第45話 今川先輩(2)

「じゃあそういうことでもう行っていいですか? 今日は弁当がないんで、購買で昼ご飯を買いたいんですよ。早く行かないと人気のBIG焼きそばパンが売り切れちゃうので」


「いいわけねーだろ! なにがBIG焼きそばパンだ、お前、オレを馬鹿にしてんのか!」


「俺は極めて真面目に言っています」


 いやほんとマジのマジで、BIG焼きそばパンの恨みは大きいぞ?

 ボリューム満点&濃厚ソースが病みつきになる、コスパ最強のうまうまパンなんだからな?


 その在庫がこうしている間にも刻一刻と減っていってるんだぞ?

 俺は弁当がない日はBIG焼きそばパンって決めてるんだ。

 買えなかったらマジで俺は恨むからな?

 

「ちっ、相変わらずムカつく1年だぜ、お前って奴はよ。そんなお前にいいことを教えてやる」


「はぁ、なんでしょうか」


「うちと比べてお前の父親が勤めてるゴミみたいな小さい会社な。知ってるか、あれの主要取引先はうちの今川グループの子会社なんだ。子会社って言っても下の下の最下層の末端だけどな」


「それがどうかしましたか?」

 なんかイチイチいやらしい言い方をしてくる奴だな。


 だいたい日本の労働者の7割弱が中小企業勤めって知らないのか?

 っていうか俺の親の勤務先をいちいち調べるとか、どんだけ暇人なんだよあんた。


「ほんとお前はバカだな。もうこの時期に帝應大学の推薦入学が決まってる頭脳明瞭なオレを少しは見習えよ」


「はぁ、そうなんですね。それは良かったですね」

 俺は今川先輩と会話するのがいい加減うっとおしくなってきたので、若干投げやりに答えた。


「チッ、スカしやがって。つまりこういうことだ! オレがオヤジに頼んでお前の父親の会社との取引を無くさせてしまえば、会社はすぐに倒産してお前の父親も無職になるってことだ!」


「なん……だと……?」

 その品性下劣な言いように、俺は不快感からわずかに眉を寄せた。


「ははっ、やっとお前の置かれている状況が分かったか。そうなるのが嫌なら金輪際、蓮見佳奈には近づくな。オレがその気になれば、お前やお前の家族を路頭に迷わせることくらい、赤子の手をひねるよりも簡単なんだからな」


 俺の反応を見た今川先輩が、弱者をいたぶる者特有の下卑た笑みを浮かべた。


「…………」


(なんだこの親の権力を振りかざして、人の人生や心を土足で踏みにじろうとするクソみたいな野郎は……!)


 俺は本当に久しぶりに怒りの感情を覚えていた。

 異世界『オーフェルマウス』で勇者として戦う中で育んできた正義を愛する心が、この愚劣なクサレ外道を前にして激しく燃え上がる。


 俺のことだけならまだいい。

 こいつにバカだのクソ庶民だの言われても、ぶっちゃけ屁とも思わない。

 5年に渡る魔王討伐の旅で鍛え上げられた俺の鋼メンタルは、悪口程度で今さら揺らぎはしなかった。


 だがよりにもよってハスミンとの仲に口出しされた上に、俺の家族まで巻き込んで路頭に迷わせてやるだと?


 この平和な日本の!

 こんな平凡な公立高校で!

 一体全体どうやったらそんな人でなしの発想に至れるってんだ!


 しかも自分の力でもなんでもない、親の権力を笠に着ただけの虎の威を借る狐の分際で――!


「ははははっ! 黙りこんだところを見ると、ちゃんと己の立場ってもんを理解できたようだな!」


「…………」


「理解できたんなら、もう2度と蓮見佳奈には近づくなよこのクサレ庶民が! 文化祭で一緒にライブをするとか、お前みたいなカスがオレの女の周りをちょろちょろしてるとうっとおしいんだよ!」


 今川先輩は一方的に言いたいことだけ言い放つと、もう俺には用はないとばかりに踵を返して、取り巻きを引き連れて高笑いしながら去っていった。


 それを俺は強い怒りに打ち震えながら見送ったのだった。

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