第4話 野営と街


「やーっと、着いたー!」


 両手を挙げて喜ぶフレア。

 思いの外時間が掛かり、戻る頃にはすっかり夜空へ。


「ただいまー!」


「おかえりぃ〜」


 フレアが元気よく右手を挙げるとキュロットも元気よく右手を挙げ返す。


(あの人、起きていたのか……元気そうで何よりだ)


 そう思いながらふとチノを見ると、俺達が無事に戻り安心した表情を見せている。


「助けて下さりぃ、ありがとうございましたぁ〜」


 キュロットが礼を述べにきた。きっと治療した件の礼だろう。


(それにしても大人なのにこのポヤポヤ具合……うん、全然悪くないです!)


 そう思いつつ、キュロットに向けて親指を立てる。


「??」


 キュロットは不思議そうに俺を見る。


(その表情もまた悪くないなぁ……)


 そんなことを思いながら顔を緩ませていた。



「何か良い事でもあったのか?」


「おっ、分かるか?」


 チノがデニムに問い掛けている。

 デニムのその顔を見れば誰でも分かるだろう。

 そのあとデニムは、チノとキュロットに食料調達時の出来事を話し始めた。



『……』


 デニムの話を聞いた2人は、驚いた表情のまま動かない。

 オーガへのリベンジもそうだが、俺が使う見たことのない魔法の数々にも驚いたようだ。

 俺はその件について決して口外しないようお願いし、4人は無言で頷いてくれた。



 話変わって、現在地を今夜の野営地へ。

 早速デニムは、マジックリュックから折り畳み式テントを二張り取り出す。

 男性陣はテントを張り、女性陣は夕飯の準備に取り掛かることに。

 だがテントを張る前に、ネロウサギを2羽と摘んだ野草をストレージから出して女性陣に渡す。

 その直後、キュロットは嬉しそうにネロウサギを捌き始めていた。



「……ん? この匂いは……?」


 凄くイイ匂いがしてきた。もうすぐ料理が出来上がるのかも。

 男性陣は折り畳み式の椅子に座り、ソワソワしながら待機。

 意外なのは、堅物そうなチノも小さくソワソワしていたことだ。


「出来たよ〜」


 ニコニコしながら鍋を運んで来るキュロット。

 待ってましたと言わんばかりの男性陣。

 遅れてパンを持って来るフレア。

 よし、これで料理は全て揃ったハズ。


『いただきます』


 5人揃って食前の挨拶。

 異世界に来て初めての食事が1人じゃない、こんなに嬉しいことはないだろう。

 みんな無言で食べている。それは幸せを噛み締めながら食べているのだ。

 何故なら2人が作った料理はとても美味しく、そして優しい味がしたのだから……



『ごちそうさまでした』


 5人揃って食後の挨拶。

 食事を終えた俺達は、明日の予定を話し合うことに。

 4人は冒険者として依頼を受け、その達成報告をする為に街へ戻っている最中らしい。

 明日はその街へ戻り、報告をした後は自由行動にする予定とのことだ。


 一方で4人の話を聞いた俺は、その街で生活基盤を作りたいと思うようになり、その旨を4人へ伝えた。

 話の結果、明日は5人で街へ行き5人で行動することに決定。

 てっきりフレアは反対するものだと思っていたので、正直ホッとしている。

 でもそのことをつい喋ってしまうと、フレアはムスッとした表情で頬を膨らませ、それがリスみたいで可愛いかった。


 そのあとも様々な話を聞き、驚き、そして笑った。

 4人には他愛無い話でも、異世界人の俺にとっては全てが新鮮でスベらない話であった。



「ふぁ〜っ……」


 あっという間に夜は更けていく。

 フレアが欠伸を始めたので、自然と俺達は寝る準備を始めた。


 二張りあるテントは、男性陣と女性陣で分かれていた。

 ソコに関しては問題は無い。問題なのは、2名様用のテントに3名様が中に入っていることだ。

 大の男がすし詰め状態でいる姿は、地獄以外の何者でもない。

 しかし余程疲れていたのか、俺達はすぐに寝れてしまった。




「おはよう……もう、朝メシだ」


 どうやらチノに起こされたようだ。

 口数の少ないクールな男である。


「んあ? えと、おはよう、ございます?」


 俺は寝ぼけながら挨拶を返す。あっという間に朝が来たようだ。


「あれっ? そういえば、見張りはどうしたんだ……?」


 もっともな疑問である。

 前世では見張りなんてモノはドロケイ(ケイドロ)でしかやったことがないのだ。

 この疑問をデニムに問い掛けてみる。


「あぁ、それならーー」


 デニムによると、その答えはキュロットが持っているようだ。

 そこで本人に聞いてみたところ、アラートキューブという魔導具を見せてきた。

 どうやらソレを使うと魔法領域内への侵入があった際、警告音が鳴る仕組みとのことだ。

 因みにその魔導具の発明者は、ソニー=ヒタチという変わった名前の貴族らしい。


(ソニー=ヒタチ……ヒタチ……ひたち……日立!? もしかして、日本人!?)


 キュロットに確認すると、数々の魔導具を開発しており、平民から貴族になった物凄い人物らしい。

 もし本当に日本人なら、是非お会いしたいものだ。



「ねぇ! 食べないの!?」


 フレアが怒りながら迫ってきたので、俺はシュンとなりながら謝った。

 すると流石に怒り過ぎたと思ったのか、フレアは急にしおらしくなる。

 その姿を見て、やっぱり可愛いなぁと思いながらフレアに付いて行くことに。

 そして5人揃ったので、俺達は朝食を取ることにした。



 朝食を済ませたあとは、5人で野営の撤収作業を開始。

 作業中、不意に寂しさを感じてしまったが、コレを終わらせないことには先へ進めないので頑張ろうと決心。



「ふぅ、やっと終わった……よし、次は……」


 漸く撤収作業が終了し、次は街へ向かうことに。



 街へ向かう途中、グラスウルフが5匹現れた。

 何故名前が分かったかというと、チノ先生に教えてもらったからだ。

 4人の巧みな連携プレーで見る見る相手は倒れていく。

 きっと俺の出番は無いだろうと余裕を咬ましていたら、何故か1匹だけ残っていた。

 そしてその1匹が俺に襲い掛かってきたのだ。

 咄嗟に中指に嵌めた指輪に念じて魔法を唱えた。


「ガード!」


 六角形の集合体で形成された特殊な障壁が目の前に出現した。


「ギャインッ!?」


 グラスウルフは障壁に激突してその場に転倒。

 障壁に頭を打ったらしく、フラフラしながら立ち上がろうとしている。

 その姿を見た時に試したいことを思いつく。

 一旦ガードを解除し、今度はオートガードを発動。


「オートガード!」


 見た目には何も変化が見られず、ガードの障壁も出現してはいない。

 ある意味賭けではあるが、グラスウルフからの攻撃を待つことに。


 間もなくグラスウルフは正気に戻り、再び襲い掛かってきた。

 すると障壁が自動的に出現し、またもやグラスウルフは障壁に激突。

 グラスウルフは再びフラつくが、敢えてトドメは刺さずに待つ。

 このやり取りをあと5回は続ける予定である。



 予定を実行すると、グラスウルフは立てなくなり焦点も合わなくなる。恐らく脳震盪だろう。

 そしてトドメを刺すべきか悩んでいた……が突如グラスウルフの頭が陥没した。

 よく見ると、グラスウルフの後ろにはキュロットがメイスを持って立っているではないか。

 メイスにはグラスウルフの血が付着していたが、ニコニコしながらその血をタオルで拭いていた。


(ぼ、撲殺天使……)


 その姿を目の当たりにして、絶対にキュロットを怒らせないようにしようと、固く心に誓った。


 戦闘が終わり、グラスウルフ5匹をストレージへ収納。

 それを見たキュロットは瞳をランランと輝かせている。


(こ、怖い……)


 先程の件でキュロットに恐怖を感じた俺は、見ないフリをした。


 そして再び街へ向けて歩き始める。

 歩きながらふと思い出したことをそのまま口に出してしまう。


「そういえば、何故あのグラスウルフは1匹だけ俺のところまで来れたんだろ?」


 すると急に4人の表情が暗くなり、それを見て察する。

 大方、キュロットが俺の魔法を見たいとか言い出したのだろう。

 正直いい迷惑だとは思ったが、オートガードの性能実験が試せたので良しとした。


 取り敢えず話題を変える為に、恋人がいるのかを聞いてみることに。

 我ながら愚かな質問をしたと思う。自分には恋人なんていないのに……


(あれ? 俺に恋人なんて……彼女なんていなかったよな……?)


 結果的に4人とも恋人はいなかった。

 つまり全員いないということだ。5人は更に表情が暗くなる。



 そんなグダグダな状態のまま街へ到着。

 街の中へ入る際、門兵に身分証の提示か3000イェンの支払いが必要となる。

 4人は冒険者なので冒険者登録証を持っており、それが身分証になるようだ。

 当然俺は持っていないのでお金で解決。


 そして、とうとう街の中へ足を踏み入れることに。


「あぁ、ヤバい! ドキドキしてきた!」


 異世界に来て初めての街に心身共に弾ませていた。

 それはこれから起こること、経験すること全てが初体験なのだから……

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