第51話 ~リエナSIDE~2 「大神託」(2)

「敵は過去に例を見ないほどに強大で恐ろしい史上最強の魔王です。勇者様やあなたの目を巧みに欺いたのでしょう。もしくはなにか特殊なカラクリがあるのかもしれません。なんにせよ女神アテナイから大神託を授かったのは事実なのです」


 リエナ母の真剣な口調を聞いて、リエナは一度冷静になると頭の中を整理してみる。


「魔王カナンは自分に有利な特殊空間を展開したりと、空間を操ることに長けていました。討滅させられるギリギリ寸前に空間転移をした可能性は、確かにゼロではありません……でも逃げられた感じはしなかったんです……勇者様も倒した感触はあったって言ってて……2人でちゃんと討滅したはずなのに……なんで……なんで……」


「リエナ、あなたが気に病む必要はありませんよ。あなたはよくやりました。顔をお上げなさい」


 涙声になってうつむいてしまったリエナを、リエナ母は優しく抱きしめた。

 リエナが落ち着くように、背中をぽんぽんと優しく叩いて安心させる。


「本当に勇者様の世界で魔王カナンが復活しようとしているんですね?」

「ええ、それは間違いありません」

「……っ」


 母にあやされたことで少し落ちついたものの、しかし今度は込み上げてくる悔しさにリエナは自然と唇を噛んでしまっていた。

 倒したと思っていた魔王カナンが生き延びていて、別の世界に逃げ込んでいたと聞かされたのだからそれもまた当然のことだった。


 しかもよりにもよって、それが敬愛する勇者シュウヘイ=オダの故郷の世界だというのだから。


「私は今から全ての大司祭を緊急招集して大司祭会議を開き、今後の対応を協議します」

「大司祭会議をですか?」


「リエナ。勇者様の旅のパートナーを務め、ともに魔王カナンを討ち果たしたあなたもその会議に参加してください。急に呼び出したのはそれを伝えるためでした」


「分かりました、すぐに仕事を引き継いでまいります」


 リエナは一旦仕事に戻ると、同僚に事情を説明して仕事を引き受けてもらい、急いで大司祭会議の行われる部屋へと向かった。


 そしてもうこの時点で既に、リエナは強い決意と覚悟を胸に秘めていた。


(急いで勇者様とコンタクトを取らないといけません。

 それはつまり世界を渡る必要があるということ。


 だけどそれには大きな2つの問題があります。


 1つは、異世界転移の際にかかる大きな負荷に耐えられる人間は、勇者様のように女神アテナイに選ばれた特別な存在以外にはほとんどいないということ。


 でも私なら。

 転移術式を知り尽くした自分ならば。


 なんとか自分一人くらいなら異世界転移をさせられるはず。

 成功率は5割を切るでしょうが、それでもやってみる価値はあります。


 大司祭会議でもきっとその結論に至ることでしょう。

 私が呼ばれた最大の理由は間違いなくそこにあります。


 そして問題はもう1つ。


 それは女神アテナイの影響力が薄い向こうの世界では、繊細かつ膨大な力を使う転移術式はおそらく起動しないであろうということ。

 それはつまり異世界転移が成功したら、もう二度とオーフェルマウスには戻れないということを意味します。


 お母さんとももう2度と会えなくなってしまいます……)


 でも、それでも。


「それでも私は勇者様の世界へ向かいます。それがこの世界を救ってくれた勇者様にお返しできる、私たちこの世界の人間の最大の誠意だと思うから――」


 製錬した鋼のように強い決意を胸に抱きながら、リエナは大司祭会議が行われる部屋の扉を押し開いた。

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