第8話 蓮見佳奈

 まぁ蓮見さんが俺にビビってしまうのは仕方がない。


 因縁をつけてきた不良2人組を、逆に脅して追い返すなんて荒っぽいやり方をしたんだもんな。

 普通の女子高生なら怖くなってしまうのも当然だ。


 蓮見さんには俺が不良なんて簡単に黙らせられるような、例えば暴力団のチンピラにでも見えているのかもしれなかった。


「どういたしまして。蓮見さんも災難だったね、でももう絡まれることはないと思うから安心してね。怪我とか痛いところはない?」


 もちろん隣の席で、しかもこれからクラス委員と副クラス委員を一緒にやる女の子に怖い印象を与えてもいいことなんて1つもない。


 それどころかヤバイ奴とか思われたら損しかないので、俺はこれ以上なく人畜無害な顔で、いつもよりも物腰柔らかに蓮見さんに怪我はないか問いかけた。


「あ、うん、しつこくカバンを掴んで離してくれなかっただけだから」


「それは不幸中の幸いだったね。もう絡まれることはないと思うけど、もしなにかあったらすぐに言って来てね。俺がなんとかするから」


「あの……織田くんってさ」


「なに?」


「なんかちょっと変わった? 夏休みの前まではもっとこう陰――物静かな人かなって思ってたんだけど。なんとなく身体つきもガッシリしてるし、学校ではクラス委員に立候補しちゃうし」


 『陰キャ』と言いかけた蓮見さんが慌てて『物静かな人』と言いなおす。


「まぁ色々あってね、正義の心に目覚めたんだ。それで一念発起して夏休みの間は身体を鍛えてたんだよ」


 もちろんそんなことをイチイチ俺は指摘したりはしない。

 なにせかつての俺は間違いなく陰キャだったのだから。


「あはは、なにそれ正義の心って。あ、もしかして今のって織田くんのボケ? 面白い人なんだね織田くんって」


「あー、そうなんだよ、意外にさ」


 とりあえず暴力的な怖い人ってイメージはなくなったかな?

 蓮見さんもすっかり普通に話してくれてるし。


「でもほんとになんだか急に大人になったみたいだよ? 今日はありがとうね。帰りにコンビニ寄ったらしつこく付きまとわれて困ってたんだ。あ、そうだ。良かったらお礼にマックでも奢るよ? 9月入ってお小遣い出たところだし」


「そんなのいいってば。あれくらい別に大したことないから」


 なにせ俺は5年も旅をして魔王軍と戦い続け、最後には魔王も倒して異世界『オーフェルマウス』を救った勇者なのだ。


 帰ってきたこの平和な日本で、ナイフ一つ持っていない大変お行儀のいい不良に絡まれたクラスメイトを助けることくらい、もはや息を吸うのと変わらなかった。


「しつこくナンパしてくるガラの悪い二人組を追い返すって、すごく大したことあると思うけど? 実際周りの人は見て見ぬふりだったし」


「こう見えて荒事には結構慣れてるんだ。それに蓮見さんにはさっき助けてもらったからお相子だよ」


「わたしが? わたし何か織田くんにしたっけ?」


 蓮見さんが口元に人さし指を立てながら小首を傾げる。

 その姿はまるでアイドルかモデルのようで、つまりとても似合っていた。


「誰も手を上げなかった副クラス委員に、蓮見さんが立候補してくれただろ? おかげですごく助かった」


「あれはまぁ、なんとなくね……急に雰囲気が変わった織田くんに引っ張られちゃって、つい手を上げちゃったっていうか……えへへ」


「そんなもんか。でも俺が助かったのは事実だから、さっきのと今のでトントンってことで。これで貸し借りはなしな」


 真面目な話、俺にとっては本当に大したことじゃなかったから。

 だからそんなに感謝されるとむしろ申し訳なさを感じてしまうくらいだ。


「……ほんと織田くんって変わったよね。大人びたっていうか。あ、そうだ、連絡先の交換しない? 織田くんラインやってるよね?」


 そう言うと蓮見さんはピンクの可愛いスマホを取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る