第42話 男の子と風船
テストの話やネット動画の話をしながらいつものようにハスミンと下校していると、イチョウ並木に差し掛かったところで、
「どうしたんだろ、あの子? 泣きそうな顔をしてるけど」
「何かあったのかな?」
俺たちは泣きそうになっている男の子に遭遇した。
「ちょっと声かけてみるね」
ハスミンはそうするのが当然であるかのように、すぐに男の子に駆け寄ると、
「ボク、どうしたの?」
しゃがんでしっかりと目線の高さを合わせてから優しく問いかけた。
「あ、えっと、風船が木に引っかかっちゃったの……」
「風船が木に? あ、ほんとだ」
男の子の視線の先、すぐ傍にある大きなイチョウの木を見上げると、6メートルくらいの高さにある枝に風船が一つ引っかかっているのが目に入った。
「お姉ちゃん、あの風船って取れないかな?」
「ええっと、うーん、ちょっとあれは高すぎるかなあ……」
男の子のお願いに、ハスミンは少し申し訳なさそうに呟いた。
イチョウの大木は下の方には枝がなく、6メートルあたりから初めて枝が生えているため、途中で手や足をかけるところがない。
木を登って風船を取ってあげるのはちょっと難しそうだな。
「やっぱり無理……?」
「あ、えっと……ハシゴとか近くにないかな? ないよね……」
ハスミンが少し困った様子だったので、
「じゃあ俺がやってみるよ」
俺が風船を取ってあげることにした。
「ええっ!? さすがに無理でしょ? だってあそこ、バスケのゴールよりも2倍くらい高いよ?」
「だからこうするのさ。ちょっとカバン持っててもらっていいか?」
「あ、うん。それは構わないけど」
俺はハスミンに通学カバンを預けると、
「女神アテナイよ、俺に邪悪を退けし勇者の力を――『
小声で呟いて勇者スキル『
勇者の力が身体に行き渡るのを感じながら、俺はイチョウの大木に向かって大きくジャンプした。
さらに俺は高い位置でイチョウの木の幹を蹴ると、三角跳びでさらに高みへと跳躍する。
勢いそのままに枝に引っかかっている風船を掴んだ俺は、悠々と地上に着地した。
「ほぇ……?」
一瞬の出来事にハスミンが目を丸くする。
「はい、取ったぞ。もう手を放すんじゃないぞ」
「ありがとうおにーちゃん! あとおねーちゃんも! バイバーイ!」
男の子は満面の笑みで風船の紐を握り締めると走り去っていった。
「じゃあ帰るか。カバンありがとな」
「いやいやいやいや、『じゃあ帰るか』じゃないでしょ!? え、だって今のおかしくない? 5メートルは跳んだよね?」
風船が引っかかっていた場所と俺の顔とを、ハスミンが何度も視線を行き来させる。
「ははっ、人間がそんな高く跳べるわけがないだろ? 途中で木の幹を蹴ることで高さを稼いだんだよ」
「ええっ、そんな上手くいくもんかなぁ?」
「そうは言っても、いっちゃったんだから仕方ないだろ? 上手くいって風船を取ってあげられて良かったじゃないか」
勇者スキルを使ったことはもちろん内緒だ。
そして勇者スキルを使った以上、三角跳びなんてしなくてもまっすぐジャンプすれば楽に取れたんだけど、わざわざ幹を蹴ったのはこの言い訳をするためだった。
さすがに生身だとオリンピックの選手でもあそこまでの動きはできないだろうからな。
もちろん困ってる子供を助けるために勇者スキルを使うことに、俺はためらいはなかった。
そのせいでハスミンから疑いの眼差しを向けられてしまったんだけど――、
「ふわっ、さすが修平くんだよね。あんな高いところに手が届いちゃうんだもん。ほんとすごいし!」
ハスミンはあっさりと俺の説明に納得してくれた。
「ははっ、ありがと」
(普通じゃあり得ないことをやったっていうのに、こうも簡単に信じてもらえるなんて。改めて、ハスミンの中での俺への評価はだいぶ上がっている感じがするな)
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