第12話 店舗と生活魔法
「……やっと、着いた……」
商人ギルドに到着したのだが、この台詞には理由がある。
それは、この場所へ辿り着くまでにまた迷ってしまったのだ。
実は前世の頃から方向音痴で、度々サキを困らせていたのである。
しかし、今ではその記憶も定かではない。
(またか……でも、なんで思い出せないんだ……?)
不思議に思いながらも自動ドアの前に立ち、そしてドアが開く。
「おぉー!」
やはり自動ドアには感動する。
興奮を抑える事が出来た分、マシというものだろう。
そのまま中へ入り、一直線に受付まで向かった。
「……あれ? オルガさんがいない……?」
受付は4箇所あるのだが、オルガの姿はどこにも見られない。
「楽しみにしてたんだけどなぁ……」
仕方がないので、取り敢えずは1番近い受付へ向かう事に。
実はその受付にも女性の職員が立っているのだ。悲しい事にこれが男の性というものなのさ。
早速、俺は昨日の件を伝える。すると、即座に女性職員から返答が。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
前回と同じパターンだ。これはナオの自室へ直行する気だな。
ガルムもいる筈なので、念の為にオートガードを発動しておく。
(これで、いつ襲われても大丈夫だ)
やはり前回と同じ部屋まで来た。
すぐに女性職員はドアを2回ノックする。
「お客様をお連れしました」
すると、部屋の中から返事が聞こえてくる。
「分かった、入れてくれ」
この声はナオで間違いない。
その瞬間、ふと頬にキスをされた時の事を思い出す。顔が熱くなったのが自分でも分かる。
そして、その状態のまま部屋の中へ入ってしまったのだ。
中に入ってすぐにナオと目が合った。すると、ナオから一言。
「うん? どうした? 顔が赤いぞ?」
「……」
俺は何も言えなかった。
まさか「あの時の事を思い出していました」とは口が裂けても言えないのだから……
不思議そうにしながらもナオは、商売の件を話し始めた。
先ずは店舗の話になり、候補は全部で3箇所あるようだ。
実際にナオと物件を回りながら説明を受け、そして思案を開始。
1軒目は2階建てでそのまま住めるようなのだが、家賃が高い上にギルドまでが遠い。
2軒目は程良い広さに加えギルドまでは比較的近いのだが、とにかく古い。てかボロい。
3軒目は少し小ぢんまりとしているが、3軒中1番新しく何よりギルドまでが最も近い。
「うーん……」
かなり悩むところだが、ここは必殺技の消去法を使うしかあるまい。
取り敢えずはナオの自室に戻ってから決める事になった。
1軒目は家賃に関しては別に平気だが、ギルドから遠いのと何よりあの宿屋から出る事になるからパスだ。スズの事も気になるし。
2軒目はリフォームから始めないと行けなくなりそうだからパス。
3軒目は少し小ぢんまりとしているのが気になるが、それ以外に問題は無い。
「……よし! 3軒目、キミに決めた!」
いかにも魔物玉から魔物を出しそうな決めゼリフだ。しかも意外にノリノリだったりもする。
「……」
やっぱりね。ナオが無言になりましたよ。異世界ネタはウケないが一般常識ですからね。
「コホンッ、失礼しました。それでーー」
俺は気を取り直して話し合いを続けた。
すると、ナオも3軒目の物件で異論は無いとのこと。
この後は素材の話に移るのだが、実際問題どの素材が良いのかが俺には分からない。なので、素材を直に見せて貰う事にしたのだ。
素材の保管場所にはナオが案内してくれる事になったので、女性職員とはその場で別れることに。
その時、俺は少しだけ寂しく感じた。
ナオに連れられ、隣に併設された建物へ移動。
その建物内には素材以外にも様々な品物が保管されているようだ。
早速俺は、魔導具に加工が出来そうな素材をスキャンしながら見繕い始める。
(星1 鉄・銅・銀・金)
(星2 白金・ライトメタル・ヘビーメタル・青色の鱗・赤色の甲殻・黄色の枝木・黒色の角・白色の牙)
(星3 ミスリル・黒曜石・金剛石・玉鋼)
どうやら星3の各素材は少量のみらしい。
補足として、素材ランクは星1〜星5まであり、星4と星5は滅多に手には入らないそうだ。実際、この中には見当たらない。
(流石にヒヒイロカネやアダマンタイト、オリハルコンのような素材は見当たらないな……)
正直残念に思ったが、無いものは無いと割り切る事にした。
その後は資金と相談して、全種類を成し得る限り購入する事に決定。
そして総額は498万イェンとなった。(ゴクリッ)
ギルドローンで500万イェンを借りたので、そこから素材の代金を支払う事になっている。
仕入れた素材は全て、その場でストレージへ収納した。
その光景を見たナオは、瞳をランランと輝かせながら俺に頼み事をする。
「頼む! 魔導具を作るところを見せて欲しい!」
「……しょうがないですね」
ナオの押しに観念した俺は、ナオとガルムの目の前で魔導具を製作する事になり、製作場所はナオの自室に決定した。
「早く行くぞ!」
「……はい」
(そんなに見たいのか……?)
こうしてナオの自室へ戻った俺は、ナオに急かされたので早急に銀の加工を開始。
形状は全て指輪にし、魔法付与はオリジナルの生活魔法にする予定だ。
理由として、この世界には生活魔法という概念が無いらしく、基本的に治癒士や魔導士以外は一切の魔法が使えないからである。
生活魔法は、着火・給水・送風・製氷・発光・清潔の計6種類にした。
あとは魔力消費を抑えれば、誰でも生活魔法を使えるようになるハズ。
街の人達の支えになればと思いながら俺は製作に励み出した。
(魔導具製作中……)
「……完成だ!」
かなりの時間を要したが、魔力にはまだ余裕がありそうだ。
しかし長時間の集中をした為、疲労感は相当なものである。
「コレ、使ってみても良いか?」
ランランと瞳を輝かせながらナオは聞いてきた。
「……どうぞ」
疲れた表情で俺は返答し、ナオは着火の指輪を装備し発動した。
「おぉ! 凄い! 魔力量がそこまで多くない私でも、気兼ねなく使えそうだ!」
ナオは興奮しながら喋り出す。
「ほらっ! お前も使ってみろ!」
ナオがガルムにも勧め、ガルムは製氷の指輪を装備し発動した。
「うおっ! 小さな氷が出てきた! スゲェ! 」
ガルムは子供のように燥ぎ出す。
俺はこの6種類の中で、どれが1番需要がありそうなのかを2人に聞いてみた。
「んー……コレっ!」
すると、2人の答えは完全に一致。
1番需要がありそうなのは、どうやら製氷のようだ。
この世界で雷魔法や氷魔法が使えるのは他国にある、ごく一部の街や部族だけらしい。
この国での習得者は1人もいない可能性すらあり得るとのこと。
それ程までに凄いものを生活魔法とは言えど、俺は製作してしまったのである。
しかし、製作した以上は商品にするつもりだ。異論は認めない。
開店は3日後の予定で、それまでに店内の清掃や配置決め、あとはもっと品数を増やさねばならないのだ。
「これから、忙しくなるな……」
前世ではまだ学生だった俺が、まさか異世界に来て初めて仕事をする事になるとは……期待と不安が入り混じるが、不安の方が強く感じる。
「大丈夫、私が付いてるから」
俺の左手に両手を触れながらナオは囁いた。
きっと俺の不安を感じ取ったのだと思う。
そして俺は、不安が徐々に薄れていくのを感じた。
「ありがとう、ナオさん……」
ナオに礼を言うと、ナオは優しく微笑む。
それに釣られ俺も微笑み返す。
(空気が甘い……)
ガルムはそう思ったらしい。
商売の件は一段落が付き、俺は宿へ帰ることに。
「それでは、失礼します」
「……あぁ、また会おう……」
「気を付けて帰れよ?」
帰る直前、ナオとガルムに挨拶をしたのだが、心なしかナオの元気が無いように見える。
(もしかして、俺と別れるのが寂しかったして……?)
そんな都合の良い妄想をしながら商人ギルドを後にした。
「そういえば、オルガさんって今日は休みだったんだよな……」
結局はオルガに会えず、残念に思う気持ちだけが残った。
そして俺は、肩を落としながら宿へと向かい始める。
「それに、あの夫婦にも会えなかったし……」
例のあの夫婦だが、今は男性の方が治癒院に入院中らしく、女性の方は毎日面会に行っているので職場は休職中とのこと。
「あとで見舞いに行ってみるか……」
そう呟きながら、ふと空を見上げる。
既に夕日が落ち、空はかなり暗い。宿へ着く頃には夜になっているだろう。
「はぁ、月を見て気を紛らわすか……」
俺はうっすらと輝く青い月を眺めながら宿へ向かうのだった……
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