第64話 男女混合スウェーデンリレー(5)

 もちろんもう大差がついてしまっているので、ハスミンが他のクラスに追いつくのは現実的には不可能だ。


 いくら第三走者の走る距離が300メートルと女子にしては長く、短距離というよりは中距離といったほうがいい距離だとはいえ。

 ここまで離されてしまえば無理なものは無理だった。


 それでもハスミンは猛然と走る。

 わずかでも差を詰めようと必死の形相で、完全に限界を超えて力の限りに走っている。


 1秒でも早く俺にバトンを繋ぐという一心で、ハスミンはものすごい速さでトラックを1周半、300メートルの距離を走り続けた。


 そして死力を振り絞って走るハスミンの健気な姿を見て、俺の中に猛烈な闘志が湧き上がっていく――!


 それは勇者時代に何度か感じたことがある強烈な感覚。


 そう、それは!

 絶対不敗の最強勇者が決戦に挑む時の、不可能を可能にするための心の戦支度いくさじたくなのだ――!


 ハスミンの一生懸命な姿が、俺の勇者の心に赤々とした火をつけていく――!


 バトンパスをするテイクオーバーゾーンの一番手前で待つ俺に向かって、ハスミンが走ってくる。


 もう完全に口が開いてしまっていて、可愛い顔を疲労と苦痛でゆがめていた。

 それでもハスミンは最後の最後の力を振り絞って、必死に手を振り足を動かして俺の待つ場所へと駆け込んでくる。


「俺はここだぞ! 来い! ハスミン!」


 テイクオーバーゾーンの一番手前で手を伸ばし、


「ハイッ!」


 その想いの詰まったバトンをしっかりと受け取った俺は、


「おおおおおおおおおおおおっっっっ――――!!」


 撃ち放たれた弾丸のように猛然と加速して走り出した!


 死力を振り絞ったハスミンが力尽きて倒れ込む気配を背中で感じながら。

 しかし俺は振り返りはしない。


 だって今の俺がなすべきことはただ1つ!

 この必死に託されたバトンを持って、アンカーの400メートルで逆転すること!

 ただそれだけだから――!!



 男女混合スウェーデンリレーのアンカーが走る距離は400メートル。

 うちの高校のトラック1周は200メートルなので丸々2周する。


 正直ここからの逆転はかなり厳しい。


(だがそんなことは関係ない! 何が何でも追いついてみせる! 俺がなすべきことはそれだけだ!  異世界『オーフェルマウス』を救った絶対不敗の最強勇者の実力を、今から見せてやる!)


 俺は全力疾走で猛然と前の走者を追いかけ始めた!



『うおおっ!? 1年5組が猛烈な勢いで追い上げていくぞ! なんて速さだ! っていうかまたお前かよ、勝ち組1年! いい加減に名前覚えたからな織田修平!』


『ねえ部長、これもしかして100メートル走と勘違いしてるんじゃないんでしょうか? どう見ても飛ばし過ぎですよ?』



『果たしてこのペースで400メートル持つのか!? いや持たないな、持つはずがない、持つな!』


『だから部長、私情は交えないでくださいって言ってるじゃないですか』



『私情じゃなくて全男子の気持ちを代弁していると言っているだろう!』


『あーはいそうですね』


『とかなんとか言ってる間に、ついに2位に浮上してしまったぞ!?』


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