第9話 ハスミン(1)

「やってるけど、俺とか? 俺と連絡先交換しても連絡することはないんじゃないかな?」


 学校カースト最上位の蓮見さんの連絡先を知りたい人間は山ほどいるだろうが、カースト最底辺の俺の連絡先を知りたい人間は限りなくゼロだろう。


「そんなことないし。それにほら、今はクラス委員と副クラス委員でしょ? 色々話すことはあるんじゃない?」


「それは確かにそうだな。連絡することくらいはあるか」


 急に先生に頼みごとされたりとか、そう言う時に連絡したい時があるかもしれないよな。


「それにわたし、織田くんに興味あるもん。なんだか織田くんは、他の男子とは違う感じがするんだよね」


(まぁ違うだろうな。なにせ異世界から帰還した元勇者だ。そんなもん普通の男子高校生とは身体から心まで、何から何まで違い過ぎて当たり前だ)


 もちろんそんなことを言ったら頭のおかしい人認定されること間違いなしなので、俺は「じゃあ」と言ってスマホを取り出した。


 これまた5年ぶりのラインだったのでやや操作に戸惑っていたら、蓮見さんが俺のスマホを覗き込みながら、


「ここを開いて、この画面のここだよ」

 とパパっと教えてくれたので、ラインでの連絡先交換はすぐに完了する。


 その時に蓮見さんの前髪が俺の頬に触れて少しドキッとしてしまったんだけど、もちろん顔にも態度にも出さなかった。


「織田修平って言うんだ。なんかカッコイイよね、古風で。戦国武将みたい」


 登録された俺の名前を見た蓮見さんはどこか楽しそうだ。


「ありがと。実は結構気に入ってるんだ」


 そういや俺ってフルネームでプロフィールを登録してたんだっけ。


 これも陰キャあるあるの一つで、『プロフィールは変に調子乗ってると思われないように安心安全のフルネームで登録』するのだ。


 フルネームに文句を言う奴は基本的にいないから。

 フルネームかよって笑われることはあるかもだけど。


 あとはワンチャン名前を覚えてもらえたらいいな、みたいなことを考えた記憶が俺の脳裏にうっすらと蘇っていた。


 しかしその陰キャあるあるには悲しい続きがあって、『しかしそもそも連絡先の交換相手がいない』んだよな。


 そして異世界転移して戻ってくる前の俺もご多分に漏れず、両親と友人の智哉以外の連絡先は今、蓮見さんと交換するまで1件も入ってはいなかった。


「ちなみにわたしは佳奈だよ、蓮見佳奈。にんべんに土二つの『佳』に、奈良の『奈』で佳奈」


「佳奈ね、素敵な名前だね」


「う、うん……あの、織田くんってそういうこと結構言っちゃえるタイプなんだね」


「なんのことだ?」


「ううんこっちの話。あ、わたしのことはハスミンでいいよ。仲いい子はみんなそう呼ぶし」


「ハスミンな、了解。なら俺のことも修平でいいよ。友達はみん……智哉はそう呼ぶから」


 みんなと言いかけて友達が柴田智哉ただ1人しかいないことに思い至り、俺は発言をこっそり軌道修正した。

 嘘は良くないよな、うん。


「うわっ、ほんと意外かも。表情すら変えずにさらっと呼ばれるとは思わなかったし」


「……今、呼んでいいって言ったよな?」


 しまった。

 向こうの世界じゃあだ名とか下の名前で呼ぶのが当たり前だったし、それこそ毎日のようにリエナって呼んでたから、今も当たり前のようにハスミンとあだ名で呼んでしまったぞ。


 ちなみにリエナは愛称で、本名はリエナエーラと言う。


 でも俺って蓮見さん――ハスミンの中じゃ、ちょっと変わったとはいえ認識ベースは1学期の陰キャのままだろうし、今のはちょっとなかったかもな。


(まぁいいか、ハスミンもみんなもそのうち今の俺に慣れるだろ。俺が変に気にしてもしゃーない)


 5年の異世界生活のおかげで、俺はこういうポジティブ・シンキングができるようになっていた。

 鋼メンタルになったとも言う。


 イチイチ細かいことを気にしてたら魔王を倒す旅とかしてられないからな。


「あはは、もちろんいいよ、単にちょっと驚いただけだし。でも織田くん――えーと修平くんはほんと変わったよね。垢抜けたっていうか、その、ちょっといい感じだよ?」


 少し顔を俯かせながら上目づかいで言ってくるハスミン。

 なんとなく照れながら言った気がしなくもなかったけど、元陰キャの俺は女心には疎いので実際のところどうなのかは分からなかった。

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