は……?」
「お帰りなさいノルン様! えっと、この子は、そのぉ……拾っちゃいました?」
*本日の更新はここまでです! ここからノルン様はどんどん幸せになりますし、リゼルちゃんと楽しい日々を送ります! もちろんユニコンへの微ざまぁも……(笑)
続きが気になる、面白そうなど、思って頂けましたら是非フォローや★★★評価などをよろしくお願いいたします!
また【Renta!】様にて好評配信中のコミカライズ版「パーティーを追い出された元勇者志望のDランク冒険者、声を無くしたSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される」(通称DSS)もどうぞよろしくお願い致します!
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