勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら(かつて助けた村娘と共に)、最初は地元民となんやかんやとあったけど……今は、勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?

シトラス=ライス

第一部 一章【大切な彼女と過ごす、第二の人生】

第1話黒の勇者解任


「バンシィよ、其方から勇者の資格を剥奪する。聖剣及び戦いで手にした有益なものを全て放棄せよ!」


 四天王の一角“土のファメタス”を倒し、ネルアガマ王国へ帰参した【黒の勇者バンシィ】

そんな彼へ王から告げられたのは労いの言葉では無く、予想外の宣告だった。


 水晶玉に映し出されている各国首脳――対魔連合の幹部――も、バンシィへ厳しい視線を注いでいる。


(勇者の資格を剥奪? 聖剣も? 俺は何か聞き違いをしているのだろうか……)


 黒の勇者バンシィは常に頭を覆っている、餓狼の意匠が施された黒いのアーメット脱いだ。

そして精悍ながらも、やや疲れた素顔が曝け出す。


「陛下、並びに各国首脳の方々。大変申し訳ないが、今一度、先ほどの言葉を聞かせて欲しい。よろしく頼む」

「……貴様はもはや我が国や対魔連合が認めた勇者ではない。ただの一国民だ。わかったな?」


 国王の二度目の宣告で、ようやく話の内容は理解した。

 しかし理解はできても、納得できることではない。


「何故だ? 理由をお聞かせ願う」

「自分の胸に聞いてみるがよい」

「……要塞を放棄したのが原因か?」

「それもある。しかしそれだけではない! 貴様は勝手が過ぎるのだ!」


 勝手が過ぎると言われても……ファメタスから大勢の民を救うためには必要なことだった。

 将軍は大勢の民の命よりも、要塞の堅守を優先しようとしたのだ。

 彼は将軍をその場で殴り倒し、要塞を放棄させ、大勢の民をファメタスの脅威から救った。

結果的に要塞放棄は、ファメタス討伐の決め手ともなっていた。

 しかし国家予算の数年分を注ぎ込んで建設された要塞は、見るも無惨な状態にはなったのは確かだった。


「儂をはじめ、首脳陣は皆、お前の心身が限界を迎え、判断力を鈍らせていると判断した。故に此度の裁決となった」

「まだ魔王軍との戦いは終わっていないのだが……」

「そのことなら安心せい、バンシィ。ユニコンよ!」


 王は息子で第二皇子の名前を呼んだ。

すると煌びやかな白銀の鎧を装備した【ユニコン=ネルアガマ第二皇子】が王座の脇へ姿を見せる。

 

「久しぶりだな、バンシィ! 余が周遊に出ている間、我が国を守ってくれてどうもありがとう。これより余が勇者を引き継ぐことになった! これで貴様は勇者という過酷な使命から解放され、晴れて自由の身ということだ! ぬははは!」


 ユニコン第二皇子は諸外国を周り、様々な兵法や戦術を学んでいた。

つい先日王都を守る守備隊の指揮官にも就任していた。

能力だけで考えれば、納得できる人選だと言える。


『おお! ユニコン殿! 期待しておりますぞ。是非、我が娘ジェスタと共にエウゴ大陸へ平和を!』


 バルカポッド妖精共和国最高議長が真っ先に声を上げた。


『いやいや殿下、我が娘アンクシャを! 是非殿下直々に魔法の手ほどきをしていただきたい』


 アッシマ鉱人帝国の帝王も嬉々とした声を発する。


『我が一族は常に進化を欲する。ユニコン殿下と、我が娘デルタならば更なる繁栄が約束されたも同然』


 常に強い子孫を求めて、交わりを行ウェイブライダ竜人一族族長の言葉が決定打だった。


(なるほど、この裁決はそういう目論見か)


 【バルカポッド妖精共和国】、【アッシマ鉱人帝国】、【ウェイブライダ竜人一族】――【ネルアガマ王国】と共に、『エウゴ大陸』に根付く三大国家。

これらの国々は開戦当初の魔王軍の奇襲攻撃にあい甚大な被害を受けていた。

未だ国力が回復せず、ネルアガマ王国の援助を受けて、辛うじて国家の体を保っている状況だった。

 現在ではネルアガマ王国を旗印に、各大陸国家は手を結び<対魔連合>を形成して、魔族への抵抗を試みている。

こうした情勢から戦争終結後もエウゴ大陸の覇権はネルアガマ王国が握るのは間違いない。


(つまり連合のお歴々は既に戦後のことをお考えと……)


 戦後も変わらず中心国のネルアガマから手厚い援助を受けるにはどうするべきか――ネルアガマとの連合以上の強い縁さえ結んでしまえば良い、と考えるのが妥当だろう。

幸いにも今バンシィと共に魔王ガダム軍と戦っているのはそれぞれの国家代表の愛娘達――【三姫士(さんきし)】と称される若き姫君たちだ。


(勇者のユニコン第二皇子と三姫士達が恋仲になることを期待しているのか……)


 だからこそ平民出身で、孤児であるにも関わらず勇者に任じられているバンシィが邪魔になった。

 たとえ彼が魔王を倒したとしても、せいぜい英雄として後世にまで崇められるだけだろう。

国家体制には何の影響も及ぼさない。


(しかしやはりここは聖剣の加護のことを話し、目論見を論破すべきだ。それに勇者であることは俺にとって……!)


 これまでバンシィは身を粉にして戦い続けてきた。

勇者として戦うことは、今は亡き師との固い約束でもあった。

だからこそ素直に勇者解任を受け入れることなど出来るはずもなかった。

 

『黒の勇者、いや元勇者というべきか。我が国の将を公衆の面前で殴り倒したそうではないか。モラルのカケラもない痴れ者め!』


 バルカポッドの将軍が民の命よりも要塞堅守を叫び、軍を進めなかったためで、仕方なかったことだった。

 

『アンクシャへ余計なことを吹き込んで欲しくはないと、あれほど頼んでおいたにも関わらず……約束はちゃんと守るべきだ! 我がアッシマ帝国がが一千年の月日をかけて編み出した魔法を汚さないでいただきたい!』


 その一千年の月日をかけて編み出した魔法構文に多数の誤りがあった。だから後世のためにと姫のアンクシャと一緒になって、戦いの合間で日々修正をしていただけだった。

 

『どの腹からわからぬ血は不要。だが貴様はその禁を犯し、デルタへ己が血を注いだ。許すまじ!』


 先の大神龍ガンドールとの激闘で重体へ陥ったデルタへ、緊急措置として自分の血を分け与えた。

 もしもその処置をしていなければ、きっと今頃デルタは死んでいたに違いない。

 

 勇者としてこれまで、大陸のため、民のためにと戦い続けてきた。

 そんな彼へ日々浴びせかけられるのは、各国首脳からの非難ばかりだった。

 


――勇者なのだからもっとちゃんとしろ。


――勇者としてのモラルを持て。


――そんな勇者では恥ずかしい。



 どんなに必死に戦おうとも、仲間と深い絆を結ぼうとも……経歴の良くないバンシィが首脳陣から気に入られることはこれまで一切無かった。

 

「バンシィ、もうわかっただろ? 貴様は勇者として対魔連合に望まれてはいないことを!」


 衛兵はユニコンの指示に従って、バンシィを両脇から拘束する。

 

「お、お前達、何を!? 離せっ!」


 バンシィが身を捩っても衛兵は彼を離そうとはしない。

 勇者の覇気を放って、衛兵を退けることはできる。

しかし衛兵もまた命令に従っているだけの、守るべきネルアガマの民。

できれば乱暴なことはしたくなかった。


「さぁ、我が国の秘宝、聖剣タイムセイバーを返して貰おうか!」


 ユニコンはバンシィが腰に履く煌びやかな聖剣に手を伸ばす。

 空間、時間、時には運命さえも両断する<聖剣タイムセイバー>

並の人間では持つことさえ容易に叶わない所持者を選ぶこの剣。

それをユニコンはバンシィの腰からあっさりと抜き去った。


「どうだ、バンシィ! タイムセイバーも余を勇者と認め所持を許した。貴様は聖剣にとっても過去の所持者ということだ!」


 聖剣を奪われたためなのか、身体から一気に力が抜けた気がした。

 確かに疲れは感じていた。

 人を捨てた過酷な日々、叱責しか与えられない日常――それでも、これは自分で選んだ道。

亡き師匠、剣聖リディの墓標へ勇者であり続け、人々を守ると誓ったのだから。


「か、返せ! 返せぇぇぇっ!」


 バンシィは怒声と共に勇者の覇気を発した。

 聖剣を所持していた頃は、覇気が旋風となって、相手を吹き飛ばすことができた。

しかし今は脇を固めている兵を怯ませ、手を離させるくらいしかできなかった。


「下がれ、愚か者っ!」

「ぐわっ!!」


 ユニコンの魔力の圧が、バンシィを遠くの壁へ叩きつける。

 それでも諦めずに、バンシィはユニコンへ突っ込んでゆく。


「失せよ!」

「ぐわっ!」

「はは! まるでゴミのようだ!」

「がっー!!」

「え、ええい! いい加減諦めるが良い!!」

「ぐぅーわぁ――っ!」


 認めたくは無かったが、タイムセイバーがユニコンに所持を許すのも理解せざるを得なかった。

やはりユニコンは相応の実力の持ち主だったと、傷をもって思い知った。


「次期国王たる余へ手を挙げたこと、本来ならば斬首に値する! しかぁし! 貴様にはこれまで勇者としてネルアガマへ尽くしてきた実績もある」

「ユニ、コン……俺の話を……!」

「故に、此度は許してやろう。余は寛大だからな! ふははは!!」


 ユニコンは、倒れたバンシィの頭を踏みつつ、高笑いを上げる。

 散々壁や床に叩きつけられたせいか、意識も朦朧としていて、言葉がうまく出ない。


「これまでご苦労だったな、黒の勇者。こいつは餞別だ」


 ユニコンは青く綺麗な宝石をバンシィの脇へ落とす。

売却すればかなりの富となり、使えば奇跡の力を発する希少魔石の“エリクシル”だった。


「そして一応聞いてやる。貴様さえ良ければ、昨日まで余が任じられていた近衛騎士団長や、それなりの役割を与えてやる。どうだ?」

「……俺の、話……その聖剣は……」

「答え以外は聞かん! さぁ、余の問いに答えんか! 無礼な奴め!!」

「…………」

「ふん! これではダメだな。ではさようならだバンシィ! 三姫士は余に任せるが良い! ついでに貴様の妹弟子の【ロト】も第10夫人ぐらいにはしてやるぞ。ふははは!」


 バンシィは朦朧とする意識の中、回廊を引き回された。



……そして気がつけば、バンシィは城の外へゴミクズのように投げ捨てられていた。 


「申し訳ありません、リディ様……俺は……俺は……!」


 バンシィは久方ぶりに涙を流し、砂を掴む。

 師の墓標へ誓った決意は、あっという間に打ち砕かれていた。


 次いで浮かんできたのは未だ遠くの戦場で、自分の代わりに戦いの事後処理をしている仲間たちの姿だった。

 

 これまで苦楽を共にしてきた各国の姫君達、【ジェスタ】、【アンクシャ】、【デルタ】――<運命の三姫士>

 幼いころより剣聖の下で共に修行に励んできた妹弟子――【盾の戦士ロト】

 

 せめて彼女たちへは最後の挨拶ぐらいはしたかった。

 しかし今の彼に遠くの地へ瞬時に移動する方法も、術もなし。

もし向かったとしても、面会を許されず、門前払いをされるのが関の山。

 

「ロト、ジェスタ、アンクシャ、デルタ……すまない……こんな俺を許してくれ……」


 闇に染まりつつある空を見上げて、バンシィは届くはずのない言葉を、呟いた。


 道具袋の中に辛うじて残されていた、弱小精霊召喚の呪符を取り出す。

 そして自分は勇者ではなくなり、もう共に戦えないことや、これからも頑張ってほしいという旨を吹き込み、空へと放つ。

彼の最後の想いを乗せた精霊は、あっという間に闇夜へ消えていった。


(どうか届いてくれ……頼む)


そして苦楽を共にした仲間たちを想うのは、これが最後と決めた。

これも運命なのだと考えることにした。そう思うことにした。そうでなければやってられなかった。


 現に自分はこうして生きている――例えどんな形になろうとも、母であり、姉であり、師であったリディに救ってもらった命を粗末にするわけには行かない。


(とりあえず、アイツに相談してみよう……今後のことを……)


 バンシィは立ち上がった。

そして月明かりを頼りに、重く感じる足を引きずって歩き出す。


 仲間達へ最期のメッセージを含ませた弱小精霊は、国境を越える前に魔物に襲われ砕け散るのだった。



*続きが気になる、面白そうなど、思って頂けましたら是非フォローや★★★評価などをよろしくお願いいたします!


また【Renta!】様にて好評配信中のコミカライズ版「パーティーを追い出された元勇者志望のDランク冒険者、声を無くしたSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される」(通称DSS)もどうぞよろしくお願い致します!

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