第7話信頼への第一歩


 ガルスの”管理人”という言葉を聞き、彼の周りにいた男たちは一斉に鋭い視線を向けてくる。

 

(やはり住民と前任者の関係はなかなかだな。王国は何を考えているんだ……)


 しかし今更、前任と現地人の関係をああだこうだと考えても仕方がない。


「立派な木だな」


 ノルンはさっきまで自分が受け止めていた切株へ手を触れた。

 ごつごつした皮が長い年月を感じさせる。

 

「そいつはたぶん樹齢二百年以上のもんだ。俺がガキの頃から大きかった」

「なるほど。だからこれだけ立派に。しかし何故こんなにも立派な木を材木に?」

「切りたくねぇけど仕方ねぇだろ! 国が重税取りやがるからよ!!」


 ガルスはひと際強い怒声を放った。

仲間の男たちの視線も相変わらず厳しいままだった。


 ノルンは踵を返して、背後に広がる原生林へ視線を移す。

 目下の原生林にはところどころ、剃られたような切株が見受けられる。

かなり伐採が進んでいるらしい。

 

(まさか、こんなところにまで影響が出ているとは……)


 近年、対魔連合は、各国へ戦費を捻出するため、民へ更なる税を貸していた。

 ずっと外で戦い続けていたため、分からなかったが、民は原生林に手を出さなければならない程、税に苦しんでいるらしい。

 ここの管理人として見過ごしてはいけないことだと強く思う。

 しかし今のノルンはただの山の管理人。税のことに関して何かできる立場ではないし、むしろ徴収する側の人間。

 

 ノルンは再びつま先をガルスへ向けた。

 

「貴方はもしや材木業社の頭目か?」

「あ、ああ。それがどうした?」

「なるほど。ならばガルス、伐採用の人工林や製材所などを案内して貰えないか?」


 ノルンの発言にガルスを始め、男たちがざわめきだす。

 しかしこの反応は想定済みだった。

 

「な、なんでぇ、いきなり!」

「今後の管理のためだ。頼む。できれば捜索命令にはしたくない」


 ダメ押しで伝家の宝刀を抜いてみる。

 

 捜索命令――管理人の強い権力の一つであり、管理する山に関係する住民の自宅や会社を強制的に捜索する権限だった。

 本来は不正を見つけるために出す命令で、もしも発布された場合は、まるで公開処刑のように広場へ張り出しをされてしまう。


「チッ……わぁったよ。だが、後だ! まだたーんと仕事が残ってるからよ。まぁ、さっきの騒ぎで何人か怪我して帰らせたから、いつ終わるかわかんねぇがな」


 そう言いつつ、ガルスは背後に積まれた大量の巨木を指差す。

全部で数は10数本。さっきの引き上げの様子から、これらをガルスたちが運び終えるのには、相当な時間を要するのはわかった。


「なるほど。確かに仕事が優先だ。承知した」

「お、おい!」

「?」


 またしても呼び止められて、ノルンは踵を返す。


「なんだ?」

「それになんかようでもあるのか?」

「運ぶのだろ? ならば手伝うのは当然だが?」


 ノルンはぎっしり積まれた巨木を撫でつつそういい、ガルスたちは唖然と彼を見つめていた。


 できればガルスに早く山の案内と、製材所を見せて欲しい。

その一心からの行動だった。


●●●



「さぁ、これで最後だ! 行くぞ――!」


「「「「「そーれぇーっ!!!」」」」


 ノルンの合図で、汗だくの屈強な男たちは彼と共に巨木を持ち上げた。

 巨竜の足音のような大きな音を伴いながら、最後の樹齢200年を超える巨木がガルスの製材所に到着する。

 

 途端、ガルスを始め、ノルンよりも体が大きく屈強な男たちは次々と地面へ座り込んだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……マジかよ、半日で終わっちまったぞ……?」


 ガルスは肩で息をしつつ、製材所にずらりと並んだ巨木を見渡す。

 

「アンタ、いったい何もんだ? なんで、こんなに重い巨木を軽々と?」

「鍛えてもいるが、魔力の影響もある。一応、俺は、その……冒険者だったから、な?」


 もしもノルンが何か行動をして、相手が不審がったら、"元冒険者"と言っておけ――グスタフからのアドバイスをノルンはそのまま口にする。

 

「冒険者ねぇ……あんた、結構やりての方だったろ?」

「それなりには」

「なんでまたそんな仕事を止めて、つまんねぇ管理人なんかに?」

「それは……」


 どう答えて良いかわらず視線を逸らす。

 しばらくするとガルスは一拍ついて、立ち上がった。

 

「悪い。ただの興味本位だ」


 バツが悪そうに謝罪する。当たりは強いが、悪い人間ではないらしい。

 

「おい、みんな! 加工は明日すっから、シート掛けといてくれ!」


 ガルスは男たちへそう言い放ち、歩き出す。

 しかしすぐに踵を返した。獣のような目がノルンへ向けられる。

 

「なにしてんだよ」

「は?」

「日没まで時間がねぇ。夜道じゃ色々と見えづらいだろが?」

「ありがとう! では案内を宜しく頼む!」


 ノルンはガルスに続いて歩き出す。

 やはりガルスは悪い人間ではないらしい。

 

 製材所から少し離れて、軽い斜面を登って行く。

 やがて、目の前へ茜色の夕日で赤く燃える、整然とした森が広がった。

 

「ここが俺のひい爺さんの代からやってる森だ」

「立派だな。しかしこんな森がありながら、どうして原生林から?」

「ここにある連中はまだ若けぇ。もうちっと我慢が必要だ。それに切れたとしても、儲かんねぇ。原因はあれだ」


 ガルスは後ろの掘立小屋に大量に積まれた切株を指さす。

 近づいてみてみると、年輪が黒ずんでいた。ところどころ虫食いの跡もある。

 

「木喰虫だ。ここ数年、こいつらの影響が大きくてここからはまともな建築よう材木が採れやしねぇ。おまけにバルカポッドの安い材木おかげでこの様よ」


 丸太自体はは脆くはなっていないが、見た目が悪かった。

 確かに建材には使いづらそうな状態だった。

 

「だからすべて薪にしているのか?」


 隣の掘立小屋にうず高く積まれた薪をの束を指すと、ガルスはため息を着く。

 

「こんぐらいしか使い道ねぇからな。これでなんとか食いつないでるのが現状よ」


 販売はしているらしいがどう見ても数が多い。あまり販売状況は芳しくないらしい。

 しかし、木自体は薪に適するほど良く乾いてはいる。

 

 更にノルンは隣で雑然と積まれた切枝へ視線を移した。

 

「この枝も在庫か?」

「いや、そいつは燃やしちまうだけだ。んなもん誰も欲しがらねぇよ」


 枝の山から一本取りだしてみる。

 多少の差違はあれど、長さも太さも整っていた。

 

「こんな状況だ。隠し資産なんかある筈ねぇし、ここ最近はいっつもギリギリだ。わかったか?」


 どうやらガルスは、ノルンの捜索が”脱税”の痕跡探しだと思っているらしい。

 

「状況把握した。仕事終わりにありがとう。では、これで」

「お、おい! んだよ、あいつ……」


 ノルンは颯爽を踵を返して歩き出す。

 そして早速思案を巡らせつつ、家路を急ぐ。

 

●●●


 オンボロ山小屋に着くころには、空はすっかり暗くなっていた。

 

 出かける前は雑然としていた山小屋の周りは綺麗に掃除されていた。

 小屋からも暖かな明かりが漏れ出してきている。

 

 リゼルはたった一日で、しかも一人でここまでやってくれたらしい。若干早すぎるような気もするが……それだけリゼルのお掃除スキルが優れているためか?

 

 とりあえずそれは脇に置いておき、ノルンはありがたみを覚えつつ、玄関扉を開いた。

 

「た、ただいま。戻ったぞ」

「お帰りなさい、ノルン様!」


 綺麗に清掃された山小屋の一階に、リゼルの元気の良い声が響き渡る。

 家に帰ればこうして誰かが向かえてくれる。帰るべき場所、待ってくれている人がいる。

 もうだいぶ昔に失われた日常がここにあって、僅かに胸が高鳴った。

 

「ごはん食べますか?」

「ああ、いただく」

「はい! 座ってお待ちください! すぐに用意しますからね!」


 リゼルは布で磨いていた黒塗りのスプーンを置き立ち上がる。

そして薪ストーブの上に掛けられた鍋へ向かって行く。

鍋からは暖かそうな湯気と、濃厚なミルクの匂いが昇っていた。

 

「初日どうでしたか?」

「村長に挨拶をして、村を少し見て周り、基幹産業の林業業者を尋ねた。君は?」

「私もお掃除の後は村に降りてみましたよ。パンとミルクとチーズがとっても安かったので、思いきってクリームシチュー作ってみたんです」


 リゼルは鍋をお玉でかき混ぜつつ、ハキハキと今日のメニューを口にした。

 シチューの香りは心地よい空腹感を呼び起こす。これもまた聖剣によって欲求を失っていたノルンにとって久方ぶりの感覚だった。

 

「シチューを食べる時に机の上にあるスプーンを使ってくださいね」

「これか?」

「はい! せっかくのシチューなんで! 多分塗料は乾いているはずなので問題ない筈です!」


 ノルンは先程までリゼルが磨いていた黒塗りのスプーンを手に取った。

 美しい流線型をしていて、手にも良く馴染んだ。良い仕事だと思った。

 

「上手いな」

「ありがとうございます。それ、ゾゴック村の伝統工芸で、<イスルゥ塗>っていうんです。表面にイスルゥの木の樹液を塗ってますから丈夫で、長く使えるんです。はい、お待たせしました!」


 リゼルはニコニコと笑顔を浮かべて、木のトレイに乗せたパンとシチューを差し出してくる。

 しかしノルンは、食事そっちのけで、リゼルの作ったスプーンをしげしげと眺めていた。


 シチューを掬っても、木材へしみ込むことなく綺麗に弾かれていた。樹液の匂いも殆どなく、感じるのはシチューの良い香りだけ。

 色は綺麗な艶を放つ黒。

 リゼル謹製のイスルゥ塗スプーンは素晴らしいものだった。

そして天啓のようにアイディアが沸き起こる。

 

「リゼル、この技を習得するのに要した期間は?」

「私も小さいころに覚えたので、そんなに時間はかかりませんね。村の人なら誰でもできますし」

「なるほど。イスルゥの樹はこの辺りには豊富にあるものなのか? 着色は黒のみか?」

「結構イスルゥの木を見かけましたね。赤の着色もできますね」

「ふむ、なるほど。これならば少しでも足しに……」

「あの、冷めますよ? 食べないんですか?」


 顔を上げると、ちょっと憮然としたリゼルの顔が目の前にあった。

 

「も、申し訳ない! 頂く!」


 ノルンが慌ててシチューを口に運び「旨い!」と叫ぶ。

 リゼルはコロッと表情を変えて、笑顔を浮かべてくれた。

 

「リゼル」

「はい?」

「ちなみにこのイスルゥ塗スプーンを削りだした木のことだが……」

「そのお話、ご飯が終わった後にしましょうか?」

「うっ……すまん」


 リゼルは案外逞しい女性なのかもしれないと思うノルンなのだった。



*本日はあと一回の更新でおしまいにします。

ノルン様のターニングポイントです。


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