第10話 ハスミン(2)
「ありがと。クラスでも人気者のハスミンにそう言ってもらえると嬉しいよ」
「え、わたしってそんなに人気あるの?」
「少なくとも男子の間では大人気だな。今日もハスミンが副クラス委員に立候補した途端、男子が騒ぎだしただろ?」
「あー、確かに盛り上がってたね……ちなみにその、他意はないんだけどちょっと質問っていうか、修平くん的にはどうだったり?」
「ハスミンをか? もちろん俺も可愛いと思うぞ。性格も明るくて魅力的だし、あと字が綺麗なところが素敵だ」
前髪を指でくるくるしながら聞いてくるハスミンに、俺は素直な感想を伝えた。
「あ、うん、ありがと……修平くんってほんとストレートに言うよね? っていうかさらっと言ったから聞き逃しかけたけど、最後の字が綺麗ってなに?」
「今日板書してるのを見て思ったんだ、すごく綺麗な字だなって。ちょっと感動した」
異世界『オーフェルマウス』は長年にわたる魔王軍との戦争で経済・文化共に疲弊しきっていた。
戦時体制が敷かれていたこともあって平民の学習機会はほとんどなく、庶民の識字率は10%を切るありさまだった。
エリート層にしても字を綺麗に書くよりも先にすることが山ほどあり、だから字を綺麗に書くという能力は全く必要とされていなかったのだ。
エリート層ですらぶっちゃけ読み書きできればそれでいい。
実際、女神に仕える高位神官のリエナですらかなり字が汚かったしな。
まぁリエナ本人は、
『魔法陣を描くのに必要な古代神性語・ハイエーログリーフは綺麗に書けるから問題ありません。それに勇者様だって字は汚いじゃないですか』
とかそんなことを言っていたけども。
向こうの世界は一事が万事そんな風だったから、ハスミンの綺麗な板書を見て俺は割と本気で感動してしまったのだ。
もちろん異世界がどうの言っちゃうと頭の病気を心配されるだけだから、俺の心の内に秘めておかないといけないわけだけど。
「やっぱり修平くんってちょっと他の人と感性が違ってるよね」
「みたいだな、最近よく言われる」
だから俺はそんなハスミンの言葉にのっかることにした。
「でも個性的で、わたしはいいと思うな」
「ははっ、ありがと」
「じゃあそろそろ帰るね。わたし電車通学だから、また明日学校でね。バイバイ修平くん」
「ああ、またなハスミン。バイバイ」
ハスミンに手を振って別れると俺も自宅へと戻った。
異世界からの帰還一日目は、こうして特に大きなトラブルもなくつつがなく終了した。
「うん、さすが日本。世界一治安のいい国だ」
ちなみに夜にでもハスミンから連絡があるかなとちょっと期待したんだけど。
しかし特にそう言うことはなかった。
まぁ世の中はそんなもんだ。
なにせみんなの中の俺は『あの勇者シュウヘイ=オダ』ではなく、夏休み明けになると名前すら思い出せない冴えない陰キャ(しかも遅咲きの高校デビューをかました)なんだからな。
逆に俺から連絡するのは、ハスミンに不良に絡まれたことを思い出させるかもしれないのでやめておいた。
女の子的には結構怖かっただろうし、ハスミンも今日のことはなるべく思い出したくないだろう。
元陰キャだけあって正直俺はあんまり女心が分からない。
でもこれくらいの気配りならばそんな俺でもできるのだ。
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