第75話 ~蓮見佳奈SIDE~3(1)

「悪いハスミン、俺ちょっと大事な用事を思い出したんだ。ごめんな、俺すぐに行かないと行けなくてさ。だからまた明日な、バイバイ」


 体育祭を終えた帰り道に突然鋭い目つきになったかと思ったら、大事な用があると言い出した修平くん。


 その場では素直に頷いたものの。

 その態度がどうにも気になってしまったわたしは、いけないことだと思いながらもこっそり修平くんの後を追ってしまった。


 修平くんへの「好き」を自覚して以来、修平くんのことをもっと知りたいと思うようになっていたから。


 けれどわたしは後をつけ始めてすぐにその姿を見失ってしまった。


「修平くん、走るの速すぎでしょ!? 今日散々見たから十分に知ってるけど!」


 体育祭でこれでもかと見せつけた世代最高クラスの圧倒的な運動能力は、わたしみたいな普通の女子高生ではついていくことすら困難だった。


 角を2つ曲がったころにはもう、修平くんの姿はわたしの視界から完全に消えてしまっていた。


「だめ、どう考えてもついていくのは無理……」


 わたしはすぐに追跡を諦めると、はぁっとため息をついた。


 修平くんが本当に何から何までわたしとは違ってすごすぎる男の子なんだと、改めて分からされてしまった。


 席が隣で、クラス委員と副クラス委員。

 なにかと近くにいるせいでつい見比べてしまうたびに、最近はすごいと思うと同時に劣等感を感じて落ち込んでしまう自分がいた。


 劣等感──釣り合わないと、劣っていると自覚するのは辛い。


 修平くんのことを好きだと自覚しているにもかかわらず、いつまでたっても想いを告げられなかったのは、このどうしようもない劣等感が原因だった。


 一歩を踏み出すのが怖かった。

 向こうもわたしのことが好きで告白してくれたらいいのにな、なんて他力本願な痛々しい妄想をすることまであった。


 そしてそんな他人任せな考えばかりしてしまう弱い自分に、さらに深い劣等感を覚えて、また落ち込んでしまうのだ。

 完全に負のループにハマっちゃってて、自分のことながらほんと笑えない。


「でもこのまま戻るのもなんだよね……ここまで来たんだし、もうちょっとだけ探してみようっと」


 そう思ったわたしは、とぼとぼと行く当てもなく街を歩いていく。


 一応キョロキョロと見渡して修平くんがいないかなって探してみるんだけれど、もちろんそう簡単に見つかりはしない。


 広い街中で特定の1人を見つけるのは、砂漠で隕石の欠片を探すようなものだ。

 まず狙って見つけられるものじゃなかったから。


 そうして明確な方向性もなくフラフラと街中をさまよっていると、どこをどう通ったのかいつの間にか歓楽街に入ってしまっていた。


 さらにはその中でも最も近づいちゃいけない、ラブホテルが立ち並ぶ一角までやって来たところで、


「さすがにちょっとここはないよね。っていうかわたし制服だから結構ヤバいし、補導されちゃうし」


 制服姿でラブホテル街をキョロキョロ物色する女子高生とか、警察の格好の標的だ。

 お金欲しさにパパ活相手を探しているようにしか見えないもん。


「今のわたしってまさにネギを背負ったカモだよね?」


 少年課だっけ?

 学校に通報されて親が呼び出されるかもしれない。

 何も悪いことなんてしていないのに、パパ活容疑で親呼び出しとか冗談がきつすぎる。


 なによりそれが噂になって、修平くんにパパ活JKと思われてしまうのが最悪だった。


「君子危うきに近寄らずだよね。早く帰ろっと――えっ!?」


 その光景を見た瞬間。

 わたしはつい反射的に、近くにあったビルの物陰に隠れてしまった。


 驚きに呼吸が乱れ、心臓がバクバクと早鐘を打ちはじめる。


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