第62話 男女混合スウェーデンリレー(3)

『位置について、よーい』


 パァン!


 全クラスの第一走者が位置につき、スタートのピストルが鳴って、1年生最後の種目の男女混合スウェーデンリレーがスタートした。


「やるな新田さん、いい反応速度だ。文句なしに完璧なスタートだな」


 そのスタートでいきなり新田さんが一気に加速して抜け出したのを見て、俺はつい称賛の声を上げた。


「練習したって言ってたもんな。もしかしたら音楽をやってるから、音に対する反応がいいとかもあるのかな?」


 見事なロケットスタートを決めた新田さんは、序盤から他のクラスを大きく引き離す。


(このままリードを保って逃げ切れるか? いやそこまで甘くはないか)


 しかしやはりそこは各クラスの精鋭が揃う、最終種目の男女混合スウェーデンリレーだ。

 俺の見立て通り一筋縄ではいかなかった。


 他クラスのランナーは運動部ばかりなのもあって、中盤でやや伸びを欠いた新田さんは、最後のちょうど100メートル付近で後続集団に追いつかれて飲み込まれてしまったのだ。


 それでも新田さんは見事に1位タイで、第二走者の伊達にバトンを手渡した。



 続く200メートルを走る第二走者も、当然のように運動部ばかりのハイレベルな精鋭ぞろいだ。


 しかしその中にあっても、伊達はバスケ部レギュラーの運動能力をいかんなく発揮していた。


「伊達はさすがの走りだな」


 伊達は陸上部の短距離選手やサッカー部員相手に激しいデッドヒートで先頭争いを繰り広げると、全クラス入り乱れる大混戦の団子集団で第三走者のハスミンにバトンをパスする。


 何度も練習した成果もあって、遠目から見てもそのタイミングはばっちりで――、


「――っ!」


 しかし俺がそう思った直後、ハスミンの手からバトンがこぼれ落ちた。

 ハスミンは慌てて急停止すると、空中で回転するバトンをなんとか掴みなおそうとする。


 しかしハスミンは2回お手玉してしまうと、手に当たって跳ねたバトンは無情にも地面に落ちて転がっていってしまう。


 ここにきてバトンパスでのまさかのミスだった。


(いや違う、バトンパスはちゃんと成功していた)


 当初の作戦通り、セーフティ・ファーストで2人は確実にバトンを受け渡していた。


 でもその直後、わずかに早くバトンパスを終えた隣の走者が外に膨らんでハスミンのいるコースに割り込んで来たのだ。

 そしてその身体がバトンを握った瞬間のハスミンの手に接触して弾いたんだ──!


 勇者として戦う中で培ってきた俺の類まれなる動体視力と観察眼は、この状況を瞬時に把握していた。


 しかし、だからといってバトンを落とした事実は変わらない。


『あーっと、ここで1年5組がバトンを落としてしまった!』


 実況の大きな声が響き渡り、ハスミンの顔が見る間に青ざめていく。


 他のクラスが全てバトンパスを成功させ、一人取り残されたハスミンは慌ててバトンを拾おうとして、


「ぁ──っ!?」


 しかし焦って拾い損ねてしまい、さらに運が悪いことに落としたバトンを自分の足で蹴飛ばしてしまったのだ。


 それでもハスミンはもう一度拾いなおそうとして――、再び同じようにバトンを蹴り跳ばしてしまう。


(まずいな、今のハスミンは完全にテンパって、負のスパイラルに入ってしまっているぞ)


 焦りが更なる焦りを生んで、どんどん悪循環してしまう状況だ。


 俺も勇者をやり始めた頃に何度か経験をしたんだけど、焦りから身体と心のバランスがばらばらに崩れ、普段できる当たり前のことすらできなくなってしまうのだ。


 だからまずは何よりも気持ちを落ちつかせないといけないんだけど、異世界で勇者をやった俺ならまだしも、普通の高校生がこの状況で簡単に落ちつくのは至難の業だろう。


 優勝がかかった体育祭の最終種目で、大勢の生徒や保護者が見ている前でバトンを落とし。

 さらには拾おうとして蹴り飛ばしてしまう。


 今のハスミンは心臓がバクバクいってて、頭は真っ白で、ヤバイヤバイってそれだけしか考えられない切羽詰まった状況に違いなかった。


 この状態では仮にバトンを拾って走り出しても、普段通りの走りなんてできはしない。


 だからハスミンを助けるには、リレーの結果とかを全部いっぺん忘れさせて、心を落ちつかせる必要があった。


(そうと決まれば話は早い。俺がやることはただ1つ、ハスミンを落ち着かせることだ――!)

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