第11話 モブタと旅人
「……はっ!?」
目が覚めると、知らない白い天井だ。
うん、確かに知らない天井だ。既視感があったのでつい疑ってしまったのである。
まぁ、あの時は天井ですら無かったのだが……
「あ〜、身体が軽い!」
気持ちよく寝れたお陰か、昨日とはまるで違う身体のような感覚である。
「そういえば、何時間寝てたんだろ?」
窓の外を見てふと思ったのだ。
そしてその流れで部屋中も目を通してみる。
目を通して意外だったのは、店の外観とは打って変わり部屋の中が小綺麗にされていることだ。
何故か懐かしく感じ、居心地も良く感じる。
その後はレイ達に挨拶をする為、部屋から出て1階へ降りた。
「おはようさん!」
レイの方から先に挨拶をしてきた。
「おはようございます」
俺もレイに挨拶を返す。
驚くことに、レイの話だと俺は16時間程寝ていたらしい。
しかも俺が寝てすぐにスズが目を覚まし、俺に礼を言えず残念がっていたようなのだ。
(スズちゃん、ごめん!)
あとはレイから朝食をご馳走したいと言われたので、お言葉に甘えて頂くことにした。
レイの案内で食堂へ行くと、とてもイイ匂いが漂っている。
どうやら俺が来る前から3組の宿泊客が食堂にいたようだ。
それは3人組のゴロツキ達と2人組の冒険者達、そして黙々と朝食を食べる1人の旅人を含む計3組である。
ゴロツキ達と冒険者達は俺が来るなり一睨みしてきたが、旅人だけは気にも留めていないようだ。
なので俺も気にせず席に座り、朝食を頼む。
(この連中は昨日のあの視線とは関係無さそうだな……)
そんな事を考えながら料理を待つ。
「お待ちどうさん!」
レイが朝食を運んで来た。
朝食の献立は、モブタの酢豚とモブタ入りシチュー、人参シリシリサラダと黒パンの計4品だそうだ。
「モブタ? それと、ダジャレか?」
モブタを知らない俺に、レイは驚きながらも説明してくれたのである。
モブタは藻豚と書くらしく、池や川の浅瀬に生えている藻を主食としているそうだ。
特にビタミンやミネラルが豊富で、豚料理と言えば真っ先にモブタの名前が出るらしい。
「はぁ〜、イイ匂いだ! あっ、ヨダレが!?」
こうして俺は料理を食べ始めることに。
「いただきます……うまっ!」
水分が多いのかとても瑞々しく柔らかい。
「こ、これは美味すぎる! フォークを持つ手が止まらん!」
早食いをする姿は食戦士の如く。
「……」
レイは遠くの方から俺の食べる姿を見て唖然としている。
そして俺は食の手を止める事無く、あっという間に完食してしまった。
「ごちそうさまでした」
とても満腹満足したので、今日からモブタは俺の好物に認定しようと思う。
こんなに美味い料理が毎日食せるかと思うと、楽しみで仕方がない。今日も一日頑張れそうだ。
朝食を取り終わり席を立とうとしたその時、1人の男に声を掛けられた。
「やぁ、ちょっといいかい?」
声を掛けてきたのは例の旅人だった。
見た目は、赤いスナ○キンのような風貌に20代前半の優男である。
一体、俺に何用があるのだろうか? 俺は怪訝な目で旅人の顔を見る。
すると、旅人は俺の左肩に手を乗せ、冷ややかな声で耳打ちをした。
「キミ、昨日商人ギルドで物凄いコトをやってたよね?」
俺は一瞬ギクリとしたが、すぐに平静を装った。
しかし、まさかあの現場を見られていたとは……徐々に背中から冷や汗が流れ出す。
(流石にやり過ぎたか? でも、あの時はああするしか……)
俺の迷いを感じ取ったのか、旅人は呟いた。
「大丈夫、別に何もする気は無いから」
じゃあ、なんでそんな事をわざわざ言いに来たんだ? と思ったが口には出さなかった。
旅人は先程とは別人の様にニコニコと明るい表情をしている。
寧ろ、その表情の方が俺には恐ろしく感じた。
「おっと、もう行かなきゃ。それじゃあ、また」
旅人はそう言い残して去って行った。
(……また?)
どうやらまた俺に会う気らしい。
あの旅人からはチノやガルムとはまた違った怖さを感じた。
「……」
俺は考え事をしていた。
本当ならもう会いたくはないのだが、この展開は会うパターンだろう。
そう、先程の会話はフラグなのである。
折角のフラグが恋愛フラグではない事が残念でならない。そんな事を考えていたのだ。
フラグが立った俺は席も立った。
そしてレイの元へ赴き、朝食の礼を述べる。
どうやら料理を作っているのはベルのようだ。
今は厨房に入っているので直接の礼は言えないが、今度会う機会があれば言うつもりである。
取り敢えずはレイから伝えて貰うよう頼んだ。
レイとの会話が済み、今度は商人ギルドへ足を運ばねばならない。
それは、例の商売の件で話し合いの為である。
俺は食堂からそのまま宿屋の外へ出ることに。
外は快晴だ。
俺は背伸びをし、商人ギルドへ向けて歩き始めた。
昨日通過した道を再び通ったが、あの視線は感じない。
(そういえば、昨日世話になった爺さんも見掛けないな……)
そんな事を思いながら歩を進めていると、後方から誰かを呼ぶ声がした。
「おい! そこのお前!」
一応、俺は振り返った。
こういう時は確実に主人公が呼ばれるものなのだ。まぁ、自称主人公なのだが……
声の先には食堂にいた2人組の冒険者達。
(男女の2人組とは珍しいな……)
因みに俺を呼んだのは男の方である。
何用かと問うたところ、俺が魔導士だと思い声を掛けたらしい。
しかし、残念ながら俺は魔導具師だ。完全に勘違いである。
「それでは、失礼します」
そう言って再び振り返ると、冒険者達も再び声を掛けてきた。
「まっ、待ってくれ!」
男の冒険者に引き留められた俺は、仕方が無いので話を聞く事にした。
2人の名前はブリとブラという兄妹で、元旅人の冒険者とのこと。
兄のブリは茶髪碧眼で、体格はデニムに似て筋骨隆々の強面な顔をした男である。
話し方から察すると、礼儀しらずの無作法者に感じた。
大剣を斜めに背負わせており、鉄製のプレートアーマーを装着している。
(いかにも、ザ・戦士って感じだな……)
初見で俺はそう思った。
続いて妹のブラだが、茶髪碧眼の体格はスリムでお淑やかな胸元を持つ、目つきの鋭い女だ。
まだ会話をしていないので性格までは分からないが、見るからにヤンキーのような気がする。正直、強面のブリより怖い。
(顔をあんまり見てると睨まれそうだな……)
そう思った俺は、ブラとは極力目を合わせないようにした。
ブラは腰に短めの双剣を装備しており、やはり鉄製のプレートアーマーを装着しているようだ。しかし、ブリのとは材質が違う気がする……
(気になるからあとで調べる事にしよう……)
俺の中にある魔導具師の血が騒いだ。
因みに、俺が初見の感想を心の中で話している間もブリは話し続けていたのである。
確か「3年前に魔物に襲われていたところを或る冒険者達に助けて貰った事から冒険者に憧れ、そして現在に至る」とかなんとか……
魔導士を探していた理由は、魔法付与をして貰いたいからだそうだ。
俺は何の魔法を付与して貰いたいのかを聞いてみることに。
すると、装備している大剣や双剣に炎を纏わせる魔法を付与して欲しいとのこと。
俺なら可能だが、場所が悪い。こんな所で付与をしたら絶対に目を付けられてしまうだろう。
(しょうがないな…… まぁ勿論、報酬は頂くけど……)
本当は余り関わりたくはないが、2人は相当に困っている様なので協力することに。
「それじゃあ、また」
「おう! またな!」
「えぇ、またね!」
2人もあの宿に宿泊中なので、今夜に付与する約束を交わして解散。
「ふふっ、悪くないな……」
あの2人の嬉しそうな表情を思い出し、こういうのも悪くはないなと微笑む。
「あぁ、早く逢いたいなぁ……」
それから再び商人ギルドへ向けて歩き出す。あの3人に逢うのを楽しみに思いながら……
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