第79話 探査術式

 その日の放課後、俺がリエナのいるホテルに着くと、


「勇者様、探査術式が完成しました」


 開口一番リエナが言った。


「自分一人で1週間で作り上げるとか、さすがは天才といわれた女神アテナイ教団の高位神官だな。大掛かりな高精度探査術式って、普通は大人数の神官で一か月くらいかかるもんなんだろ?」


「勇者様の足を引っ張るわけにはいきませんからね、超気合を入れましたので。でも、はふぅ……さすがにちょっと疲れましたけど」


「ほんとリエナには、向こうの世界にいた時からずっと助けてもらいっぱなしだよ。ありがとうなリエナ」


「いえいえどういたしまして」


「じゃあ疲れてるところ悪いんだけど、探査術式を起動してくれないか。魔王カナンの魂の所在が分かり次第、すぐに討伐に向かおう」


「かしこまりました――でもその前に質問なんですけど」


「どうした?」


「勇者様は武器や防具は用意しなくていいんですか? 今着ているのって普通の服ですよね?」


 リエナが指摘したように学校帰りの俺は当然、高校の制服のままだった。


「この国は平和だから武器や防具は簡単には手に入らないんだよ。そもそも武器防具屋ってカテゴリの店は存在しない」


「武器防具屋がないなんて信じられません……本当に平和なんですね」


「それにあったとしても魔王と戦えるだけの力ある武器となると、この世界には存在すらしてないかもだしな」


 そりゃ核ミサイルを何百発も撃ち込めば倒せるかもしれないけど、もちろんそう言う話ではないわけで。


「それは確かにそうですよね……あーあ、せめて勇者様愛用の聖剣『ストレルカ』だけでも持ってこれればよかったんですけど。巨大な力の塊である神話級の武器を持って世界を渡ることは、わたしの力ではできなかったんです」


「聖剣はなくても、勇者スキルはこっちの世界でも全部そのまま使える。向こうが完全覚醒する前ならそれでも十分戦えるはずだから問題ないさ。それにないものをねだっても仕方ないからな」


「勇者様のそういう前向きなところは相変わらずだったので、少し安心できました」


「そういうわけだから俺のほうは心配はいらない、すぐに術式を起動してくれ」


「かしこまりました」


 リエナはこくんとうなずくと、壁に丸めて立てかけてあった巨大な紙を広げた。

 そこには古代神性語・ハイエーログリーフが緻密に書き込まれた緻密な魔法陣が描かれている。


 リエナはテーブルの上に置いてあった1辺10センチほどの水晶の立方体を、供物のように両手で捧げ持つと、目をつむって呪文を唱え始めた。


「メルロ・ハスジェ・リーサンズ・ジェ・フリーマ・ルテラ・ウルア・ル・カンタラ……いと尊き全能なる女神アテナイよ、魔王カナンの魂の有りかを我が前に指し示したまえ! ス・アレス!!」


 古代神性語・ハイエーログリーフを交えた呪文がホテルの部屋に響き渡り、同時にリエナの手にした水晶がキラキラと光り輝き始める。


 しばらくして光がおさまると魔法陣の一画がゆっくりと点滅していた。


「ここから北北東に約6キロの地点ですね」


「でかしたリエナ! それに北北東ってことはほぼ線路沿いだ。電車でいける、だいたい3駅くらいか? ついてるぞ」


「それは重畳ちょうじょうです。では早速参りましょうか」


「ああ、この世界で異世界の魔王に好き勝手をさせるものかよ――!」


 俺はリエナとともにラブホを出ると、電車に乗って魔王カナンがいるであろう場所へと向かった。 

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