第2話新天地ヨ―ツンヘイムとかつて助けた村娘


「本当に良いのか、こんな時間に?」


 立派な四輪馬車キャリッジから降りたバンシィへ、同乗していた細面の立派な身なりの男が聞く。

 確かに彼が指摘した通り、空は既に茜色になっていて、夜はもう目の前だった。

 

「問題ない。山は夜が最も危険だ。危険な状況を始めに知ることこそ重要だと考えている」

「早速やる気があるというかなんというか……相変わらずバンシィは真面目だな」

「……グスタフ」


 四輪馬車に乗る男の名――【グスタフ】――を呼び、彼へつま先を向ける。

 バンシィの数少ない理解者である、ネルアガマ国に深く根付くカフカス商会を運営する大商人カール家の若き当主は人の良さそうな笑顔を浮かべた。

 

「仕事を与えてくれたばかりか、ここまで送ってくれてありがとう。助かった」

「いんや、構わんよ。俺は多分、いや絶対この国で一番の黒の勇者バンシィのファンだからな! 協力は惜しまんよ」

「すまないが、その名は……」

「おっと、わりぃ! えっと、これからは【ノルン】だっけか、お前?」

「ああ」


 黒の勇者バンシィは死んだ。魔王ではなく、同胞の対魔連合に殺されたも同然だった。

 今、この新天地へ両足でしっかり立っているのは、一国民の【ノルン】である。

 

「まぁ、あんまり無理するなよ。なんかあればすぐに連絡を寄越せよ?」

「わかっている」

「本当にだぞ? もう前みたいにあんまり我慢しなくて良いんだから、辛かったらすぐに言えよ?」

「……わかった」

「本当に、本当だぞ?」

「俺は子供じゃない。そこまで念を押されるとさすがに腹が立つが?」


 とは言いつつも、そこまで怒ってはいなかった。

 グスタフもきちんと理解し、後ろ髪を掻きながら「すまん、すまん」と軽い調子で謝っている。

 

 グスタフはバンシィのとっては気の置けない唯一の同性の友人だった。

 勇者の頃の仲間は女性ばかりで、勇者の過酷な使命と共に、何かと気を遣うことが多かった。

 そんな彼を想ってか、グスタフは帰還すれば必ず連絡をくれ、側にいてくれた。


 そして今回も、唯一無二の同性の友人は、新しい人生を歩むための力を貸してくれた。

感謝が絶えなかった。

 

「落ち着いたら、山で採れたものを使って久々に料理をしたいと思う。その際は批評をお願いしたい」

「そっか。もうお前はそういうことできるんだよな。人間としての楽しみを……」

「……ああ」

「楽しみにしてるから、早めに生活を落ち着けてくれよ?」

「頑張る」

「なぁ…………バンシィ」


 おそらくグスタフは敢えて、その名で呼んだと思った彼は、否定せず耳を傾ける。

 

「頑張れよ。でももう無理すんなよ? お前はもう……なんだ、人としての生活を取り戻したんだから」

「……ありがとう。お前も、商会運営は大変だろうが、あまり気を張りすぎないようにな」


 2人は互いに拳をぶつけ合い、変わらぬ関係を確認しあった。

 

「じゃあまたな、ノルン!」

 

 グスタフを乗せた四輪馬車が颯爽と、街道の向こうへ消えてゆく。

 視線での見送りを終えた【ノルン】と名前を変えた、彼は踵を返した。


(立派な山だ……)

 

 ネルアガマ王国の最僻地。

 住めるところは少なく、あるのは険しい山ばかりのど田舎――マルティン州に属する<ヨ―ツンヘイム>

 

 剣聖リディに物心がつく前に拾われ、そしてつい先日まで、ただひたすら勇者として暮らしてきた彼は、それ以外の生き方が良くわかっていなかった。加えて、聖剣の加護により、勇者になってからは水以外の飲食は不要だった。

 しかし聖剣を失い、ただの人に戻った彼に、飲食は必要不可欠なもの。そして飲食を得るためには収入がなければならない。

 

 どうしたら勇者以外での収入が得られるようになるのか。そのことを唯一の友人であるカフカス商会の代表のグスタフ=カールに相談したところ、色々な案を提示してくれた。


 冒険者ギルドに登録して冒険者、町を区画ごとに守る憲兵、野生の危険モンスターを狩るモンスターハンター、はたまた練兵場の鬼教官……グスタフはありとあらゆる手を使って、ノルンへ次の仕事を紹介してくれた。

しかしどれもあまりしっくり来ず、お互いに困り果てていたとき、ふと目に止まった仕事にピンときて即決をする。

 

【山を管理する、山林管理人】


 国の持ち物である山林の管理を行うのがノルンが選んだ"山林管理人"の職である。


 夜の帳が忍び寄る、雄大な山へノルンは踏み込んでゆく。

 グスタフに好きに使っていいと言われた、山奥の山小屋へ向かうためだった。

 

 夜の山は高い木々が、僅かな光さえも遮り、真夜中の様相を呈していた。

静寂の中へ、僅かに獣の緊張した気配が漂っている。

 

(懐かしいな、この感じは……)


 かつて剣聖や妹弟子のロトと共に、山で少年時代を過ごしていた彼。

 思い出の地は既に剣聖の命と共に、魔王軍によって灰に変えられてしまっていた。

 だからこそ、この辺境の地ヨ―ツンヘイムと、ここに存在する険しい山々の話を聞いて、剣聖やロトと過ごした厳しくも楽しかった日々にことを思い出し、今に至る。

 確かに魔王軍を壊滅させて、勇者としての任が終わった暁には、再び山ぐらしをするのも悪くないと考えていたからだった。


 少し気配を殺して、周囲の様子へ神経を注いでみた。


 清涼さと土っぽさを感じさせる山独特の匂い。少し肌寒い気温。

所々に切り株などの人の痕跡が見受けられた。野生生物の息吹も感じるが、かつて暮らした山よりも穏やかなものだった。


 黒の勇者バンシィから、山林管理人の【ノルン】としての新しい人生を始めるには、これぐらい穏やかな方が丁度良いと思った。

 

 まだ夜は始まったばかり。

 もう少し、山の中を歩いて色々と調査をしておこうと思ったその時。

 

「――っ!」


 ノルンは咄嗟に腰元へ手を伸ばすも、指先が空を掴む。

 聖剣の重みがないことをすっかり失念していた。

 

 いざとなればとりあえず獲得しておいた拳闘スキルで対処をすれば良いが、素手は得意分野ではない。

 加減ができず、今こちらへ近づいてくる何かを誤って殺してしまいかねない。

 

 拳を握り締めつつ更に意識を集中させた。

 

(歩行音……二足歩行か。類人猿か、人か、まさかこんな僻地にまで魔物が……?)


 足を引きづっているかのような独特な音。

 人だったとしても、時間は夜。抜き足差し足で、油断した自分を狙う夜盗の類も十分に考えられる。

 

(――ならば!)


 ノルンは拳を握り締め、短い外套を翻し、素早く振り返る。

 先制攻撃ならば、ある程度力の加減ができる。

 

 地を蹴り、闇へ砂煙を巻き上げる。

 拳を脇に構えたノルンは矢のように飛び、木々の間にぼんやりと見えた、ゆらゆらと揺れる二足歩行の影を視界に捉える。

 

「――ッ!?」


 方針転換。踵を立てて、身体へ急制動をかける。

拳を解き、拳闘スキルを解除し、代わりに両腕を開く。木々の間から出てきた花のような香りを纏ったそれは、タイミングよくノルンの胸元へ収まる。

 少女だった。

 

「……」

「こんな夜更けに、更に何故こんな場所にいる?」

「…………」

「お、おい」

「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 花の匂いを纏った少女はノルンの問いかけに全く応じず、荒い吐息を漏らし続けている。

 

「失礼する」


 少し引き離し、栗色をした前髪をかき分け、おでこへ触れる。

 掌が異様に高い熱を感じ取る。

 

「俺は怪しい者じゃない。この山の管理人……となる予定の者だ。そのままの体勢で静かに俺へ身を委ねていろ。悪いようにはしない」


 聞こえていないかもしれないが、念のために一言添えておく。

 ノルンは少女を緩やかに抱きしめたまま、獣の気配が薄い場所まで進んでゆく。

 

 

●●●



「すぅ……すぅ……」


 焚火の向こうでは、森の奥から突然現れた少女が穏やかな寝息を上げている。

 さすがは最上級の品のエクスポーション。厳しい戦闘の最中であっても、瞬時に身体を出立前のように回復させるアイテムである。 


(この辺りの娘か?)


 しかし、近隣の住民にしては所持品が異様に多かった。旅の人間かもしれない。

 ならば、身にまとっている、少し色鮮やかな服にも説明がつく。

たしかこの衣装は大陸の最東部スーイエイブ州独特のもの。ヨーツンヘイムの属するマルティン州とは大陸の東西を分かつ、もう一つの僻地である。


 ずっと観察していた少女が、焚火の向こうで身をよじる。

 ノルンはすかさず、水筒を持って歩み寄った。

 

「うう……」

「目が覚めたか? 気分はどうだ?」


 開かれた黒い瞳は、きちんと輝きを放っていて、体調に問題は無さそうだった。だったのだが――

 

「――っ!? も、もしかして、黒の勇者様!?  なんでここに!?」


 彼女は飛び起きて僅かに距離を置き、唖然とした表情でこちらを見ている。

 

「俺を知っているのか?」


 驚いた拍子に手放してしまった水筒を見事にキャッチしながら、ノルンは聞き返す。



*続きが気になる、面白そうなど、思って頂けましたら是非フォローや★★★評価などをよろしくお願いいたします!


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