幕間 異世界『オーフェルマウス』 

第36話 ~リエナSIDE~(1)

「お母さん、話って何? 私もうちょっとしたら孤児院に行く用事があるんだけど」


 女神アテナイに仕える大司祭(つまりリエナの上司)である母親に呼び出されたリエナは、教団本部にある大司祭の執務室へとやってきた。


「リエナ、あなたもいい年なのですからそろそろ結婚を考えてみてはと思いましてね。お見合いの話を用意したんですよ。はいこれ、お相手の方の釣書つりがきですよ」


「要りません、結構です」


 母が差し出した釣書入りの封書をリエナはノータイムで、手のひらで押し返すようにしてそのまま突き返した。


「中も見ずに即答で断るだなんてお母さん悲しいわ……よよよ」


「だっていきなりお見合いとか言われても困るんだもん」

「困るって何が困るのかしら?」


「それはその……だってそのお見合いの人、勇者様よりイケてないんでしょ? そんな人と結婚とか考えられないもん」


「はぁ……」

 リエナがあまりにアホなことを言い出すので、リエナ母はついため息をついてしまった。


「ちょっとお母さん、娘に向かってこれ見よがしにため息をつくなんて酷くない?」


「あのねえリエナ。この世界を救ってくださった勇者シュウヘイ=オダ様と比べるのは、さすがに無理が過ぎると言うものではありませんか?」


「ぜんぜん無理じゃないし。私の基準は徹頭徹尾勇者様だもん。それ以下は絶対却下!」


「そんなことばっかり言っていたら、しまいには行き遅れになってしまいますよ? ただでさえ長年の戦争で男手が減って、女性余りの時代だといいますのに」


「い、行き遅れって……で、でもでも誰がなんと言おうと、私の最低ラインは勇者様なんだから仕方ないでしょ」


「勇者様はご自分の世界へと帰還されました。とっとと諦めて最低ラインを下げなさい」


 夢見る乙女みたいなことを言ったリエナに、リエナ母が呆れたように言った。

 床と水平にした手のひらを、頭の上から胸の前まで下げるようなジェスチャーをしながら。


「諦めないし下げないもん! あ、そうだ。せっかくだから今からお母さんに勇者様がいかに素晴らしい男の人だったか説明してあげるね。そうしたらお母さんも私の気持ちが分かると思うから」


「確かあなたはこの後用事があるのではなかったかしら?」


「それはそれ、これはこれ。ちょっとくらいは大丈夫だし。じゃあね、これはとっておきの話なんだけどね。勇者様と出会って3年半くらい経った頃のことなんだけど――」


 リエナは母に、意気揚々と勇者シュウヘイと2人で旅をしていた頃の思い出を話し始めた――。



◆◆リエナの素敵な思い出話◆◆



「ゆ、勇者様、まずいですよこれ!? 少なく見積もっても魔獣が1000体以上います! しかも完全に囲まれちゃってます!」


 リエナと勇者シュウヘイの周囲一帯を、アリの這い出る隙間もない程に埋め尽くす魔獣の大群。

 誰が見ても絶体絶命と断言するであろう大ピンチの状況に、リエナは堪らず悲鳴を上げた。


「なるほどな、さっきの奴らはオトリで俺たちはここに誘い込まれたってわけか。見事にやられたな。どうやら向こうにも魔獣を指揮する頭のいい奴がいるみたいだ。今後は気を付けないと」


「あの、勇者様。今後の話よりも先に、まずは目の前の敵をどうにかしないと本気でヤバイですよぉ……」

 

「ははっ、それもそうだな。相変わらずリエナはいいこと言うな」


 半泣き顔で言ったリエナに、勇者シュウヘイはこいつは一本取られたみたいな顔をした。


「でもまさか私の神託が外れるなんて……」


「そりゃそういうこともあるだろ? 何事にも絶対はないさ、気にするな」


「ですがそのせいで大変なことになってしまいました……このままだと全滅しちゃいます……」


 自らの大失態で窮地に陥ってしまい涙目になるリエナ。

 しかし勇者シュウヘイは、リエナを安心させるようにその頭をポンポンと軽く撫でるように触ると、


「なーに、こいつらを全部倒してしまえばいいだけだろ?」


 現状を全くピンチと思っていない様子で、あっけらかんとそんなことを言い出したのだ。

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