社会不適合者なのでペットになります

川木

第1話 前編

「はぁぁ……」


 何もやる気が出ない。何もかもがどうでもいい。仕事を首になった。理不尽なことはない。ただ単に試用期間が終わって駄目だっただけ。社会に出て三か月。社会の荒波は厳しいと思ってはいたけど、まだ甘かった。まさか、真面目にやっていても首になるなんて。

 いや、わかっている。私なりに真面目にしていただけで、世間一般の普通には劣っていたのだろう。気付いてた。私ができない人間か。クズでゴミで、どうしようもないやつだって。わかってた。


「はー……お腹痛い」


 わかってても辛い。あんなに毎日、会社に行きたくないなぁ。と思っていたのに、いざ行かなくていいとなると辛すぎてえぐい。もう10日くらいたつけど全然なれない。外に出るのが怖い。

 誰にも求められていない社会のお荷物の私が、人にどんな目で見られるのか。ニートだと知れたらどう思われるのか、そう思うと、ただでさえ出不精だったのにもうずっとネット通販と出前で済ませている。ただでさえ少ない貯金がどんどん目減りしていく。


 あああ、この生活を続けられるのも、もう長くないよね……。一応、残金確認しておこう。多分、ギリ三か月くらいはいけるはず。

 なんだか怖くなって、ベッドで丸まったままスマホをぽちぽちして口座の残金を確認する。


「……?」


 え? ……あ……ま、待って。待って。なんか、減ってない? え? なにこれ。いっぱい引き落とされてる? 七万も毎月減ってるのとかえぐ、え? あ……や、家賃。あ、あああああ。忘れてた。社会人になるから、家賃も生活費も、自分で払えって言われてたんだった……。

 終わった。このままだと電気もとまってしまう。スマホがない生活とか考えられない。もう死ぬしかない。あああ。


 ピン、ポーンー

 悶えていると、ふいに玄関ベルがなった。あれ? 宅配? こんな時間に? ちゃんと働いている風に19時以降指定したはずなのに。でもこんな社会のごみの私が、汗水たらして働いている宅配員さんを勘違いで二度手間させるわけにはいかない。


 仕方なく玄関に向かう。平日のこんな時間から家にいるなんて、どう思うだろう。ああ、死にたい。


「は、はーい。すみませんお待たせしてー」


 とりあえず堂々と、今日たまたま休日ですけど何か? な体でドアを開ける。


「や、久しぶり。っていうほどでもないけど」

「えっ!? あ、せ、先輩!? え?」


 ドアを開けてなんとか作り笑顔で挨拶すると、まさかそこにいたのは宅配員ではなく、学生時代からの先輩である井上亜子先輩だった。にこやかに挨拶した先輩は、きょどりまくる私に眉をよせた。


「えって、なに?」

「あ、す、す、すみません。平日なのに、その、まさか、いらっしゃるとは」

「じゃなくて、相手確認してからドア開けなきゃ駄目でしょうが。あと今日土曜日ね」

「え!?」


 土曜日!? まさか、私が辞めたの月曜日で、一週間まで覚えてたけど、え、そんなに立ってたの!? こんな短期間でもう曜日感覚なくなるなんて、やばい。ただでさえ私なんか社会のクズなのに。


「とにかく入れてくれる?」

「は、はい」


 そう言われたら仕方ないので中に入れる。

 亜子先輩は高校時代からの付き合いで、大学はいる時も勉強見てもらって、就職も推薦してもらってなので、めちゃくちゃお世話になってる。なので、とてもじゃないけど顔を見れないし、辞めることになってからも連絡できなくて連絡先消去して着拒してたのに。

 まあ、家を知られていたし、部署が違うとはいえ毎日のように会ってたのに急にいなくなれば不審に思われてすぐばれるってわかってた。いつか来るかもって思ってた。でも、先週末来なかったから。とうとう、先輩にも見放されたんだって、来てがっかりされて罵倒されないことにホッとした半面、ショックで泣いてたのに。一週ずらして来るなんて。


「で?」

「……? あ、す、すみません、すぐ飲み物用意します!」

「いいよ、はい、お土産のお茶! 座りなさい」

「……はい」


 自分の部屋のようにずかずか中にはいってきた先輩は小さな机の前に座ると、コンビニの袋から乱暴に500ミリペットボトルを出して二本机においた。そしてちょっと怖い顔で私を見ているので、そっと机の前に正座した。ご飯食べる時に使うだけで、朝使ったコップが置きっぱなしなのが気まずい。


「で? なんか私に言うことがあるんじゃないの?」

「あ、あう、あの、その……ご、ごめんなさい。その、私、折角先輩に、口利きまでしてもらったのに、その、く、首になっちゃって」

「そうじゃないでしょ?」

「え?」


 思わずそらしていた顔をあげて先輩を見る。先輩は真面目な顔をしていて、いつもいつだって微笑みまじりの柔らかな顔を向けてくれていた先輩がすると、それだけで怖くなってしまう。

 でも、そうじゃない? 他に何がある? 先輩に謝ること? ……そんなの、たくさんありすぎる。間抜けに口を開けたまま呆けてしまう私に、先輩は呆れたように机の上を指先でとんとんした。


「あのね、今更失敗したとか、やらかしたとか、そんなので怒らないって。今まで何年一緒にいたと思ってるの? そうじゃなくて、なんで、言わなかったの? 首になったって」

「それは……」

「そんなに私は頼りない?」

「そ、そうじゃないですけど……」


 先輩にだけは、見放されたくなかった。そうされても仕方ないけど、直接、その顔を、声を、聞きたくなかった。


「先輩の中では……せめて、就職できる、人並みの私でいたかったんです。少しでも長く、そう思われたかったんです……」


 私はクズだ。なんにもできない無能で、どうしようもないほど劣っていて、きっと生まれる種族を間違えたんだ。私は人間に生まれるような生物ではなかったのだ。哺乳類であることすらもったいないような存在だったのだ。

 それでもせめて一度は人並みに振る舞えていたことを、まともな人振っていたことを、普通の人間でいたことを、先輩の中の世界でだけでも、引き伸ばしたかったのだ。


「……まったく、ほんとに馬鹿だなぁ」

「す、すみません……あの、ほんと、すみません。生きていてすみません」

「いや、そんなことを謝らなくてもいいけど。もう、とにかく、早く相談してよね」

「はぁ……でも、その、今度ばかりは、と言いますか。先輩に他の職場を紹介してもらえたとして、同じことの繰り返しと言いますか、結局、私が人並みに生きるなんて無理なんです。私なんて所詮、人以下の存在なんです……」


 もうこのまま死んでしまいたい。と言うか、真面目に、バイトもしたことないし、自力で就職自体無理だし、宝くじでも当たらないと真面目に死ぬしかない。そうなると実家に家賃引き落とせない連絡がいって、死体が発見されるのか……あー、やばい。私、ほんとクズだから、本気で自分に価値がないのはわかってるし、生きてるだけで恥ずかしい人間だと思ってるけど、死にたくないなぁ。宝くじ、買ったことないけど買ってみようかなぁ。


「……で、そう言われて私が放っておくとでも? 私のこと、そう思ってたんだ?」

「う……でも……どうしようも、ない、ですよね」


 私はもう、手のつけようのない存在にまで成り下がってしまった。まあもともと、大した存在ではなかった。なんとか普通の人間に見えるよう見せかけてただけで、そのメッキすら剥がれたのだ。

 もう生きていけない。考えるほど、恥ずかしくなってきた。ああああ、他でもない先輩に知られてしまったんだ。私がどうしようもないダメ人間だって。親しか知らなかったし、あ、でも先輩と出会ってからマシになったと思われてるし、成長したってすごい喜んでくれてたし、やっぱり駄目でしたって知ったらショックだろうなぁ。

 まあ、言うて、とりあえずの命は保てるくらい面倒は見てくれるはずだし、実家に帰るしかないのかな。


「うーん、じゃあ、こうしようか、人間以下の足立環奈ちゃん」

「え、あ、は、はいっ」

「私のペットになる? 人間以下の環奈ちゃんでも、ペットにならなれるよね?」

「え……?」


 こうして私は、足立環奈と言う人間の立場を捨てて、先輩のペットのカンちゃんとして生きていくことになった。








 カンちゃんとして生きるのは、思った以上に楽なものだった。

 先輩、もといご主人様の家に引っ越して、ペットとして振る舞う。環奈ではなく、カンちゃんとして人ではない生き物として生きているのだと思うと、心がすっと楽になった。

 仕事をしていなくても、家からでなくても、何もしていなくても、人じゃなくてペットだから仕方ない。そう思えて、私は室内でだらだらしていてもお腹がいたくなったりすることなく過ごせ、少しずつ気持ちが前向きになっていくのを感じた。


「ただいまー」

「ご主人様、おかえりなさーい」


 以前はひたすら惣菜や冷凍食品で済ましていたのも、調理しようと言う気持ちにもなって、ペットになってから一か月になる今では毎日晩御飯を作るようになっていた。

 ご主人様をお迎えして、手洗いしてからダイニングにはいる後ろをつきまとう。部屋に入ったご主人様は、お、とにこやかに微笑んで私の頭を撫でてくれる。


「今日も作ってくれたんだ? すごいじゃん。今週これで皆勤賞だね」

「えへへ。ご主人様が何でもおいしいって言ってくれるからです」

「そりゃあね、可愛いペットが作ってくれたんだから、何でもおいしいよ。すぐ着替えてくるね」

「はーい」


 ご主人様は部屋着と外着を完璧に分けるタイプで、帰ってくるとすぐに寝室に入って部屋着に着替える。寝室にまでは行ってるなら、もう外気を室内に持ち込んでるも同然では? とは思うのだけど、そう言う問題ではないらしい。

 私は基本的に家から出る時にはさすがに最低限の服はあるけど、帰ってきたそのままで全然平気なタイプなので、やっぱりそう言うところきっちりしていると、人間でいられるんだなぁって感心する。


「じゃ、冷めないうちに食べよっか」

「はいっ」


 美味しい美味しいとご主人様は嬉しそうにご飯を食べてくれて、食後は洗い物をしてくれてから、お風呂にはいるまでの腹ごなしにダイニングテーブルの隣のソファに座ってテレビを見る。

 この時が一番重要で、最初にペットになる時に決められたルールで、私はペットとしてご主人様に可愛がられる。


「んー、今日も可愛いねー、よしよし」

「ん」


具体的には膝の上に頭を乗せてぐしゃぐしゃしたりたまに変顔にされたりする。


「よーしよしよし」

「ぬ、うーっ」


 鼻をひっぱられた。これはあんまり好きじゃないので、うーっ、と威嚇で抵抗した。


「ごめんごめん、嫌だったー? 痛くなーい痛くなーい」

「ん」


 はじめから痛かったわけではないし、そう笑いながらも私の鼻筋を撫でられたら許すしかない。この可愛がりタイム中は、言われたわけではないけどあんまり喋らないようにしている。だって本気でペット扱いされてるから、日本語を話すと我に返ってちょっと恥ずかしい。

 そう、私はこの生活でだいぶ心が人に戻ってきたのを感じていた。だから最初は何にも思ってなくて、むしろ唯一ご主人様に返せることだと楽しみにすらしてたこの可愛がり、ちょっと恥ずかしくなってきてる。


 でももちろん、こんな風に戻るまで見守ってくれているのもご主人様なので嫌とかはないけどね。少しずつご主人様の手助けを増やしていって、いずれはまた社会復帰できたらいいなと思っている。


「あ、お風呂沸いたね。じゃ、今日はカンちゃんも入るんだよ」

「私はいいです」

「駄目。今日で三日目でしょ。ほら、地肌油臭くなってるよ」

「う……わ、わかりました」


 頭に顔を突っ込んで匂いを嗅いで言われたら仕方ない。私はしぶしぶ頷いて起き上がり、ご主人様に手を引かれながらお風呂に向かう。


 さすがに毎日外に出て働いている時は毎日ちゃんと洗ってたけど、家に引きこもるようになってからは節約もかねて入らないようにしたらそれが癖になってしまって、普通にめんどくさい。今は夏だけど、一日中クーラーをつけてくれているから特別汗もかいてないし。

 あと、単純に一緒に入るの、ちょっと嫌だ。最初に引っ越しの日に動いて汗かいたのにめんどくさいからいいですって言ったのが悪かったんだろうけど、普通に体も頭も洗われる。ペットを洗ってるだけで他意はないんだろうけど、ちょっと、嫌なのだ。


 そしてお風呂からあがると、寝室に移動する。ちょっとのぼせかけていて、ふぅふぅ言いながらベッドに寝転がる。私のベッドと言うのはなく、ご主人様のベッドに間借りさせてもらっている。

 ペットではよくあるし何にも考えてなかったけど、最近はいくら私が小柄でご主人様が大きいとはいえ、狭いのでは? と気付いている。引っ越しで衣類や漫画も持ち込ませてもらっているし、元々一人暮らしにしては広いとはいえ、二人のベッドを置くほどスペースはない。迷惑をかけてるな、と思う。今更だけど。

 だからこそ、ちょっとでもご主人さまの力になりたい。


「あの、ご主人様」

「んー? 何? もう眠い?」

「いえ、あの、明日、お休みで買い物に行かれるじゃないですか」

「うん。買ってほしいものがあるならメモしておいてね」

「あの、その……明日、私も行って、荷物持ちしますよ」


 私なりに勇気を振りしぼった。元気が出てきているとはいっても、室内でペットとしてのことだ。まだ、外に出るのはちょっと怖い。私みたいなやつが、外に出てどうみられるのかと思うと怖い。

 でも二人分の食料と言うだけでも結構な荷物なのだ。ただでさえお金は全部ご主人様負担なんだから、ちょっとでも手伝いたい。


「駄目だよ」

「え……」


 断られた。笑顔のまま、だけど有無を言わさない強さで。ご主人様はテレビをつけて私の隣に座って、頭をまた撫でる。


「カンちゃん、ペットになる時にした約束、忘れた? お馬鹿だから忘れちゃったかな? 復唱できる?」

「え、えっと」


 1 ご主人様と呼ぶ

 2 ペットとして可愛がられる

 3 お家でお留守番をする

 4 スマホは使用禁止


 以上だ。スマホ禁止は最初、えーと思ったけど、でも代わりに自由につかっていいとタブレットとパソコンを用意してくれて、親に連絡するとかはご主人様と一緒の時に使わしてもらうので、特に不便じゃない。

 ご主人様呼びも、自尊心を失って自虐的になっていた私の為に言い出したんだろうし、家で何をしていてもいいし、テレビもネットも使い放題で毎日快適だ。今でこそ夕食をつくったりしているけど、それでもそれ以外の全てをご主人様におんぶに抱っこの快適すぎる生活をさせてもらっている。


 それはともかく、だから不思議だ。別にご主人様が怒るようなこと言ってないよね? むしろ社会復帰に一歩進む、頑張ったこと言ったと思ったんだけど。


「うんうん、覚えてて偉いね。じゃあ、わかるでしょ? カンちゃんはお留守番だよ。散歩はなし」

「え、そういう、いや、でも、ご主人様と一緒だし、多分、大丈夫だと思うんだけど」

「カンちゃん」


 私を優しく呼んだご主人様は、頭を撫でるのをやめてそっと私の顔を挟むように持ち上げて正面から目を合わせた。


「大丈夫かどうか、決めるのは私だよね?」

「は、はい……ごめんなさい」


 真剣な顔で言われたのでつい謝ってしまった。そうかな? 外に出て大丈夫かって私のさじ加減なんじゃ? でもご主人様から見てまだ私の精神状態は外に出れるものじゃないってことなのかな?

 俯きそうになるけどご主人様の手で俯けず、視線だけ下げた私にご主人様はにこっと、いつもの優しい笑顔になってそっと私の頬から顎、首にかけてなでる。何故かその手付きに、ぞっとした。


「ごめんね、恐かった? 大丈夫?」

「だ、大丈夫です。その……ご主人様が、私の為に言ってくれてるのわかりますから」

「うん、そうだよ。カンちゃんはね、ずっとお外になんて出なくていいんだから。ずっと安全なこの家の中にいればいいんだからね?」

「……」


 あ、あれ? なんか、ちょっと、違うんじゃないかな? ずっと? ずっとって、もしかして、私のこと一生ペットにするつもりでいるってこと? いや、まさかね? 確かにいつまでなんて話はしてないけど、私が社会復帰できるようになるまで、その為に言い出してくれたんだよね?


「……あの、ずっとこの家の中って言ってくれるのはありがたいですけど、その、現実的には、難しいです……よね?」

「何が難しいのかな?」


 微笑んだままなのにその細められた目が、首にあるご主人様の指が、本気だと伝えてくる。あ、あ、こ、こたなきゃ、こ、ここにいられない理由、ペットな私でも外に出た理由!


「ひっ、引っ越しとか、必要になります、よね? 賃貸ですし、終の住処ってわけでは、ないですし……。ここ、一応、単身者向け、ですし?」

「なるほど、確かにね。カンちゃんは色々考えて偉いね。二人でも十分な広さだと思うけど、やっぱり賃貸はね、何十年も住むってことはないよね」


 なでなで、と首筋から両肩へとご主人様の手が降りていく。

 あ、ああ……いや、何を私、助かったとか、考えてるんだ。だってご主人様だよ? 高校時代からお世話になってる先輩じゃん。実際メンタル回復してきてるし、先輩ほんとにいい人だからこそ、私がもうどうしようもないってなって、私の一生を面倒みてあげようって思ってくれたわけじゃん?

 そう、だから、先輩は何も変わってないし、優しいままなんだ。私が勝手にびびってるだけで、先輩は私にひどいことなんて何もしてないんだ。首とか、お風呂にもいれてもらって触られてるのに、首を触られてるだけで怖がる方がおかしいんだ。


「ご、ご主人様……膝枕、してもらっていいですか?」

「ん? もちろん、いいよ。おいで」


 微笑んで膝をたたいて促され、そっと頭をのせる。いつも通りの優しい手付きで撫でられてほっとする。


「……ん」


 ぐいぐいとご主人様の膝に顔をこすりつける。この家に住んでからなれたご主人様のいい匂い。落ち着く。


 ……さて、どうしようか。最初はまあ、何にも考えてなくて、ペットとしてなら生きてもいいかも、くらいの感じだった。先輩がどういうつもりで言ったかも考えてなかった。ご主人様と暮らしてちょっとずつ楽になって、その為に保護してくれたんだろうなって思って、勝手に社会復帰を支援してくれてるんだろうなって思った。

 恩返しも兼ねて、少しでも役に立ちたくて夕食を作り出したのがいまだ。先輩のペットをやめて、ご主人様と暮らすのをやめると言うのは、多分できなくはないだろう。ご主人様は一生私の生活を見る覚悟で言ってくれていて、それを無為にするのは私なのだし怒られたり今度こそ失望されたりして、別れることになるんだろうけど。そうしたら人間として生きられるんだろう。


 でもそもそも私、先輩抜きで人間として生きられるのか? 公立高校すらぎりぎりの補欠合格で、親からも一人っ子で可愛がってもらってはいてもまあ顔はいいから、最悪人生何とかなる以上の慰めがもらえない人間なのだ。実家に戻ったら多分そのうちお見合いして面倒見てくれそうなところに嫁に行くんだろう。

 このまま社会復帰して一人で生きていくのは無理だろう。前向きになってなお、私にそれは無理だなって思う。バイト生活がせいぜいだろう。


 知らないおじさんに面倒みられるなら、このまま先輩のペットでいるのとあんまり変わらないのでは?


「……ねぇ、ご主人様」

「なに?」

「その……私のこと、ペットにして、嫌じゃないですか? 迷惑じゃないですか? 私、何か一つでも、先輩にいてよかったって、思えてもらえてますか?」

「ふふ。何言ってるの? ペットはね、いてくれるだけでいいんだよ。迷惑かけられるのすら嬉しいんだよ。私はカンちゃんが好きだし、必要だよ。いてくれるだけで幸せなの」


 ……う、ううう。嬉しい。先輩だけだ。昔から、先輩だけが私を見放さなかった。どんくさくても、迷惑をかけてもずっと笑ってフォローしてくれて、何をしても、いつも楽しそうにしてくれていた。

 正直、人間がマジでペットになるってちょっとやばいと思う。同じ世話になるにしても夫婦ならまだしも、ペットって。お風呂のお世話も汚いところまで手で洗うし、さすがに本気で人権ないペットみたいにしてお世話して可愛がられると思ってなかった。

 でも、いいかな。私がいるだけでいいって言ってくれるなら、それで幸せだって言ってくれるなら、私、ペットでいいかな。


 ご主人様が幸せなら、私も幸せだもんね。


「私も、ご主人様が好きですよ」

「ふふ、可愛いなぁ」


 ちゅ、と後頭部にキスされた。

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