第8話 パーティータイムと自己紹介
「昼食代が浮いたぜ!」
突然デニムが声を上げた。
(騎士道精神はどこへ行ったのだろう? それより、こんなに大勢で食事代は大丈夫なのか?)
そう考え人数を数えると……8人もいる。
流石に俺のポケットマネーからも出さねば。
商人ギルドから少し歩いた所に「ワタリ」という食事処がある。
どうやらこの店が目的地のようだ。
俺達は店内へと足を運び、大テーブルのある席に各自が座り出す。
(おぉ、これは……!)
俺の両隣には、フレアと受付職員の女性が座っている。正に、両手に華の状態だ。
先ずはナオがパンツァーの4人へ救命補助の礼をし、次は俺に深々と頭を下げて礼をしてくれた。
「あの場に君がいてくれて、本当に助かった……ありがとう……」
ナオの肩が震えている。
今知った事だが、どうやらあの2人はナオが直接雇用した元冒険者の夫婦らしい。
その件もあって余計に責任を感じているのだろう。
「……ゔっ!?」
もし男性を救う事が出来なかったらと想像した瞬間、俺は背筋がゾッとした。
「さぁ、みんな! なんでも頼んでくれ!」
ナオは気を持ち直して声を上げる。
『おぉー!!』
皆もそれに便乗し、声を上げた。
ここからはパーティータイムである。
皆、遠慮無しに注文を頼み出す。
その最中、デニムが立ち上がり口を開いた。
「みんな! 先ずは自己紹介をしよう!」
流石はリーダーをしているだけはある。
野営の時もさり気なく皆のサポートや相談に乗ったりしていたのを俺は知っている。
第一印象にあった「皆のお兄さん」という表現も強ち間違いではなかったのだ。
「よし、最初は俺からだな!」
そう言ってデニムは着席し、自己紹介を始めた。
デニムの見た目は金髪碧眼で、アイアンプレートを装着した筋骨隆々な逞しいお兄さんである。
デニムは冒険者で「パンツァー」というBランクパーティーのリーダーを務め、自身のランク……ソロランクもBの盾士だ。
盾士とは盾を使って前衛で皆を守る、謂わゆるタンクの役目をする「内職」のことを指す。
因みに内職とは、剣士・治癒士・魔導士・歌手・踊子などを呼び、騎士・傭兵・神官・農家・ギルド職員などは「本職」と呼ばれるらしい。
あと、冒険者や商人も本職扱いになる。
「好きなモノは、肉、酒、盾、あとは筋肉だ!」
(豪快なラインナップだな……)
俺はついそう思ったが確かに納得。
デニムの年齢は23で未婚、特技は「シールドバッシュ」と「クイックステップ」らしく、どちらも盾士には必須なスキルとのこと。
盾士は騎士に就職する際に有利みたいだ。
本人曰く、騎士になる気は無いようだが……
「まぁ、こんなもんかな」
自己紹介を終えたデニムはメニュー表を見始めた。
因みにデニム以外の皆は既に注文済みである。
「……次は……俺が話す」
続いてチノが自己紹介を始めた。
チノの見た目は紫髪灰眼で、全身黒色の忍び装束に似た服と鉄製の胸当てを着けた、吊り目でクールなお兄さんである。
チノもパンツァーの一員で、ソロランクもやはりBランクの暗器士らしい。
「暗器士……なんて物騒な……」
俺はそんな事を呟きながらも話に耳を立てる。
暗器士とは、苦無や手裏剣のような小型の投擲武器から仕込み杖や鉄扇のような近接武器も取り扱う暗殺者に有利な恐ろしい内職を指す。
お気に入りの暗器は、「卍手裏剣」と「螺旋苦無」らしく、特技は「精密投擲」と「無音歩行術」だそうだ。
それを聞いて俺は、これからはチノに背中を見せて歩かないようにしようと強く決心した。
「好きなモノ……辛味の食べ物と大根、将棋、あとは珍しい暗器……だ」
この世界にも将棋が存在するようだ。
恐らくは他の転生者辺りが広めたのだろう。
チノの年齢はデニムと同い年の23で、他国からの移民者らしい。道理で皆とは瞳の色が違う訳だ。因みにデニム同様に未婚である。
「……以上だ」
どうやらチノの自己紹介が終了したようだ。
「はぁ〜い、次はぁ、わたしがぁ〜」
右手を挙げながら自己紹介を始めるキュロット。
そのキュロットの見た目は青髪碧眼で、白色のフード付きローブを着たポヤポヤした可愛らしいお姉さんである。
しかし、先の件で実は恐しい一面を持つ事を俺は知っている……
キュロットもデニムやチノと同じパンツァーの一員であり、ソロランクBの治癒士で元神官らしい。
何故か真摯に神を祈る姿が手抜きに見られ、毎日のように注意を受け続けた結果、当時の教会を辞職したとのこと。
一応、他の教会へ行けば雇って貰えるそうだが、本人曰く……
「バカバカしくてやってられないですよぉ〜」
……だそうだ。
キュロットの年齢は20で結婚願望は皆無。
色恋沙汰にも全く興味が無いらしい。
恋愛観に関しては、幼い頃からずっと変わらずの様子。
「好きなモノはぁ……甘いお菓子とぉ、紅茶とぉ、見た目が可愛い物とぉ、あとはやっぱりぃ、レアなスキルや魔法ですかねぇ〜」
「ガタッ!」
その時、急にナオは立ち上がり、キュロットの右手を両手で握り締めた。
「同志よ!」
ナオはキュロットにそう言い放ったのだ。
俺はいつかこうなる気がしていたのである。
取り敢えずはまだ自己紹介の途中なので、ナオには一旦席に着いて貰った。
すると、再びキュロットはゆるりと話し始める。
キュロットの特技は当然の如く治癒魔法なのだが、その中でもエリアヒールが得意らしい。
通常の範囲よりも広範囲に渡り治癒が可能とのこと。
その話が出ると、ナオは拍手をして喜んだ。
やはり珍しい効果なのだろう。キュロットもニコニコと嬉しそうにしている。
あとは神官の「祝祷」というスキルが使えるようだが、余り触れたくなさそうな様子。
それを察した俺とナオは、祝祷の詮索を避けた。
「終わりでぇ〜す」
ニコニコしながら水を飲むキュロット。
「次は、私かしら……?」
そう言ってフレアは自己紹介を始めた。
フレアの見た目は赤髪碧眼で、黒色のローブに黒色のとんがり帽子を被った如何にも魔法使いという風貌の、ツンな性格を持つ女性である。
「……何よ?」
目が合っただけなのに睨まれた……やはりツンを持っているだけはある。
俺は極力目を合わせないようにしつつ、聞き耳を立てた。
フレアも先の3人と同様にパンツァーの一員で、ソロランクBの魔導士である。
年齢は18で未婚だが、恋愛事情は……秘密とのこと。
しかし、その時点で恋人はいな……ゲフンッ! この話は終わりにしよう。
フレアの特技は火と風の属性魔法のようだが、かと言って別に水と土の属性魔法が使えない訳ではないようだ。
他にも光・闇・雷・氷の属性魔法や、無数の無属性魔法が存在するらしい。
とても興味深いので詳しく聞こうとしたのだが……
「……だから、何よ?」
また睨まれてしまったので今回は諦める事にした。
恐らくはこのような場に慣れていないのだろう。話に余裕が見られず、声から緊張が伝わってくる。
それでも自分を知って貰う為に懸命に話す姿は、いつまでも見守っていたい気持ちにさせた。
「私の好きなモノは……スイーツ全般と、コーヒーと、オシャレと、あとはマッサージ……です」
オシャレ好きに関しては、前回のハンカチを見れば一目瞭然だ。
きっと他にもオシャレな物を持っているに違いない。
フレアはなんと、とある魔法学校を飛び級の上に主席で卒業した魔導士のエリートらしい。
その辺も気になるところだが、またまた睨まれるのは勘弁なので聞くのはまたの機会にしようと思う。
「……終わりです……」
フレアはそそくさとメニュー表を見るフリをする。
席の順からして、次は俺の出番のハズ。
そう思った俺はスッと立ち上がり、自己紹介を始めた。
「次は、俺のターンーー」
しかし、俺の話を遮るように、注文した料理が一斉に運ばれて来た。
「お待たせしました。レッドブルのーー」
俺を無視するかのように、次々と料理名を呼びながら配膳をするウェイトレス。
「……」
無言で立ち尽くす俺。
そして、ナオが一言。
「取り敢えず料理も来た事だし、自己紹介は一旦中止にして食事を楽しもう!」
すると、皆も声を揃えて声を上げた。
『おぉー!!』
実は俺も小声で参加済みである。
すると俺は視線を感じ、そしてその出所の方へ振り向く。
「クスクスクス……」
視線の主は俺を見て笑うフレアであった。
俺は恥ずかしさに顔を赤くしながら着席し、無心で料理を食べ始める。
「……うまっ!」
無心の筈が思わず声を上げていたようだ。
そして他の皆も料理を食べ始め、各々料理に舌鼓を打つ。
(みんな、笑顔で食べてる……懐かしいな……)
その、楽しくも有り触れた光景を目の当たりにした俺は、前世で友人達との食事会を思い出しては懐かしんでいた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます