第77話 ~蓮見佳奈SIDE~3(3)

「嘘、ついた……あんな若い人が親なわけないじゃん……どう見ても20代前半じゃん……しかも外国人だし……そもそも親とラブホテルに入るわけ、ないじゃん……」


 つまり修平くんは、嘘をついてでもあの女の人と会っていることを隠したかったのだ。


 修平くんにとってそれだけ大切な人で。

 だからただのクラスメイトのわたしなんかには、教える価値もなかったんだろう。


「そりゃあわたしはただのクラスメイトだけど、最近は結構いい感じだったじゃん……文化祭もほとんどデートみたいだったし……だからちょっとくらい期待するじゃん……」


 そう、わたしは期待していたのだ。


 修平くんに選んでもらえるんじゃないかって、そんな風に自分にだけ都合のいい想像を勝手に思い描いていたのだ。


「でも友だちなら友だちって言ってくれたらいいのに……彼女なら彼女ってちゃんと言ってくれたらいいのに……なんで親と会ってるって嘘つくし……なんで、なんでよ……嘘つかれたら、隠し事されたら。勘違いして浮ついてた最近のわたしが惨めすぎるじゃん……」


 ポトリ、と足元に水滴が落ちた。


 雨ではない。

 だって今日は絶好の体育祭日和で、朝から雲一つない青空だったんだから。


 それはわたしの涙だった。

 全てを理解したわたしは、涙してしまったのだ。


 それは初恋の終わりを告げる、失意の涙という名の切ない幕切れ。

 わたしの初恋は今この瞬間に終わりを迎えたのだ。


 初恋は実らないとよく言われる。


 きっと多くの女の子が通ってきたであろうその行き止まった道を。

 高校生にしてようやっとわたしも通ったのだった。


 でもそれと同時に、わたしの心の中にどす黒い邪悪なものがうごめいているのを、わたしは感じ取っていた。


『なら殺してしまえばいい』

『手に入らないのなら殺して消し去ってしまえばいいだけのこと』

『そうすれば悲しむこともなくなるだろう?』

『簡単なことだ、あの男を――勇者シュウヘイ=オダを殺せ』

『辛いのだろう? 憎いのだろう?』

『ならば殺せ、にっくき勇者シュウヘイ=オダを殺してしまえ――!』


 どこからともなく湧き上がってきたそれは、甘美な悪魔の誘惑だった。


(そうだよね。どうせ手に入らないなら早く殺してしまえばいいだけじゃん)


「――って、いやいや! わたし何を考えてるのよ!? 修平くんを殺すとかありえないし! っていうか自分で言っておいてなんだけど、勇者ってなによ? 意味分かんないんだけど!」


 殺人は犯罪だ。

 人を殺しちゃいけないなんて小学生だって分かることだ。


 でも邪悪な心が――甘美な誘惑がわたしの中でどんどん大きくなっているのを、わたしは嫌というほど自覚していた。


「わたし、いったいどうしちゃったんだろう――」


 自分の中にある『何か』に言い様のない恐怖を覚えながら、わたしは逃げるようにこの場を離れたのだった。

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