第2話 後編

 そんな感じでとりあえず一生ペットでいることを受け入れたものの、それからまた2ヶ月もすればさすがにまずいのでは? と思えてきた。これでご主人様に飼われて4ヶ月。季節はそろそろ冬へなろうとすらしているのだ。

 大学を卒業してからだと半年以上。暇なのでとりあえず平日の夕食作りは続けてるものの、他に手を広げるでもなくペット生活を満喫していた。だって一生ペットならスキルアップとかいらないと思って。

 でも気づいた。

 ペットでもお手とか、芸を覚えてスキルアップしていくことに。ペットだって飽きたら捨てられる可能性があるのに、いわんや私は捨てても法律上はセーフなのだ。ご主人様が優しくて責任感が強いから普通に飼ってくれてるけど、経費だって他のペットよりかかるだろうし、うう。こう言うことに気づかないから駄目なのだ。


 仕事を首になったのだって、就職できて安泰だと思って油断してたのがある。教えてもらった仕事内容が凄い簡単なデータ整理だけだったから、早めに行かなくても大丈夫って思って、五月くらいから油断して遅刻するようになって、昼過ぎに起きた時なんか連絡せず休んだし。まあそれはね、首になるよね。

 だから今も朝起きないし、お昼寝してからでも間に合う夕ご飯しかつくれないわけだしね。うーん。私ってほんとクズ。


 と言うことで、できることからやっていこうと言う気になった。私も真面目にだってなるのだ。


「うーん」


 しかし、時刻は11時半。起きてご主人様が置いて行ってくれた食事を食べて洗い物をして、昨日までならここからだらだらネット漫画と小説の更新チェックして、2時過ぎからおやつ食べてテレビ見ながらお昼寝して、5時に起きてだらだらしながら晩御飯の用意をして7時過ぎに帰ってくるご主人様をお迎えしていた。

 起きた時間が同じなのでついだらだらしてしまいそうだ。今もソファに座ってるし。むむむ。とりあえずパソコンの電源はつけなかったけど、もう12時か……。


「うー、んんんぅ…………よっと」


 ぐっと背伸びをして、勢いをつけて起き上がる。立ち上がって、カーテンを開けてベランダに出て外を見る。気持ちいい風だ。ちょうどいい季節だ。その辺をお散歩したくなってきた。家から一歩も出ない快適な生活を送ってるし問題ないけど、別に私、趣味まで引きこもりってわけじゃないんだよね。むしろ子供の時は川辺の道をずーっと歩いたり、ぼーっと散歩したり、公園のベンチでだらだらしたりよくしていた。なのできっとアクティブな方なのだ。


 ……あ。ぼーっとしてた。ううん、何考えてたっけ。ご主人様に役に立つ方法だよね。うーん。掃除とか? 一応、気になったらごろごろついでにコロコロとクイックルはかけてるし、週末はご主人様がしてるけど、その時はベッドでごろごろしてなって言われるし。あー、週に一回してる系の、トイレ掃除とかを担当したほうがいいのかな?

 あ! ひらめいた! お風呂掃除だ! 毎日やってて必要で、でも朝早起きしなくても夜にすればできる!


 …………うーん。お風呂掃除か。まあそれはね、一人暮らししてましたから、一応してました。湯船洗うの面倒でシャワーばっかりだったりもしたけど、カビとか嫌だし、お風呂に限らず掃除とかゴミ出しとか、衛生面はちゃんとしてた。退職後の引きこもりでも、ゴミ出しだけはしてたし。

 だからまあ、できる。できるけど、今のところご主人様が朝してくれているところ、夜にやるよって宣言しないと体拭かれてしまう。お風呂掃除は濡れるとめんどくさいから私はお風呂終わりに裸でしてた。

 これに関してはまあ、言えばいいかなぁって思うけど、言うってことはだよ? 絶対しなきゃ駄目じゃん?


 私そう言うの嫌なんだよね。絶対しなきゃみたいなの。重荷って言うか。晩御飯もご主人様が言い出したわけでもないし、自分もお腹減るし、ご主人様が帰ってから作るの待てないって言う自分の為って思いがあるからできるだけだ。

 うーん……する気になった時だけ、言うことにしようかな。うん。それに、お風呂は一人で入る時と違って、ご主人様にお世話されると疲れるんだよね。色々されて。恥ずかしいけど癖になってるから、最近ではお風呂を楽しみにしている部分もある。あの後に掃除するの、めんどくさいなぁ。疲れてるし。


 ……ずっと立ってて疲れた。部屋に戻ってソファに転がる。え、もう13時? えー、めんどくさくなってきた。今日はもういいかな。うん。考え事の続きは明日にして、今日の更新チェックしよっと。


「……はっ」


 あ、ね、寝てた。あれからお昼だらだら食べたりして、いつの間にか寝ていたのか。


「うあぁぁ……」


 うーん、あくびでる。思ったより寝ちゃったのかな? 今何時だろ? んん?  ……おかしい。もうすぐご主人様が帰ってくる時間に見える。


「ただいまー」

「!?」


 私は飛び上がってしまいそうになりながらソファから滑り落り、そのまま玄関から見えないようソファの陰に隠れた。


「……ん? カンちゃーん? 床でなにしてんの?」


 部屋に入ってきた足音に身をすくめたけど、当然すぐ見つかり覗き込まれて正面から目が合ってしまう。


「その……ご、ごめんなさい」

「何? もしかしてパソコンにウイルスでもはいっちゃった? アダルトサイトが見たいなら、正規サイトに登録してあげるから言ってね」

「ち、違います! な、なんでそう言うこと言うかな!」

「いつも言ってるけど、ペットの性欲管理もご主人様のケアの一環だから、恥ずかしがらなくていいってば」

「ご主人様の馬鹿っ」


 だから私もいつも言ってるけど、そう言うシモの話されて恥ずかしがらないとか無理だから! やめてほんとに。うう。恥ずかしい。こんなことなら隠れるんじゃなかった。

 これ以上ないほど丸まってしまう私に、ご主人様は何でもなさそうに首をかしげる。


「じゃあ何? 別にティッシュだして遊んで部屋がティッシュだらけってこともないし」

「四足のペットと一緒にしないでください。そうじゃなくて……わかってて言ってません? 晩御飯、用意忘れたんです」

「そうなんだ。まあしてないのはわかるけど。別にそれで隠れなくてもいいのに。してくれて嬉しいけど、ペットにそんなこと期待してないんだから。したいときにしたいようにしてくれたら十分だよ」

「……」

「でも気にしてくれたんだね、ありがと。今日は私が作るから、待っててね」


 ご主人様かそう言って軽く私の頭を一撫でしてから立ち上がった。顔を向けて追いかける私をスルーして、ご主人様はそのまま寝室に入って着替え、すぐに出てきてキッチンに入った。

 私が晩御飯を作り出すより前と、何にも変わらない。嬉しそうでも楽しそうでも面倒そうでも呆れてもいない。普通。当たり前に、玄関に鍵をかけるくらい普通にやってる。


「……」


 私が平日頑張ってずーっと続けてきた夕食づくり。だけどそれすら、ご主人様は全く期待してなくて、いつでもなくなっておかしくなくて、なくて当たり前なんだ。驚き一つもないんだ。

 それは、人によってはショックなのかもしれない。だけど私は、言葉に出せないくらい、嬉しくなった。


 いつもそうだった。頑張れば頑張るほど、褒められるのは最初だけでずっと頑張り続けることを求められる。少しミスをしたりして落ち込めば責められる。それでいつも、がっかりされてきた。でもご主人様は、私に期待しなかったんだ。

 もう二か月以上続けて習慣になっていてもおかしくないのに、私のことをずっと、人間じゃなくてペットとして見てくれていて、何かをしてもらうとかそんなこと考えもしなかったんだ。


「ご、ご主人様ぁ」

「お腹減った? ごめんねー。もうちょっと待っててね」


 のそのそとキッチンまでやってきて顔をのぞかせても、そう優しく微笑んでくれた。危なくないよう近寄って、後ろからゆーっくり抱き着く。脇の下あたりに鼻先をつっこんで腰に腕を回す。部屋着なので汗の匂いもしなくて、いい匂い。


「ううう。ご主人様好き」

「えー? ふふ、よしよし。いい子いい子。危ないし、暑いから向こうでいい子にテレビ見てなよ」


 とんとん、とかるく右手の甲で腰あたりを叩かれた。手が汚れてるのか頭は撫でてもらえなかった。お腹もすいたので言われたとおりにして待つことにする。


「はーい、ご飯だよ」

「わーい。いただきまーす」


 ご主人様の晩御飯を食べる。お休みの日はいつも食べてるから懐かしいとかはない。でも一回、できなかった。私ほんとに駄目な子だ。今度こそご主人様に失望されるかも、と思っただけに元気いっぱいにいつも以上に美味しく感じられた。


「何だか今日はいつもより元気だね。たくさんお昼寝したの?」

「うーん、そうかも知れません」

「そっかそっか。よかったね。なでなでしてあげるからおいで」

「はい!」


 あああ、ペット生活、ほんとに最高だなぁ。

 ご主人様は本当に、本気で私のことを自分と同じ生物である人間じゃなくて、シンプルにペットだと思ってくれてるんだ。それってちょっと複雑な気持ち、なくはないけど、すごく、生きるのは楽だ。

 少なくとも今、私は家事面ではステップアップどころか現状維持すら期待されてないんだ。何にもできない私でいいんだ。ものすごい安心した。難しいこと考えなくてよかった。私はクズでよかったんだ。


「あの、ご主人様」

「ん? どうしたの?」

「私今日、ちょっと悩んでたんですけど……聞いてもらっていいですか?」


 食後のグルーミング? 中に思いきって私はその解決した不安を一応伝えておくことにした。頑張って考えてたことを褒めてほしいし、言質としてなんにもしなくていいんだよって言ってほしかったから。

 最初はこのグルーミングも恥ずかしかったりしたけど、いまでは半分マッサージみたいなものだし全然恥ずかしくなくなった。ご主人様にさわられるのに抵抗がなくなったからだと思う。

 ご主人様は優しく私のが左耳をくいくい引っ張ったりしてたのをやめて、顎のラインを撫でながら相づちをうつ。


「なに? 何か欲しいものでもあった?」

「そう言うのじゃないです。……私、その、ペットとして、もっと、できるようになった方がいいかなって思ってたんです」

「ペットにできるとかないと思うよ? カンちゃんはそのままで可愛くて癒される百点のペットだし」


 百点! そんな点、テストでとったことない。昔から軽口だとしても先ぱ、じゃなくてご主人様くらいしか言ってくれないから、たまにもらえると嬉しい。

 いい感じの流れなので、もっと言ってもらおう。と欲がでてきて私はさらにペットの中にはできる子もいるけどーと続けることにする。


「ペットでもほら、犬ならお手とか、芸を覚えるじゃないですか。犬ではないのでそれはできますけど、ペットなのでそう言う風に、ちょっとはなにか、できるようにならないと、ペットてしても駄目かな、ちょっと不安だったんです」

「なるほどねぇ、いっぱい考えて偉いねぇ」

「ふふふ、くすぐったいです」


 こしょこしょ、と顎舌を撫でられたので思わず声がでてしまう。目を細めながらご機嫌なご主人様の手付きを堪能する。


「可愛い可愛い。うーん、じゃあそうだね、カンちゃんはそのままで可愛いけど、一つ、芸を覚えてもらおうかな」

「えっ、な、なんでしょう? 掃除とか、面倒だったり難しいやつですか?」


 まさかの何かノルマができてしまう流れに、思わず目を見開く。言い出したのは否定してもらって、なーんにもしなくていいよ、って言ってほしかったからなのに! まさかの墓穴だったのか、何か命じられてしまうのか。

 いや確かに、自分でも何か頑張ろうって考えてはいた。いたけど挫折したし、あくまで気が向いたときにであって、ご主人様から言われたら強制で実質お仕事だし、そう言うのはちょっと……。


「どうかなぁ。個体によるんじゃないかの。カンちゃんはさ、バター犬って知ってる?」

「えっと、すみません。すぐ調べますね」


 ばたーけん? が仕事? どういう作業? 芸? 難しいやつ? と思って慌てて机に置いてるタブレットを引き寄せて検索する。

 えっと、なになに? ウィキによると

 バター犬とは、女性のマスターベーションの補助として利用されている犬のことを指す。成年向け漫画や一部のアダルトビデオで行われる。

 らしい。ふむ??


「えっと、これを私がご主人様にするってことですか?」

「そう。いつも私がしてあげてるでしょ? お返ししてほしいなって」

「そ、それは汚れてるとか、その、私がペットだからの性欲処理であって、その、ご主人様は人間だし」


 人間のご主人様に私がその、舐めるって、なんかそれはちょっと、エッチじゃない? いや私がしてもらうのもそうだと最初思ったけど、でもご主人様がこれはペットなら普通って言うから受け入れたのに。もしかしてご主人様、私のことそう言う目で見てたの? え? 私は、どういう反応をすればいいのこれ?


「人間がペットの犬にしてもらうのがバター犬だよ?ペットのカンちゃんにしてもらうのはセーフじゃないかな?」

「うーんん?」


 言われてみたら調べてすぐでるくらいにはちゃんとある単語のわけだ。つまり、性癖のひとつにペットとえっちなことするのはすでにあるのか。だから私が人間だからとか、恋愛感情とかじゃなくて、あくまでペットとしてエッチなことするって話?


「あり、なのかな? えっと、それ、したら、ご主人様嬉しいんですか? そう言う性癖だったんです?」

「普段カンちゃん気持ちよさそうだし、興味はあったよ。他でもないカンちゃんだからね。ペットだけど、私はカンちゃんのこと世界で一番大好きだし、大事にしてるつもりだし、これから恋人とか作る予定もないからね。一生一緒に暮らすカンちゃんに私の性欲を解消してもらえたら嬉しいかな」

「……そ、うー……」


 そ、そう言われると。確かに、ご主人様が恋人を作る可能性を全然考えてなかった。なんかもうナチュラルにペットでいるけど、普通に考えたらおかしいことだし、恋人をつくって家に連れてきたらドン引きされて、その結果恋人を選んでペットは捨てるとなる可能性もなくはないのか。

 恋人の代わりに私が恋人に、なんてのは絶対無理だ。こんな人間以下の私が、人間としてご主人様の恋人とか、そもそも対等な関係の時点で無理。後輩でもだいぶ迷惑かけててごめんなさいだったのに。

 でもまあ、性欲だけなら四足のペットでもなんとかなるなら、私でもできる、かなぁ? 抵抗、あるはあるけど。でもまあ、知らない人とそう言うことしろって言われたら無理だけど、ご主人様にならできる、かなぁ? 嫌悪感は、まぁ、ない、かなぁ?


「えっと、はい。それでは、そのうち、頑張ります」

「うん。嫌じゃないんだ。じゃあ、これからできる様に躾てあげるね」

「え、あ、うぅ……お、お手柔らかにお願いします」

「もちろん、私、ひどくしたことある?」

「……うぅ」


 ある。勉強教わってるのも結構スパルタだったし、直近では最初お風呂でするの私恥ずかしいから嫌って言ったのに強引だったし。でも、最終的には私の為だったりとかあるし、まあ、はい。が、頑張る。無理のない程度に。








 一番最初に足立環奈ちゃんを見た時、こんなに可愛い女の子がいたのかと思った。きっと世界で一番かわいい女の子だと確信したし、今もそう思ってる。

 この女の子を、どうしたら私のものにできるだろうかと考えた。考えてもわからなかったので、とりあえず近くにいて優しくした。見た目は純情可憐で控えめな美少女だったのに、中身はめんどくさがりで気まぐれで自己中心的で、能力的にもどんくさい割とできない子だった。

 真面目でいようとする程度に真面目だけど、それでもめんどくさいなと思えばすぐサボろうとするし、悪いことをしたと思えば顔色を悪くするくらい反省するわりに、しばらくすればケロッとして開き直るところもあった。

 幼い頃に可愛すぎて甘やかされたせいなのかと思わなくもない、まあまあクズなところがあった。外見とのギャップもあって、親しい人はいなかった。


 だから私が優しくすれば、彼女は簡単に懐いた。何くれと世話を焼き、なんでも相談して、と言うだけはなくこまめに連絡して会いに行き、何か困ってる? と促してやり、誰より早く力になるようにした。

 環奈ちゃんは自分がクズなのを自覚していたからこそ、自分から人に頼ることも得意ではなかった。お願いした結果、それを忘れたり嫌になってやっぱりやめたとしたくなるからだ。


 私も最初、彼女の内面に気が付いた時は少しびっくりした。だけどそれだけだ。これだけの可愛い外見に生まれたのだから、そのくらいは可愛いものだ。むしろ擦れることなくそれだけで済んだのは幸運だ。いっそ自分の欲求に純粋なままな様は可愛いとすら思えた。

 彼女にとって誰より頼りになる先輩として振る舞い、さり気なく彼女が一緒にいられるよう勉強を見て進学先の面倒も見た。それでいて性格が改善しないよう、他に友人なんてできないように誰より甘やかした。


 間違いなく、彼女の一番は私だろう。恋愛感情どころか、人間関係すら私しかいない彼女に私はそれなりに満足していた。だけどある日、転機が起こった。


「私のペットになる? 人間以下の環奈ちゃんでも、ペットにならなれるよね?」


 首になったのに私に言わないのは腹がたったけど、私にだから知られたくなかったと言うのは、悪い気はしなかった。プライドなんかない子が、それでも私によく思われたかったなんて。可愛いじゃないか。

 腹が立ったので、すぐの週末じゃなくて一週間余分に放置したけど、随分弱っていたのもあって、魔がさした。


 環奈ちゃんを私のものにしたかった。でもそれは別に、物扱いしたいとか、人間と思っていなかったわけではないのだ。ペットにしたいと前から考えていたわけではない。

 なのについ、言ってしまった。実際、就職先を紹介するのも難しいとは思ったし、人間以下だと泣く環奈ちゃんは人間だよと慰めてもすぐに気持ちを切り替えてくれなさそうだったから。


 きょとんとする環奈ちゃんを。いつものようにあれやこれやと言いくるめて、私はついに環奈ちゃん、もといカンちゃんを手中におさめた。


 言ってからすぐにしまったと思ってしまった。それでも誘惑に勝てなくて、私はカンちゃんが分からない程度にしっかりと、もう逃げられないようにした。私以外に知り合いはいないのだからと、スマホをとりあげて親にこの状況を話してしまわないようにした。

 ご主人様と呼ばせて非日常の環境であり、今まで以上に私に逆らいにくくさせた。あくまでペットと言う名目で、人権を無視してスキンシップをとってもおかしくないようにさせた。そして、家からでないようにさせた。


 そしてそのまま私はカンちゃんのすべてを、ペットと言う言い訳で手にした。お風呂では、まあ、ちょっと強引と言うか、いい加減に済まそうとするから体を洗い出したら止まらなかったと言うか、ついつい余計な手を出してしまった。

 それでもまだ、私はこの時、カンちゃんが本気で嫌がって泣いて叫んで人間に戻ると言うなら、まだ、手放す気は一応あったのだ。


 カンちゃんをペットとして可愛がり、ペットとして独占するほの暗さのある幸福はどうしようもなく私も気づかなかった欲求を満たしてくれた。このまま一生ペットとして傍に置きたいと思っていたし、可能な限りそう務めたけど、本気で嫌がるなら、私だってカンちゃんに心を壊してまで傍に置きさえすればいいと思ってる訳じゃない、


 だけど、これはもう、駄目だ。


「ご主人様、気持ちいいですか?」

「うん、んん……っ」


 ただカンちゃんを可愛がるだけなら、まだ我慢できた。でもカンちゃんにしてもらってしまった。カンちゃんが寝てから自分でするのと比べ物にならないくらい気持ちよくて、もう、これを知ってしまったら駄目だ。

 自分でするのよりずっとつたないはずの指でさえ、カンちゃんが可愛く発情した顔を私に向けて、自分じゃなくて私を気持ちよくさせようとしてくれてるのが、それだけで気持ちよすぎた。


「カンちゃん……よくできました」

「は、はい。その、えへへ、喜んでもらえて、嬉しいです」

「……うん、ご褒美、あげるね」

「ん……」


 カンちゃんに唇をあわせた。これだけはずっと、いつか人間に戻った環奈ちゃんの為にとっていたのに。もう駄目だ。カンちゃんが好き。環奈ちゃん以上に、ペットで、ペットとして生きるのにもう違和感感じなくなってるカンちゃんが愛しい。

 だからもう、無理。もう誰にもあげないし、もう、手放せない。手に入ったのは環奈ちゃんじゃなくて、カンちゃんだなんてごまかしも、もう自分にすらできない。

 今目の前のこの子を、ずっと私のものにする。









 私なりに頑張って、と言ってもご主人様がしてくれたり教えてくれた通りにするだけなんだけど、それでもご主人様が私みたいに気持ちよくなってくれたのをみると言葉にできない満足感が私を満たした。


「ご褒美、あげるね」

「ん……」


 それは私の中のちょっとした違和感や不安感を消し飛ばしてくれるのには十分なほどで、今まで生きてきた中でも味わったことがないくらいの満足感だった。その心地よさに身をゆだねているとご主人様が私にキスをした。


 私はそのご褒美を、何の不思議もなく受け入れていた。もうペットだからおかしいなんて思わない。私はペットだけど、ペットとご主人様の関係だって他の何かと比べる必要なんかない。私は私で、ご主人様はご主人様。他に誰も代えのない存在なんだ。だから私が幸せで、ご主人様が喜んでくれるならもうそれだけでいいんだ。


「ご主人様、もっと、もっとしてください」


 ご主人様は微笑んで私にキスのおかわりをしてくれた。

 あー、気持ちいい。幸せ! ご主人様大好き!!


 こうして私は人間以下の語彙力で幸せに尻尾を振って、幸せなペットライフを送るのだった。





 おしまい。

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社会不適合者なのでペットになります 川木 @kspan

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