第53話 リレーの準備(1)

「ねぇねぇ修平くん、この後バトンパスの練習しない?」


 体育祭の参加種目決めが終わり、おのおの帰り始めたクラスメイトたちから少し遅れて。

 教卓から自分の席に戻って帰る用意をしていた俺に、ハスミンが声をかけてきた。


 ハスミンと俺は男女混合スウェーデンリレーを一緒に走るメンバーなのだ。


 他にハスミンの軽音バンド仲間の新田さんと、バスケ部一年生レギュラーの伊達と4人でリレーメンバーを組む。


 本来なら女子も運動部から選ぶべきなんだろうけど、うちのクラスは女子の運動部員が1人もいなかったので、代わりに運動能力の高いハスミンと新田さんが選ばれていた。


「いいけど、伊達と新田さんはこの後空いてるのか?」


「メイは大丈夫だよ。伊達くんは部活が始まるまでの少しくらいなら問題ないって言ってた」


「じゃあ中庭にでも行って練習するか。俺もバトンパスはしたことがないから、早めに一度経験しておきたかったんだよな」


 異世界に行って帰ってくるまで、特に運動が得意なわけでもなく帰宅部で陰キャだった俺は、人生においてリレーの走者に選ばれた経験が一度もない。


 なので当然、バトンパスの練習も一度もしたことがなかった。


「りょうかーい。伊達くん、メイ、今からやろうってー」 


 ハスミンが2人に声をかけると、こっちを見ていた2人が分かったというように手を上げる。


 俺たち4人は早速合流すると、体育祭当日まで各クラスに1つずつ貸し出されるバトンを持って中庭へと向かった。


「とりあえず走る順番なんだけどさ。ルールで女子と男子が交互に走らないといけないから、新田さん、俺、蓮見さん、織田の順がベストかなって思うんだけど」


 中庭に移動しながら伊達が走順を提案してくる。


「うんうん、わたしも運動神経最強の修平くんがアンカーに一番向いてると思うな」

 それにハスミンが同意し、


「私もそれがいいと思うわ。なにせアンカーは400メートルも走るんだもん。勝利を目指すなら当然アンカーに一番走れる人を入れる必要があるわけだから」


 新田さんも賛成のようだ。


 男子の方が体力で女子に勝るので、勝ちを狙うならアンカーは絶対に男子だ。

 すると必然的に女子→男子→女子→男子の順番になる。


 あとはおそらく俺とハスミンが仲が良いから三走にハスミンが入り、後は男女交互なので残った伊達が二走、新田さんが一走なんだろう。


「分かった、アンカーは俺に任せてくれ」


「おっ、言ったね? 修平くんがやる気モードだし。これは期待できますな?」


「もちろんやるからには全力で1位を狙いに行くよ。そのためにもみんなでバトンを俺までしっかり繋いでくれよな」


「うん、今日からみんなでいっぱい練習しようね。目指せ男女混合スウェーデンリレー1位! そして学年別優勝!」


 ハスミンがグーにした右手を突き上げて、


「「「おー!」」」

 俺、伊達、新田さんもそれに続いた。


 伊達は1年の夏にバスケ部レギュラーになるくらい運動神経がいいし、ハスミンと新田さんもかなり運動能力が高い。


 そして5年に渡って異世界で勇者として戦い、ただの一度も負け知らずだった俺だ。

 これは1年最速のリレーメンバーと言っても過言ではないだろう。


(運動能力だけじゃなくてモチベーションも高いし、このメンバーならミスさえなければ1位を狙えるはずだ)


 ただし。

 俺は体育祭では勇者スキルは一切使わないと決めていた。


 そもそもの話、勇者スキルを使うと俺は人間の限界を大幅に超えてしまう。


 100メートルの世界記録が9秒58なのに、それを5秒で走ってしまったら大問題とかそういうレベルじゃないからな。


 分かりやすく時速に直すと時速72キロ。

 静止状態からトップスピードまで加速していく時間も考えると、瞬間的な最高速度は時速90キロ近くになる。

 これはもう誰が見ても人間の走る速さじゃない。


 普段から全力ダッシュを見慣れている運動部のやつらが見ればその異常さはすぐ分かるだろうから、言い訳しようがないし。


 それに5年間勇者として実戦の最前線で鍛え上げた俺の身体は、勇者スキルなんかなくても充分すぎる高い運動能力を持っている。


 だから勇者スキルというズルはなしで、俺自身の力だけで体育祭を楽しもうと思っていた。

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