第13話 看板娘と遠足前夜


「ただいま〜」


 異世界に来たら言ってみたい台詞ランキング第3位である。

 つまりは宿屋へ無事に着いたということだ。

 道中は何もイベントは起こらなかったが、路地裏に誘う女性と付いて行く男性が多かった。

 鋼の精神力を持つ俺には効かなかったが、もし銅の精神力だったら危なかったかもしれない。


「ぐぅ〜……」


 空腹の為、先ずは食堂へ……



「うわ〜、人が多いなぁ……」


 大勢の人達が飲食中のようで、とても賑わっている。

 どうやら夜になると、酒場としても営業をしているらしい。

 余り目立たぬよう、端の席に座る。すると、あの2人組が俺の元へ近付いて来た。


「待ってたぞ!」


 ブリはそう言いながら勝手に俺と同席し、ついでにブラも同席を。

 しかし2人に構わず俺はコールベルを押す。



 暫くして俺の元へ来たのはなんと、あのスズであった。

 首には凪の首飾りをキチンと着けてあったのでホッと一安心。


「いらっしゃいませ、お兄ちゃん」


 可愛らしい声で挨拶をするスズ。

 しかもスズ自身も相当に可愛い。


(俺もこんな妹が欲しかったなぁ〜)


 すっかりデレデレになった俺に、スズは困惑したようだ。


「……お兄ちゃん?」


 首を傾げて不思議そうな顔で俺を見るスズ。

 ハッ! と目が覚めた俺は慌てて料理を注文した。


「えーと……じゃ、じゃあ、この料理を!」


 日替わりディナーというメニューがあったので、ソレを注文したのだ。



「ご注文をくりかえします。コッコのーー」


 スズは注文を繰り返した後にお辞儀をし、厨房の方へ下がった。

 流石は看板娘だ、しっかりしている。


「やっぱりスズちゃんは可愛いなぁ……」


 スズの後ろ姿を見ながら俺は、再びデレデレしていた。


「おい! 聞いてるのか!?」


 俺がデレてる間にブリが何かを言っていたようだが、正直何も聞いていなかった。


「もう一度だけ説明してやるから、今度こそよく聞いとけよ!」


 そう言った後に、改めてブリは喋り出す。

 ブリの話だと植物系の魔物がメインのダンジョンを挑戦中らしく、ソコを攻略するのに火炎系の魔法や魔導具が必須とのことだ。

 通常ならば魔導士を仲間に加えるのだが、2人にその気は無いらしい。

 それが今回の依頼に繋がるという訳である。


 次は俺のターンだ。

 早速、2人に報酬の話を持ち出すことに。

 初めは金銭の話になったが、その話は却下した。

 どうやらそのダンジョンのボスはトレントらしく、そのトレントの枝を報酬に指定。

 素材ランクは星2のようなので、今の俺には有難い。


 2人も承諾し、ブリと握手……はしなかった。それより今は食事を楽しみたいのだ。

 早く料理が来ないかとソワソワし出す俺に、突然ブラが問い掛ける。


「ねぇ、アンタって彼女はいんの?」


「えっ!? ……えぇっ!?」


「!?」


 俺は思わず二度見した。

 まさかそんな質問をされるとは思っても見なかったのだ。現にブリも無言で驚いているし。

 それに、言うならせめて恋人と表現して欲しい。ド直球過ぎて返答に困るので……


「い、いないよ……今はね……」


「ふーん、そっか!」


「!?」


 取り敢えず俺は今はいないと答えた。今は……ね。

 だがその答えにブラは安堵したようにも見える。

 ブリに至ってはブラの安堵した表情を見て再び驚く始末。

 

(もしかして、俺って……モテ期?)


 そう思わずにはいられないのだ。

 だが、その分どこかで手痛いしっぺ返しを食らいそうで怖い気持ちもある。何事も程々にが1番だ。

 しかし、確かにブラはヤンキー色の強い顔立ちだが、実は綺麗な目鼻立ちをしているのだ。うんうん、イイね!



「おまちどうさま、お兄ちゃん」


 注文した料理をスズが運んで来たようだ。


「おっ! きたきた! スズちゃん、ありがとね!」


 丁度、話が落ち着いた時に料理が来てくれた。

 スズに礼を述べてから料理を頂き出すと、2人は空気を読んだのか部屋へ戻って行く。

 2人が食堂から出たのを見届けてから俺は食事を再開。



「……んっ!? このつくね、うまっ!」


 特に「コッコの軟骨入り鶏つくね」は最高に美味かった。



 食事を取り終えた俺は、スズに礼を述べに出向く。


「スズちゃん、とっても美味しかったよ……ありがとね!」


「えへへ……おそまつさまでした、お兄ちゃん」


「んぐっ!?」

(うっ、ヤバい……鼻血が出そう……)


 スズの満面の笑みにやられてしまった。

 つまり、そのくらいスズが可愛いという事なのだ。

 鼻をつまみながら俺は、フラフラと部屋へ戻ることに。



 どうにか部屋へ戻ると、真っ暗なので備え付けの照明を点けた。


「おぉー!」


 驚く事に前世のものと似た仕組みなのである。

 部屋へ入ってすぐの壁に四角の突起が付いており、ソレに触れながら魔力を通すと天井の照明が点くのだ。その事を知り感激に浸る。


 感激の最中、ドアをノックされる。

 大方の予想はしていたので、そのまま入るように指示。

 案の定、ブリとブラの2人であった。

 丁度2人の情報が欲しかったので、事情を話してから2人を一度にスキャン。


(ブリ HP 1400/1400・MP 200/200)


(ブラ HP 800/800・MP 700/700)


(なるほど……ブリさんは脳筋タイプで、ブラさんはバランスタイプな訳か……)


 2人にはスキャンした内容を伝えたが、どうやら半信半疑のようだ。まぁ、いいけど。


 次は2人の装備品を確認する事にした。

 防具ではブリがアイアンプレートで、ブラがライトメタルプレートを装着している。


「ライトメタル……やっぱり普通の鉄じゃなかったな……」


 以前見た時に感じた違和感は間違いでは無かったのだ。

 防具に関しては特に問題は無さそうなので、続いては武器の方を確認することに。


 ブリはヘビーメタル製の大剣を、ブラはライトメタル製の双剣を愛用しているようだ。

 どちらも素材ランクは星2なので、そこそこ良い魔法付与が出来そうである。


(でも、何も武器に火炎系の魔法を付与する必要は無いのでは……?)


 そう考えた俺は、ストレージから青色の鱗と赤色の甲殻を手早く取り出した。


 実は購入した素材は全て、取り出し易いようストレージ内で小分けにしておいたのだ。

 早速、手早く取り出した2種類の素材をスキャンした。


(ブルーリザードの鱗 星2)


(レッドビートルの甲殻 星2)


(ブルーリザードは青蜥蜴で、レッドビートルは赤兜虫という感じか?)


 見た事のない魔物なので想像がし難いが、星2ならたとえ遭遇しても対応可能だろう。


「それとソレ……いきなり出現したよな……?」


「うん……あたしにも、そう見えた……」


 2人はストレージを見て驚いている様子。

 2人のその表情が見たかったのだ。この時の俺はきっとドヤ顔をしていたハズ。



 気を取り直し、先ずはブルーリザードの鱗を魔導具にした。

 形状は腕輪で付与は「燐火」……謂わゆる青白い火の玉である。

 青白色の素材なので青白い炎にしてみた。

 名称は「燐火の腕輪」だ。


 次はレッドビートルの甲殻を魔導具にした。

 形状はこちらも腕輪で付与は「火箭」……火矢の事である。

 無数の火矢を放つ事を想定した魔法だ。

 名称は「火箭の腕輪」に。

 ネーミングセンスに関してはノーコメントで……


 製作が完了し、燐火の腕輪をブリへ、火箭の腕輪をブラへそれぞれ手渡す。

 2人にはこれで火炎系の魔法が使える事を説明した。

 再び2人は驚いていたが、魔導具製作の工程を見ていたせいか、2人からの懐疑的な表情は見受けられない。


「早く、早く試してぇ!」


 いきなりブリが燥ぎ出した。


「これで先に進めるわ!」


 突然ブラが燃え出した。

 どうやら2人は朝になり次第、すぐにダンジョンへ向かうそうだ。余程ダンジョンを攻略したいのだろう。


「……!!」


 その話を聞いた瞬間、俺は閃いた。

 2人に俺も同行すれば良いのだ! そうすればトレント以外の素材も手に入る上、2人に授けた魔導具の性能も確認が出来る!

 更に、異世界に来て初めてのダンジョンに挑むというタスクも達成出来るとなれば、一石二鳥……いや、一石三鳥にもなるのだ!


 この様に閃いてすぐ、2人に同行の許可を願い出る。

 すると2人は即OKしてくれた。寧ろ、歓迎するとまで言われてしまったのだ。


 魔法付与の件はこれで完了したので、あとは明日に向けて早く寝るだけである。

 2人は自室へ戻り、俺もシャワーを浴びたり歯磨きをしたりと寝る用意に勤む。

 そして最後は消灯し、ベッドの上に寝転んだ。


 自分で決めたとはいえ、まさか異世界に来て数日でダンジョンへ挑む事になるとは思わなかった。

 それでも楽しみで楽しみでとても眠れそうにない……と思っていたが、ベッドが気持ち良すぎてすぐに眠れそうな気がする。


「なんか、小学生時代の遠足前夜みたいな夜だなぁ……」


 俺はウキウキしながらもウトウトしていた。


「明日は晴れると良いな……」


 最後にそう呟いて、深い眠りに就く俺であった……

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