第9話 QEDと口紅


「追加注文を頼む人はいますかぁ〜?」


 キュロットのその言葉に反応した俺は、透かさず手を挙げ料理名を伝えた。

 初めに注文したメインの料理は既に食したので、次は食後のデザートを食したいと思ったのである。


 そのデザートが来るのを待っていると、俺の右隣にいる受付職員の女性が声を掛けてきた。


「すっごく、格好良かったよ」


 きっと語尾にハートマークが付いていることだろう。

 そして女性の頬が赤く染まっているように見える。

 俺達は互いに自己紹介も兼ねて会話をした。


 この女性は銀髪碧眼で名前はオルガ。

 年齢は25で未婚とのこと。年齢の件は読み通りだったが、まさか本当に的中するとは思わなかったので少し驚いた。

 因みに年下が好みらしい。7歳差か……悪くない。


 オルガの前職は元傭兵で、傭兵時代にナオに見込まれて商人ギルドへ就職したらしい。

 今ではナオに師事を仰ぎ、訓練で腕を鈍らせないよう心掛けているとのこと。

 道理でギルドでの動きが普通ではないハズだ。



 それにしても、やたらと俺の右腕に胸が当たってくる。


(……もしや、わざとか? 誘われているのか?)


 想像すると顔は緩み、こういうのも悪くはないと拒みはしなかった。

 


 こうしてオルガの方を向いて会話をしていると、反対側から痛いくらいの視線を感じる。

 嫌な予感がしつつもゆっくり振り返ると、案の定フレアからの視線であった。

 しかも、フレアの右手にはテーブルナイフが握り締められており、今にも刺されそうで凄く怖い。

 

 だが、それすらも心地良く感じてしまう。

 何故なら俺は今、オルガから過剰な好意を、フレアから可愛い嫉妬を受ける事で、ある証明が成されたのだから。


 それは、異世界に来ても性欲や劣情は失われないという事が今、証明されたのだ。

 まさに、QEDというやつである。



 1人でおかしな妄想をしている間に、俺を挟んで静かなる戦いが始まっていた。それは、フレアとオルガの2人だ。


(なんか……俺の目の前に火花が見える……)


 しかし、丁度のタイミングで追加注文の料理が来たのである。俺は思わずホッとした。

 

 食後のデザートである「ワップル」というリンゴ味のワッフルを食していると、ナオから商売に関する具体的な説明と、もし店を開くなら商人ギルドの側にして欲しいとの打診があった。

 商売に関する話は俺も望んでいたので、渡りに船である。



 結論からいうと、俺は商人ギルドを通して様々な素材を手に入れ、自分で加工と付与をして自分の店で売るという仕組みで決定した。

 因みに店は商人ギルドで手配してくれる事になったが、最終的に場所を決めるのは俺で良いらしい。


 ギルドには店の候補と、決まった後の諸々の手配をして貰う手筈となっている。

 補足にはなるが、自分の手で素材を手に入れても良いらしく、それはそれで楽しみなのだ。




 食べて話してと、楽しい時間はあっという間に過ぎて行く。

 これはある意味、真理と言っても過言ではない。

 確かに前世でも読書やゲームをしていると時間が経つのも早かった。


 俺は料理を食べ終えて周囲を見渡すと、全員食べ終わっていた。

 どうやらこの世界の人達は皆食べるのが早いらしい。

 そして皆の様子からして満腹満足したように見受けられる。勿論、俺も同意見だ。


 すると、静かにナオは席を立つ。

 一瞬、お花でも摘みに行くものかと思ったが、歩く方向が逆な事に気付く。

 恐らくは先に会計を済ましに向かったのだろう。

 そう察した俺は、すぐにナオの後を追った。



 ナオの会計中に俺も参加。

 全額で44500イェンだったので、俺はおよそ半分の22500イェンを支払う。

 本当なら全額支払っても良かったのだが、ナオに絶対ダメだと怒られたのである。


(なら……)


 せめてもの抵抗として、500イェン多く支払ったのだ。

 まぁ、ナオはムスッとしていたが……ごちそうさまです!


 会計が完了し、皆の元へ戻ろうとしたその時、後ろにいたナオが俺の名を呼ぶ。

 突然の呼び声に反応し、そして振り向く。


 振り向いた瞬間、ナオは俺の左頬にキスをした。

 俺は驚愕の余り、固まって動けなくなる。


「ふふっ、500イェン分の礼よ」


 ナオは俺の耳元でそう囁いて歩いて行く。

 すると、俺は驚愕を超え石化? してしまった。


(誰か、俺に金の針を……)



 少ししたら石化? は解けたので、急いで俺は皆の元へ向かう。すると、皆は俺を見ると凄く驚いた表情を見せた。


「ねぇ……その顔……」


 フレアが俺の顔へ指を差す。

 そしてその指は震えていた。ただ、その震えは悲しみからではないという事だけは分かる。

 俺は急いでトイレへ向かい、鏡を覗く。

 異世界に来て初めて鏡を見たが、今は喜んでいる場合ではない。

 フレアの指の震えは悲しみからではなく、怒りから来ているのだから……


「……ん? なっ!?」


 鏡に映った左頬には、紅色の口紅がハッキリクッキリと残っている事に気付く。


「しまった……やられた……」


 少し勿体無い気はしたが口紅を拭き、恐る恐る皆の元へ戻り出す。



 戻り次第、フレアに怒られるかと思ったが、そんな事にはならなかった。

 寧ろ、状況は悪化していたのである。

 フレア・ナオ・オルガと三竦みの状況になっていたのだ。

 とは言ってもフレアがナオを睨み付け、ナオは余裕の表情で、オルガが2人を見てオロオロしているという感じなのだが……


 せめてもの救いとして、キュロットが参戦しての四竦みにはならなかった事だろう。

 念の為にキュロットを覗いてみたが、呆れた表情で3人を見ていた。

 

 デニムが間に入ってくれたお陰で事無きを得たが、一体何故こんな事に? もしかすると、ラノベ特有の主人公補正というヤツか? 凄く強かったり、何故かモテたりするアレ。



 店に迷惑は掛けられないので、取り敢えずは店から出る事にした。

 そしてそのまま解散する形となり、パンツァーの4人と、俺と、商人ギルドの3人とで三手に分かれ出す。


 解散する間際、チノが俺の左肩に手を置き無言で頷く。

 多分「大変だけど頑張れよ」と言いたかったのだろう。俺も無言で頷き返す。



 その後は先にパンツァーの4人と別れることに。

 その時に見せたフレアの名残惜しそうな表情が忘れられずにいる。


(なんか、意外だ……)


 フレアの後ろ姿を見つめながら茫然とする。



 パンツァーの4人と別れた後、商人ギルドの3人とも別れたのだが、こちらは逆に女性2人が心配である。


(ギスギスしなければ良いけど……)


 すると、いきなり俺の背後に障壁が出現した。

 何事かと思い振り返ると、そこにはあの野郎が攻撃を仕掛けていたのだ。


「ちっ、やっぱダメか……」


 そう言いながらあの野郎は、抜剣していた双剣を鞘に閉まった。


(この野郎! やっぱりヤバい奴だったか!)


 そう思うと俺は怒りが沸々と沸いてきたが、あのや……この野郎の一言で、すっかり収まった。


「お前、スゲェな!」


 一気に機嫌が良くなった俺は、この野郎の名前を一応は聞くことに。

 この野郎の名前は「ガルム」というらしい。

 見た目は黒髪銀眼で、服装は商人ギルドの制服なので全身白一色。

 だが内側に着ているフード付きパーカーだけは何故か黒色なのだ。



(ガルム……なんか狼獣人にいそうな名前だなぁ……)


 そう思い聞いてみると突然ガルムはフードを外し、隠れていた狼の耳が露わになった。


「うっそ、本当に狼獣人だ……初めて見た……」


 驚きはしたが、それよりも好奇心の方が勝る。

 何故なら、以前冒険者ギルドに赴いた際は獣人を見られず、その時から是非とも見てみたいと思っていたからなのだ。

 すると、ガルムが自分の事を語り出す。


「俺はーー」


 ガルムは黒狼族という種族らしい。

 年齢は俺と同じ18歳で、ナオから直接雇用をされた元傭兵とのことだ。

 本当はもっと聞きたかったのだが、ガルムは勤務中なので無理には聞かない事にした。



 その後すぐにガルムとは別れ、俺は1人となる。

 そしてこれから「今夜の泊まる宿を探す」という大仕事を熟さなければならないので早速、行動に移すことに。


「一体、どんな感じなんだ? ホテル? 旅館? それとも……? あぁ、楽しみだなぁ……」


 異世界に来て初めての宿屋がどのようなものかを想像し、心を弾ませながら宿を探すのであった……

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