第63話 男女混合スウェーデンリレー(4)

「ハスミン! 俺を見ろおっ!」


 俺はハスミンに向かって、腹の底からの特大の大声で叫んだ!


 グラウンド中に響き渡った俺の大音声に、ハスミンがビクッと驚いたように反応して顔を上げる。

 その顔には「ヤバイ、どうしよう」って気持ちがありありと出ていた。


 ついでにグラウンド中の生徒と保護者の視線も俺に全集中してくるけど、異世界で魔王を倒す勇者を5年もやった俺の鋼メンタルは、今さらそんなものではビクともしない。


 俺は外野への意識を全てシャットアウトしてハスミンにだけ視線を合わせると、安心させるようにまずはにっこりと笑顔を作ってから、ゆったりとした喋り方で語りかけた。


「俺の声が聞こえたら、まずはゆっくりうなずいてくれ! よしいい子だ、聞こえてるな!」


 ハスミンが大きくうなずいたのを見て、俺は笑顔のままで言葉を続ける。


「ハスミン! まずは落ち着いて深呼吸するんだ! ゆっくりな! ゆっくりだぞ! 大きく息を吸ってー! はいてー! そうだ、いいぞ!」


 こういう時は「焦るな」とか「急ぐな」とか、否定を伴う言葉は絶対に言ってはいけない。

 焦っている時に焦るなと言われたら、もっと焦ってしまうのが人間だから。


 だから使っていいのは何かを「する」という肯定的表現だけだ。

 それも早口じゃなくて、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと言わなくては意味がない。


 これは俺が勇者になった最初の頃に何度も経験したことだった。


 ケンカなんてしたこともなく、それどころか運動すらほとんどしてこなかった陰キャから、いきなり勇者になってしまった俺は。

 強力な勇者スキルや聖剣があるにもかかわらず、あまり上手く戦うことができなかった。

 そのせいで楽に勝てるはずの相手にも苦戦することが多かった。


 そんな時、一緒に旅をしたリエナはいつも優しく「焦らないでいいですよ」と言ってくれたんだけど。

 俺はリエナにそう言われるたびによりいっそう焦ってしまって、ミスにミスを重ねてしまったのだ。


 当時の俺は「焦るな」と思えば思うほどに、頭の中が「焦る」でいっぱいになってしまっていた。

 そんな、今ではもう懐かしい勇者時代初期の失敗経験を元に、俺はハスミンを落ち着かせるべくゆっくりと言葉を紡いでいく。


「じゃあ次にゆっくりバトンを拾おうな! いいか、これもゆっくりだぞ! ゆっくり歩いていくんだ! そうだ、そう、そう! ゆっくりな、ゆっくり、ゆっくり!」


 俺の声に導かれるようにハスミンはゆっくりと歩いていくと、これまたゆっくりとしゃがんでバトンを拾った。


「よくやった! ナイスハスミン!」


 俺は親指をグッと立てると、大きく一度頷いてみせる。

 応じるようにハスミンもこくんと頷いた。


(よし、もう大丈夫そうだな。少なくともさっきみたいにテンパってはいない)


 いわゆる「成功体験による失敗の上書き」だ。

 バトンを落として焦ってどうしようもなくなったハスミンは、もうどこにもいなかった。


 ならばもう後は走るだけだ!


「じゃあ次は走ろう! 走って俺までバトンを繋いでくれ! 大丈夫だ、バトンさえ繋いでくれれば俺が絶対に逆転するから! 全部俺に任せろ! だからハスミン! 俺のところまで全力で走ってこい!」


 両手を大きく広げて自信満々の笑顔で言った俺に、ハスミンはバトンを天に向かって突きあげることで応えてくれる。


 ハスミンは駆け足でコースに戻ると、怒涛の勢いで走り始めた――!


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